もうひとつの、
山あいのひなびた町にひっそり閑とたたずむ、ささやかな駅舎。
ホームにぱらぱら見えていた人影が、最終列車に飲み込まれてゆく。もの悲しい汽笛が霜について響くせいか、凛々として、凩のようにも耳にとまる。
煙突から、もくもくと吐き出される煤煙。それが、霜とひとつになって闇にとけてゆく。
やがて、列車は、汽笛の余韻をホームにわびしく残し、黒洞々たる闇の中へと消え去った。
「思えば、気ぜわしい一日だったよなぁ……今日は」
最終列車を見送った若い駅員は、ひとりごとのようにつぶやくと、ふと線路から目をはなし、遠くを見るような目をして、長く、深い、吐息を吐いた。
なるほど、いつになく、ドタバタとした一日を、この若者は過ごしていた。
現に、こういうことがあった。
たとえば、教会の斜向かいにある理髪店のおやじ。彼は、この界隈きっての繁華街を有する、その最寄り駅まで行って、そこで、娘さんの誕生日プレゼントを贖おうと張り切っていたそうな。だが――。
「おい、駅員さん。財布を盗まれっちまったよ」
「え、本当ですか!!」
「ああ、さっき、トイレにいったときだろう。若いあんちゃんがぶつかってきた、たぶんあのときだ」
「そ、そりゃぁ、大変だ……と、とにかく、おまわりさんを呼びましょう」
そういって、若い駅員がおまわりさんを呼ぶと、小さな町だけに瞬く間に噂は燎原の火のごとく町中に広まり、おまわりさんばかりでなく、教会の神父さんやら、町の助役さんやら、はたまた理髪店の隣の肉屋の主人まで現れ、てんやわんやの大騒ぎ。
それから、そう、駅前の花屋の刀自。彼女なぞは、こうだ。
「ねえ、駅員さん、ペットの仔犬ちゃんが線路に落っこっちゃったの……早く助けて」
そんなことを言って、構内中を大仰な喧騒に巻き込む始末……。
そのほかにも、ひきもきらさず厄介な出来事が立てつづけに起こった。
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つづきは、別の投稿欄『よしだぶんぺい』にて。あしからず。