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ヒヒイロノカネ  作者: えるむ
第一章
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第一章②

「ちょっ、待ってや! へへへ、これでも食らえっ! どーん! よっしゃあ!」

「……ふふ」

「なに? その不敵な笑い、ちょ、まっ……ごめん、ごめんてー! あーッ!」


 ばぁちゃんの家ではいまだ現役のブラウン管テレビの画面に映るのは、カートに乗った

キャラクターが上下にひとりづつ。

 下半分を映しているキャラクターはくるくると勢いよく回っており、そのままマグマの

中にきりもみしながら落ちていった。


「へっへっへ……」

「くっそー。なんかめっちゃ悪い顔してるんやけどー。シュウさーん?」


「手加減なんてしないよ? こういうのはマジでやるから面白いんだから」


「くっ……初心者相手にムキになる子やったかぁー」

 十年以上前に流行った『チャラオカート』というゲームと据え置きのゲーム機で熱い戦

いを繰り広げている。

 決められたコースを三周する。という極めて単純なゲームのはずだが、アイテムを使用

することによって、相手の妨害も可能となり、さらに順位が低ければ低いほど効果的なア

イテムを取得しやすくなるという仕様のゲームだ。

「あーっ! なんでアイテムボックスの後ろにバナナの皮があんのー!」

「ふふ、常識だろ?」

「ぎゃー! 潰されたー!」

「タイミングって大事よね。うん、マジで」

「ダメッ! ダメやって! 置いてかないで! あっ、あぁぁぁあぁぁっ!!」


 おおげさに反応を続けているビョウだったが、飲み込みは早く、ゲームの操作自体は問

題なくやれていた。

 けっこう器用なのかもしれない。


 ただし、かなりうるさい。


 隣で行儀よく座ってはいるが、ひとつひとつのリアクションが大きすぎて、こっちが驚

いてしまうことも多かった。

 ビョウは、そんなこちらの様子など気にすることもなく、コースでカーブに差し掛かる

たび、コントローラーと一緒に体を捻りながらゲームをプレイしている。


 妨害や、負けるたびに声を上げているが、かなり楽しんでいるようだった。


「ちょっと! シュウ! 手加減してよ! ウチ、これ触るん初めてなんよ?」


「いやー、初めてにしてはビョウはスジがいいよねー。操作方法も分かってるしー。すぐ

に対応しちゃうんだもんなー。才能あるんじゃない?」


 思っていることを素直に伝えた。ただし、手は一切抜かない。


「え? そ、そう? ふふふ、やろ? そうやろ? 昔からなー、こういう細かい感じの

は得意で……って、何で笑ってるん?」

 ころころと表情の変わる神様からジト目でクレームが飛んできた。

「んー、ビョウと一緒にゲームするって楽しいって思っただけだよ」

 さすがにころころ変わる表情がかわいい、というのは照れくさかったので、それ意外に

頭に浮かんでいたことをそのまま言ってみた。


「そうやなぁ……ひとりで居るのは寂しいしな……」


 先ほどまでキラキラしていた瞳が少し曇る。

「ただ、あれよ。“げぇむ”は楽しい! 負けるとめっちゃ悔しいけどなぁ」


 目の前の画面に集中する神様。

 目まぐるしく変わる表情や、歓声や悲鳴など様々なリアクションを取りながらゲームを

真剣だった。

 相変わらずカーブと共に体を捻る行為も、すべてが微笑ましく見える。


 お社から帰ってきたときには、家はまだ誰もいなかった。


 正直ホッとした。


 ビョウのことをどう答えるべきか何も浮かばなかったから。


 その件はひとまず頭の隅に追いやって、あるものを押し入れから引っ張り出していた。

 それが今、ビョウと一緒にやっているゲームだ。


 あのお社でなんとなく口からもれたゲームの話。


 約束してしまったので、やるしかないなー、とか軽く考えていた。

 それに神様相手に嘘をつくのも期待を裏切るのも、なんかダメな気がしたから、という

理由が一番大きかったのかもしれない。

 とはいっても嫌々やるわけではなく、むしろ楽しみでもあった。

 ボク自身はゲームが好きで、一緒にやれることがすごく楽しみだった。


 昔は従兄弟や友達連中とよく遊んだものだったが、歳を重ねるにつれだんだんその機会

も減り、ついには押し入れの奥へと片づけられ、ずっと眠ったままになっていたようだ。


 一緒にゲームすることが、こんなにも楽しいと今でも思えるのは、かなり嬉しかった。


 まだ自分の中に、純粋にゲームを楽しめる感性が残っていること、ひとりでやるときと

は全然違う、無性にワクワクする感じ。


 ああ、こんなに楽しいのは久しぶりだ。笑うことを堪えるのが難しいと感じたのはいつ

以来だろうか?


「ふふふ……」

「くっ……余裕こいてるのも、今のうちだけやけんな!」


 ビョウが必死の形相で前を走るボクを追い抜こうとコントローラーを握りしめている。

 だが、ボクはゲームでは一切手を抜く気は無かった。


 そして……――。


「むむぅ……全然勝てん」


 当たり前のように全勝し続けている。


「アイテムの使い方が甘いね。あとはカーブのときはこう……ジャンプするとスピードを

落とさずに曲がれる。これは覚えておかないとダメなスキルだね」

「そんなん知らん知識やん! ずるい! 何ではよ教えんの?」


「聞かれなかったからね」


 笑いながら答えると、ビョウの顔がみるみる赤くなっていく。

「くっ! もっかい! 勝負や!」

 めらめらと燃えているビョウを横目に、思わず吹き出してしまいそうになる。


 そんな中、唐突に部屋の戸が開いた。


「あら、お客さんかい?」


「お、おかえり、ばぁちゃん」


 動揺のあまり、声が裏返ってしまう。


「お邪魔しとるよー」


 そんなこちらの様子とは我関せずといった様子で、軽く返事をする神様。


 何を、何て説明したら……やばい、どうしよう、まずい。

 頭の中で言葉がぐるぐると回るが、まったく答えにたどり着く気はしない。


「あらあら、可愛らしい子……わっ、角……ってもしかして……猫神さま?」


「へ……? 知ってるの?」


 意外なひとことに、さらに思考が止まる。


「お、ウチのこと、知っとるん?」


「あらあら……やっぱり猫神様やったんやねぇ……実は私のお爺さんがねぇ、いつも楽し

そうに話してくれてたんですよ。

『あのお社にはちんまい神様が住んでて、暇してたからようけ遊んだわー』って」


「ふむ、なるほど。やっぱり……末吉のヤツのことやな。ふむふむ、そういうことか……

シュウは末吉の血を引いてたから、こんなに……」


 神様がぶつぶつと独り言をこぼし始める。

「ど、どういうこと?」

「いや、昔な……いろいろ一緒に遊んでくれた人間がおったんよ。それが“末吉”ってい

ってな、どうやらシュウの血縁にあたるみたいなんよなー。どうりで懐かしい匂いがする

なーって思ってたところやな。納得した感じかの」

「はぁ……」

 ボクの先祖の人と知り合いってことか……。

「ふふふ、懐かしい話ねぇ……ああ、そうだ、神様――?」

「ビョウでよかよ」

「じゃあ、ビョウちゃん。お腹空かない? よければ夜ご飯、一緒に食べない?」


「おおー、魅力的なお誘いやね」


「……そうだね、ばぁちゃんからのお誘いだし、食べて行っちゃえば?」

「ふふふ、それじゃあ決まりね。美味しいもの作らなきゃねぇ」

 そう言うと、おばぁちゃんは嬉しそうに台所へと行ってしまった。


「はー、一日に別々の人間としゃべるとか何年ぶりやろ?」


 意外なほどあっさりと“神様”が認められたことによる肩透かしな状態に少し疲労感を

覚えた。それにしてもご先祖様か――。


「ビョウ、よかったね。それじゃあご飯できるまで、もうひと対戦やっとく?」

「おおお、望むところじゃあ!」

 肩をぐるぐると回しながら、意気揚々とコントローラーに力を込める神様。


 だが気合だけで勝てるほど甘いわけがなく、単純に実力差が埋まることも、強運での勝

利、といった逆転など起こり得るはずもない。


「わぁぁぁぁぁあぁぁああああ!! やめてぇぇぇ!!!」


 コントローラーをぶんぶん振り回す神様を横目に、アイテムで出た追尾弾を容赦なく叩

き込んでいく。


「きゃぁぁぁぁぁっ!!」


 無敵状態できっちりと踏みつぶしながら走行していく。


「おおおおおお!!!」


 ダッシュ板に乗り加速するところにバナナの皮を仕掛ける。

 途中でコースアウトさせ、半周ほど差を広げていく――。


 微塵も容赦なく、完璧に叩きつぶしながらレースが進んでいく。


「はぁ、はぁ……はぁ……くぅぅぅっ」


 ぎりぎりと歯を食いしばり、必死の形相で画面を見つめ続ける神様。


 ただその気迫もついにはゲーム自体に乗ることは無く、淡々と敗北を重ねていく。


 そんな感じで対戦は続き、気が付くと十連敗していた。


「ぐぅぅぅぅぅっっ………」


 こちらがにこにこと笑っていると、神様が顔を真っ赤にしながらこちらを睨んでいる。

 恐怖をまったく感じないボクは、その様子さえもゲームの醍醐味として楽しんでいた。


 神様の頬がみるみる膨れあがり、瞳はうるうるとして……――。


 あれ――? やばい、ボク、神様、泣かせた――?


「できたわよー」


 優しい声が、殺伐とした空間を一刀両断にする。


「……ビ、ビョウ? ……いこっか?」

「……ぐすっ、うん」


 神様が爆発しそうになったギリギリのところで、夕食のお呼びが掛かった。


 泣く子の手をひくように、なぜか神様と手を繋ぎながら、ボクと神様はばぁちゃんの待

つ居間へ足を進めた。



■■■



「はぁー、満足やわ。しばらく動きとうないかも……」


 お腹をポンと叩きながら、ニコニコと笑顔を浮かべている神様。

 先ほどまで泣きそうだったことを思い出したが、今その話題に触れると平和な空気が終

り、また殺伐とした空気が生まれてしまうと考え、思いとどまった。

「それにしても……人様は日々研究熱心やと思とったけど、これほどとはなー」

「……前にも食べたことあったりしたの?」

「んー? あぁ、末吉がお菓子やら、お弁当やら持ってきてくれとったんよな。つまみ食

いとか、一口貰ったりしてたくらいやね。こげんたくさん食べたのは初めてやねー」


 末吉――。


 神様の口から聞かされるご先祖様の名前らしい。

 どんな人物だったかはボクはよく知らないけれど、その人物の話をしているときの神様

は、とても楽しそうに話すのだが、思い出して何かを感じているのか、少し憂いを帯びた

表情をしていることも多かった。


「それで? 今からどうする? ビョウ?」


 なんとなく、“その話題”を避けてしまった。


「もっと遊びたいんやけどなー、“げぇむ”でシュウを倒してないし……」

 腕を組んで眉間にしわを寄せている。

「やらなきゃいけんことがあるんよね。ちょーっと面倒な感じやったから、長いこと放っ

ておいたんやけどな、それもいよいよ限界っぽいんよな……」


 難しい顔をしながら首を一定のリズムで左右に振り続けている神様。

 奥歯になにか詰まったような物言いに少し違和感を覚える。


「……それで? なにかやらなきゃいけないことがある感じ?」

「そうなんよね……でもなー……うーん」

「……なにか言いにくいことでもあるの?」

「いや、そのー……あははは」


 さっきまで自分の考えていることや、やりたいことのすべてをストレートに話していた

と思っていたひとりの少女。


 その少女がモジモジと“なにか”を言うことを躊躇っていることはボクでも分かった。


「いいよ、話してみて」

「はぁ……そうやね。……実はな、ウチひとりだと結構大変な感じのことでなー。少し困

ってるんよね。できれば……その……シュウに手伝って欲しい……なぁっておもてな」

 どんどん声が消え入りそうになる。

「シュウは今……暇な感じなんやろ? 危険な目には絶対合わせんし、ウチが全部守って

みせるから……ウチの仕事、手伝って……くれん?」


「うん、いいよ」


「そうやなー、やっぱこんな誘い方じゃあ、すぐに返事は……って、は? なんて?」


 気の抜けた声を上げ目を見開く神様。『心の底からびっくりしました』という気持ちが

まっすぐに伝わる、それくらい驚きを隠せていなかった。


「だから……手伝うよって、言ったんだよ」


「即答かい……あー、まー……よかたい」

 いろいろな感情が入り混じった複雑な表情をうかべている。

 思いのほか話がスムーズに進んでしまったことで、慎重に物事を進めようと思っていた

のに面食らった感じ、というのが一番わかりやすい現状を表しているかもしれない。


「よし……手伝ってくれるんは、嬉しい。それは間違いないけんな……ふふふ」


「内容聞いてもいい?」

「ああ、ごめんごめん。そうやなーやりたいことはいろいろあるんやけど……」


 思考を巡らせているのか、押し黙る神様。


「それじゃあまずは――、“人の命”でも救ってみるかな?」



■■■



 ヴィン――。


 景色が一変していた。


 どんよりとした曇り空にビルの群れが視界に広がる。

 同じような色合いのそれらの境界線が曖昧になるような感覚に陥るがそれもすぐに治ま

りつつあった。

 視線の先には髪の長いひとりの女性の姿。

 柵の向こうで足を延ばしても何もない空間に身を乗り出し“下”をのぞき込んでいた。


 よく見ると、柵の手前、彼女とボクの間には靴がきちんと並べられており、その下には

白い封筒のようなものが見えている。


「……マジか――……」


 思わず声がもれた。


「……だれ?」


 こちらの存在に気付いた黒髪の女性が擦れた声を上げ、振り返る。


 真っ赤に腫れた瞳からは涙がとめどなく溢れ続け、くっきりとできた涙の筋が顎を伝い

白いワイシャツにぐっしょりと染みを作っている。


「……初めまして、お姉さん。あー……そのぉ……少しボクと、話をしませんか?」


 『人の命を救う』


 神様からのお願い。ボクの最初の“お手伝い”が今始まった――。

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