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ヒヒイロノカネ  作者: えるむ
第一章
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第一章③

「“お手伝い”してもらうにあたって、シュウにはやっといて欲しいことがあるん」

「ん? どんなこと」

「ウチの手の甲に接吻して欲しいんよ」


「は?」


「そうやって、ウチと契約を結んで欲しい。そしたら、ウチはシュウを全力で守れる」


 突然すぎて理解が追い付かない。


 ただ、神様はの視線は真っ直ぐボクの瞳を捉え続ける。



「……うーん、契約を結ぶと、何か変わるの?」


 警戒はしつつも、これまでのやり取りで不信感は感じなかったことは確かだった。


「ウチは決められた場所以外は顕現するのが難しいんよ。シュウの家とか社の近くだった

ら呪力も普段通り使えるんやけど……それ以外の場所となると、極端に力そのものが落ち

るんよね。でもシュウと契約を結んで、“使徒”になってくれるんなら……――」


「ビョウの力を発揮できる、ってことか……」


「これは“お手伝い”をしてくれるなら絶対やって欲しいことなんよ。シュウが怪我する

ところとか……ウチは見とうないしな……」


 なにかを思い出すように、遠くを見つめる神様の姿は、少し寂しそうに見えた。


 寂しい――か。


「わかった。手の甲でいいんだね?」

 

 神様の表情が一気に明るくなった。

 人間には存在しない頭の上の獣耳がぴこぴこと嬉しそうに動いている。

「うん! よかよ」


 ビョウの白い手の甲に唇が触れる。


「よし、これで大丈夫やね。えへへ、ありがとな、シュウ」

「うん、安全第一だしね」

「それでな、ウチの力を顕現できるようになったことと別にな――」

 一呼吸したあとにまっすぐ視線を向けられる。


「シュウが頭の中で想像したことを、ウチの呪力で世界に顕現できるようにしたったよ」


「は?」

「だから、例えばー……そうやね、『手のひらから炎を出したい』と思いながらウチに合

図をくれたら、炎が手から出るで」


「マジで? ……それ、かなりすごくない?」

「すごいのかな? よう分からんけどなー。ウチには普通のことやし。ふふふ、ビョウさ

んにかかれば、そうやなー……わりと何でも叶えたるで」

「……」

「そんでもってな、合図のことなんやけど……どうしたい?」

「うーん……名前呼ぶとかじゃダメなの?」

「ほー……名前か……よっし、それにしとこ」


 ニコニコと満足気に笑顔を浮かべている神様。


「あ、あとウチの姿はシュウ以外には見えてないけんね」

「ん? そうなの?」

「別にシュウ以外に見える必要もないしな、他の人間に話す気なんて毛ほどもないわ」

「ははは……なるほど」

「それじゃあ、さっそく……“お試し”といこかね。シュウ――」

「はいはい」

「“扉”をイメージしながらウチの名前を呼んで」


 扉、扉、とびら……――。


「……ビョウ」


 目を瞑り、神様の名前を呼ぶ。


 ゆっくりと目を開くと、白い扉が目の前に存在していた。

 くるりと扉を一周見回してみたが、扉がそこにあるだけ。

 何の支えもなく、一枚の装飾された白いそれが静かに佇んていた。


「扉、だね……」

「あはは、当たり前やろ。……それじゃ、開けてみ」

「……」


 白い扉を開く。

 部屋の向こう側に出るだけ、のはずだが……――。


「さぁ、シュウ、行くで」


 踏み出した足には畳の感触はなく、冷たく、硬い。

 頬に触れる風や空気、匂い、視界までもが急激に変化していく――。



■■■



「……あなた、誰?」

「えっと、何て言ったらいいかなー」


 明らかに警戒している目の前の女性。

 自ら進んで、命を絶とうとしていたことが様子を見れば分かる現状で、どうやって相手

を信用させれば……。


『シュウ、見て分かると思うんやけど……今回の“お手伝い”はこの子の命を救ってあげ

るんが目的やけんねー』


 いつの間にか横に立っていた神様が黒髪の女性を見据えながら声をかける。


「はぁ……なるほど、覚悟を決めるよ」

「……何を言ってる、の?」


 心の中で何かが切り替わる感じがした。


「さっき言った通りですよ。お姉さん。ボクとお話しませんか? ボクはそうだなー……

“神様の使い”ってことでひとつ、よろしくお願いします」


「ふざけたこと言わないで、誰かと話す気なんてもうない。しかも男となんて……」


 怒りに満ちた声で突き放される。

 ぎゅっと握られた両手がフルフルと震えている姿は、内側から湧き上がる何かから懸命

に耐えているように見えた。


「男の人が、嫌いなんですか? 何か嫌いになることでも?」

「……言いたくないし、あなたに言う必要なんてない」


 視界がブレる。


 眼球に鋭い痛みが走り、一瞬、目を閉じてしまった。

 だが、痛みは一瞬で終わる。


 理由はすぐに分かった。


 目を開くと、体のあらゆる部位から身の丈ほどのおびただしい数の刀身が伸びている女

性が視界のど真ん中に捉えていた。


 さらに伸び続ける刀身の根本からはじわりと血がこぼれ、体全体が血まみれであった。


「……」


 こちらが急にふら付いて押し黙ったことを思った女性も無言になっている。


「すごく、痛そう……ビョウ、これって……」

『ウチの目に見えている姿をシュウに見えるようにしてみたん。アレはだいぶ危うい状況

になっとるねぇ……』

「ボクのときみたいにアレを取ることってできないの?」

『そりゃ普通にやれば出来る。シュウがやって欲しいんならウチはやったるよ』


「何をぶつぶつ……言ってるの?」


 イライラを隠せない表情で睨みつけてくる瞳は、真っ赤に腫れたままだ。

「いや、ごめんなさい。ちょっと神様と話をしてて、ですね……あなたが言いたくないな

ら……それはしょうがないですけど、すごく痛そうなので助けれないかなぁ……と」

「私を? 助ける? 笑わせないで! あなたに何がわかるのよ!」


 体を震わせながら怒声を上げる女性。


「いや、そりゃ何も知らないですし、聞こうとしても話したくないんでしょ? 嫌々話を

聞きだしてもあなたにとって良いこととは思わないし、って感じです」

「……うぅぅ……」


 頭を掻きむしりながら、その場に膝をついて嗚咽をあげてしまっている。

 泣きながら震えている彼女の体からは、無数の刀身が肉を切り裂き、押し広げながらゆ

っくりと伸び続けている。


『話にならんな、そやつ、自分のことしか考えとらんやん』

「余裕がないんだよ。それくらい追い詰められてるみたい……ビョウ、やっちゃって」


『あいよ』


 真横に居た神様が一瞬で距離を詰め、うずくまっている女性の傍らに佇む。


『……楽にしてやっけん、待っとき』


 無数に伸びる刀身に向かい無造作に腕を振るい、刀身をむしり取っていく。

 手刀で根本から折る、掴む、投げ捨てる、という動作を刀身が生えている位置を変えな

がら、恐るべき速度でこなしている。

 投げ捨てられた刀身は神様の後方の床に次々と突き刺さり、ぶつかり合い、金属音をあ

げながら刀の墓場を築いていく。


 その様子を静かに見ていることしか、ボクにはできなかった。


『こんなもんかね』


 血まみれの女性は呆けた様子でうずくまったまま動かない。

 その体中から伸びていた刀身はほぼすべて神様に折られ、内側から皮膚を突き破りなが

ら伸び続けていた刀身の根本が残ったままであった。


「これで、大丈夫……なのかな? ……って、あれ?」


『うーん、やっぱこうなるわな』


 折られた刀身が、また伸び始めた。

 再び血を滴らせながら彼女の全身を、内側から肉を切り裂いていく。


「ど、どうなってるの? ボクのときは傷は治って……――」

『いろいろ原因はありそうやけど、一番は記憶やないかな? それがある限り、この人間

の苦しみは、死ぬまで続くんやと思う』


 苦しみから解放されて呆けていた女性はそのまま倒れ、気を失ってしまっていた。

 眠っているはずの彼女の体の至るところから、刀身が伸び続ける。

「このままじゃ……なにも変わらないのか……」


『このままやったら、そうやな』


「どういうこと?」

 刀身をボリボリと食べている神様が続ける。


『ん? そのままの意味やで。<記憶があったら苦しみが一生続く>ってな』

「記憶……記憶か……だったら、記憶を……消せば?」


『まぁ難しいけどなー。本人の記憶だけ消したっても、周りの人間が覚えてたら、それが

カギになってすぐに消した記憶自体呼び戻されるしの』


「なるほど……でも、救うには……それをどうにかするしか……あっ……」


 あることを思いつく。


「ビョウ、この人の記憶を見ることって出来る?」

『ん? シュウ、ちょっと前に説明したやつ、もう忘れたん? シュウがやりたいと思っ

たことはウチが叶えたるって言うたやん?』


 ニコニコとした笑顔を向けてくる神様には何でも叶えてあげる自信があるのだろう。

 どこか楽しそうで、どこか面白がっているような、そんな表情を浮かべていた。


「じゃあ、頼むよ。ビョウ」

 倒れている女性の中に飛び込むイメージを浮かべながら、神様の名前を呼ぶ。


 そのまま目をつぶる。


 視界は暗く徐々にだが、周りの音が聞こえなくなっていく。


 ……シュウ――。


 神様に呼ばれたような気がして閉じていたまぶたを開く。


 隣には神様はいない、というより……誰かの視点に切り替わっているようだった。


 ……――。


 この視界の主が今、目の前で倒れているこの女性なのだろう。

 辺りが暗いことから、時間帯は夜であることが分かる。

 遅い時間なのだろうか? 歩いている人が、周囲に存在していない。

 時々車が通りすぎるくらいで、街灯があるにもかかわらず、薄暗い印象が拭えない。


 そんなどこか不気味な印象の帰り道を、コツコツと靴の鳴る音だけが響いていく。


 ……――。


 少しだけ時間が経ったのだろうか、見ている光景に変化が現れる。


 一台の車のライトがずっとこの女性を照らし続けているのだ。

 目の前に影が細長く延び、くっきりとアスファルトに存在している。


 ……――。


 さすがに不審に思ったのだろう。

 振り返り、ライトを照らしている車を確認すると。


 黒いワンボックスの車から降りた、ふたりの体格のいい男性がこちらに向かって歩き始

めているところだった。


 逆光で影になっておりふたりの表情はまったく分からないことが、女性の恐怖感をさら

に煽っているように思える。


 身の危険を感じ、一瞬で振り返るとすぐに全力で逃げ出す。

 駆け出した足音がコツコツとうるさく鳴り響きながら音の間隔がどんどん狭まっていく。

 そして、逃げ出す彼女に対し、ふたりの男も足を速めたようだった。


 後方の足音がすぐに騒がしくなる。


 必死に逃げながら助けを求めようとまわりを見回すが、人の気配などなく誰も居ない。

 肩で息をし始めたところで路地を曲がり、建物の影に身を潜める。


 夜の暗闇の中、バクバクと鳴り続ける心臓の音だけが妙にうるさく聞こえる。

 乱れた呼吸も聞いたことがないかすれた音が鳴っている。

 体が言うことを聞いてくれていないようだった。


 口を塞ぎ、力一杯目を閉じても、それらの音は、止まってくれない。

 耳の奥にこびりつくそれらが、自らをさらに追い詰めていっているようだった。


 バタバタとふたりの追跡者の足音が近づいてくる。


 そして、それは――、


 そのまま通りすぎていってしまった。


 ガチガチと震える体で、身を乗り出し、男たちが通りすぎていった方向を見て、誰も居

ないことを確認して、安堵のため息を漏らした。


「はい、残念。惜しかったねぇ……――」


 口を片手で塞がれながら、強引に視界を揺さぶられる。


 ふたりだけと思っていたが、もうひとり後から追いかけて来ていたらしい。

 建物の陰から通り過ぎた男たちを見送り、安堵しているところを意識の外から捕らえら

れてしまった。


「ぐっ! うぅ……」

 ニヤニヤと卑しい笑顔を浮かべている男に、口を塞いでいない方の腕で、何かされてし

まったのだろう、すぐに世界がぐにゃりと歪み始めた。


 そのあとは、視界にもやがかかったように世界が薄く、白くなっていた。


 意識が朦朧としているのかもしれない。

 そのうち、視界がすべて暗くなり、何も見えなくなってしまった。


 少しの間、無音の世界が続いた。


 ――びりびりと、何かを引き裂く音に気付く。


「おお、起きたみたいだぜ」


 視界は暗いままだが、人の声が聞こえ始めた。

 何人かが喋っている雰囲気はあるが、正確な人数は掴めない。


「なに!? なん、なのっ!」


 次は女性の声。

 聞き覚えのあるこの声は、この人自身の声のようだ。


「俺らいろいろ溜まっててさー。お姉さん、運が悪かったと思ってさ……――

“てっとり早く発散”させてくれない?」


 身勝手な男のゲスな考えを、ただ聞かされ続ける。

 周囲に居た男たちも、それぞれが笑っているように聞こえた。 


 この人自身の恐怖心などの感覚はリンクしていないため、ボク自身は何も感じないが、

自分が同じような事態に陥ったら、それは恐怖以外の何物でもないのだろう。


 それにしても……先ほどからびりびりと鳴っている、この音は何なのだろう?


「あ、今動くと危ないよ? あんたの服、全部切り刻んでるところだから」


「いやあああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 間髪入れずに叫び声があがった。


 暗い視界の中では何も見えないが、これからこの人は――。


 ……――。


 この後の声は男たちの薄ら笑いと、『やめて』『ゆるして』『たすけて』と懇願してい

る女性の声が続く。

 怒声や誘惑するような声を掛けながら、男たちは次々と己の欲望を吐き出し続ける。

 ねちねちとした粘着質な音や、体を叩く破裂音などが聞こえてきた。

 そのうち、女性の声は聞こえなくなり、男たちの声も、いつの間にか止んでいた。

 

 自身の意識が、また落ちたのかもしれない。


 視界が晴れたときには朝を迎えており、男たちは誰もその場には居なくなっていた。

 見えるのは男たちに蹂躙され、体中を犯されつくした女性の姿だけ――。


 そこで、視界がブツリと途切れた。


 行為を続けている間、目隠しをされていたのはボクにとっては幸いだったが、本人にと

っては地獄だったに違いない。


 目を閉じ暗闇の中にいると、このときのことが嫌でも頭から離れないのだろうと簡単に

想像することができた。


『おかえり、シュウ。なんか分かったん?』


 目の前には膝を抱えて座っている神様の姿。

「……」

 ボクは神様の問いかけに応えられずにいた。

『あんまり気持ちのいい話では無かったようやね。それで……それを見て、シュウはどう

したいと思うん?』


「ボクは……」

 

 体の内側から少しづつ湧き上がるものを感じた。


 なんで、この人がこんな目に合わなければならない?


 どうして誰も救ってあげられなかった?


 そしてボクは……――。


「ボクは……この人の助けになってあげたい」

 真っ直ぐに神様にそう伝えた。


「ビョウ、この人の過去を、変えよう」


 口から勝手に言葉が漏れていた。


 できるかも分からない、ただこの人を救える方法で浮かんだのはこれだけだった。


『じゃあ、もう一度、ウチの名前を……呼んで』


 どこか悲しそうにも聞こえる神様の声に、ボクはそのまま応える。


「……ビョウ――」


 意識のない女性の頬に触れる。

 止めどなく流れ続けていた涙の雫が、ボクの指先を少しずつ湿らせていく。


「行くよ、シュウ」


 無言でゆっくりうなづくと、目の前に赤い扉が現れた。


 引き寄せられるように扉を開き、足を進めると――、


 足元に床の感覚がなく、そのまま暗闇の中へと吸い込まれるように落ちていった。

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