第一章⑤
「そんでなー、この穴が近くにいくつかあるとなー」
お社に戻ってきたボクたちは地面を眺めながら立ち尽くしていた。
神様はガリガリと音を立てながら、どこからか拾ってきた木の枝で鼻歌混じりに地面
に絵を描いていく。
ただ、途中で何故かマスコット的なキャラを継ぎ足したり、いちいちコメントを書い
ていたりしてあまり説明には向いていないように思う。
あと絵が絶望的に下手過ぎて、形が崩れたものが何であるかを考えている内に話を進
めていってしまっているので、まったくと言っていいほど頭に入らない。
「こう……ぎゅーんって感じで大きくなって、人間共がザクザクーってなってなー」
楽しそうに語る神様の声が続くが、言っていることが擬音まみれで理解することが非
常に難解で、ボクは無言で頭をフル回転させながら聞き入るしかなかった。
……ちなみにこの説明も三回目だ。
「いっぱい切られるとなー、ヒヒイロノカネがガンガン伸びるようになって、その刀身
で傷つけられた人間がまた同じように別の人間を傷つけ易くなるんよ」
「……連鎖しちゃうのか」
「お、そういうこと、そういうことー。ヒヒイロノカネが少ないときはそれでも良かっ
たんやけどなー。最近はそうも言ってられんようになってしもたわ」
「……穴が近くに複数開くと巨大化して、その近くに居る人たちがヒヒイロノカネが成
長しやすくなってしまう。成長したその刀身で別の人も同じように……って感じか」
ちなみに神様が気に入ってしまったらしい名称は今後継続して使うようだ。
今までは誰かに説明する機会も特になかったのでそれで良かったらしい。
「うんうん、よーやっと伝わったみたいやなー。一安心やわ」
「……」
ニコニコと笑顔を向けられ、非難するタイミングを失ってしまった。
「あ、そうそう……それで聞きたいことが別にあってさ」
“お手伝い”が終わってからずっと気になっていたこと。
神様は笑顔を浮かべたまま言葉の続きを待っているようだった。
「今回の“お手伝い”でヒヒイロノカネの瓶……あれ、何個くらい使った感じなの?」
「あー、あれな。うーん……三本くらいやない? “大したこと”しとらんしの」
人の記憶を垣間見たり、人の過去に遡ったり、過去を変えてしまうのは神様の中では
大したことでは無いらしい……。
「今回はホントに助かったわー。ウチだけやったら、あれだけの人間にいろいろ干渉する
のは……やっぱり難しいんよなー」
「ビョウの助けになれたんなら、それで良いよ。楽しかったし」
素直な感想を神様に告げると、驚いた表情を浮かべていた。
「ほぉ……シュウさんはそんなこと言っちゃう感じなんやな。へー、ふーん」
一転してニヤニヤと悪い笑顔を浮かべ始め、さらに言葉を続ける。
「じゃあ、シュウは今回の“お手伝い”は“げぇむ”より楽しいと思う?」
「ん? 変なこと聞くね。そうだなー……どっちもどっちかな」
「ほう、というと?」
……やけに掘り下げようとしてくるのは、気になっているからなのだろうか?
「普段体験できないこと、と考えると“お手伝い”自体がいろいろぶっ飛んでるからね。
大げさに言うとゲームを現実で体験してるみたいなもんだと思ってるよ」
「ふーん……なるほど、そんなもんなんかもしれんなー」
納得してくれたようだ。
「でも……」
神様が真剣な顔をしたまま真っ直ぐ視線を向けてくる。
「ウチは“げぇむ”がしたい」
「……なんだそれ」
一瞬何を言い出すのかと思ったが、ものすごい脱力感に襲われた。
真面目な顔から笑顔に戻り、神様はゆっくり手を伸ばす。
「ばぁちゃんの料理も食べたいしな。ほら、はよ行くよ」
神様の頭の中では早く家に行きたいようだ。
ボクの意志はとりあえず関係ないらしい。まぁいいんだけど。
■■■
『ボードスマッシャーズ』
三次元のキャラクターを操作しながら様々な形状をした板の上から落とし合う。
シンプルなルールが分かりやすく、小中学生時代にはプレイしたことがない人が周囲に
居ないといったほど大ヒットしていたメジャーなゲームだった。
「うきゃー! やめろぉー!」
アイテムも様々存在し、地雷、光線銃、爆弾、火を吐く花、魔法のステッキなどなど。
ダメージを与えると吹き飛びやすくなり、アイテムの扱いも非常に重要となる。
例えば……ダメージを多く受けた相手をモーションセンサーの地雷の位置までさりげなく
追い込むように立ち回ったり……。
「ちょっ! なんか爆発して画面外まで吹っ飛んだんだけど! 即死なんだけどっ!」
体力が最大の状態でも、タイミングよく光線銃を撃ち続けることでボードの上に相手を
着地させることなく場外に突き落としたりとか。
「復帰したっばっかりやん! 全弾当たってすぐ死んだんやがっ! ズルない?」
いろいろな戦術があり、やり込み度も高く白熱する試合が多い。
「アイテムを上手く使えないと結構難しいかもね、その分逆転も多い印象だったなぁ」
「マジかっ! それじゃあウチはこの丸いやつ? で……食らえっ!」
画面内の神様のキャラクターが持っているのは、バンパーと呼ばれるピンボールを弾く
アイテムであり、相手にぶつけると吹き飛ばすことができる。
ただ、攻撃で跳ね返りバンパー自体が吹き飛ぶこともあり……。
ガンッ!
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
バットで打ち返されたバンパーに派手に吹き飛ばされ、神様が操作するキャラが派手に
宙を舞い、そのまま奈落の底へ落ちて行ってしまった。
「ぎぎぎっ……」
奥歯を噛みしめ、恨めしそうな視線を受けるが、それを全てスルーする。
「ははは、やっぱボドスマたのしいなー」
「うぐぐぐぅぅ……そ、そうやな……」
悔しさに顔を赤らめながらプレイを続ける神様は相変わらずリアクションが大きく、本
人は真剣に取り組んでいるのだろうが、どこかコミカルで笑いを堪えるのが大変だった。
あまりにも自分だけ楽しみ過ぎて一度泣かせてしまった過去もあるし……。
「も、もっかいじゃあぁぁぁっ!!」
メラメラと闘志の宿る瞳に気圧されながらも、ボクは普通にプレイをしながらサクサク
と神様のキャラをぶっ飛ばした。
ばぁちゃんのご飯ができるまでその行為は繰り返され続け、神様はだんだんと涙目にな
っていったような気がしなくもない。
そんな楽しい時間がずっと続くような気がしていたが――、
そういえばボクは明日、ばぁちゃんの家から自宅に戻る予定だったことを思い出す。
それを神様に伝えたら……彼女に一体どんな顔をさせてしまうのだろう?
ばぁちゃんの晩御飯をもりもりと頬張っている神様を見て、胸に小さい痛みが走った。