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ヒヒイロノカネ  作者: えるむ
第一章
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第一章①

【『ポーン』】


【『この先、五メートル先を右、です』】

 携帯端末からの指示を聞き、目線を向ける先には――。


「竹、か……」


 隙間なく直立に天を貫く立派な竹藪が道を塞いでいた。

 といっても、ここまでも獣道だったり、急な坂だったりでおおよそ人が日常的に行き来

している雰囲気は微塵も感じられない。


「……」


 視界の端に違和感を覚え、注意深く目を凝らす。


 “何かこの先に進める方法はないか?”と――。


 別に何かを探している訳でも、明確な目的地があるわけでもない。


 偶然……。


 そう、偶然のできごと、なのだ。


 盆休みで、祖母の家にひとり。

 ヒマでヒマで仕方ない。


 そんな中、見たこともないアドレスから送られてきた謎の数値。


【-○○.○○○○○○,△△△.△△△△△△ 坐ヒョ埋】


 最初はただのイタズラメールだと思った。

 文字化けのように最後に記された言葉が、不快感を今でも煽る。


『……ざ? ひょ、うめる? ……ああ、座標、か?』


 なんとなく……なんとなく興味をそそられたので、メールで送られた謎の数値で検索に

出掛けてみる。

 表示先は……現在地からそれほど離れていない近くの山の中。

 地図上では何も存在しない場所を、目的地として赤いマーカーが記していた。


 ごろごろと寝転がり、携帯端末でゲームをする日々が続く。

 古い日本家屋の祖母の家、ブラウン管のテレビは未だ現役で、夏の甲子園の高校球児た

ちが熱い戦いを繰り広げていた。

 ただし、特に野球に興味がないので流れている映像には目もくれず、ただの耳に届く音

という認識でしかなかった訳だが……。


 そんな中に届いた、謎の文が含まれたメール。

 非常に怪しいそれは好奇心を掻き立てられ、いくぶんかは涼しくなったが、周りに遊ぶ

ところなど無いに等しいど田舎で、外へ足を向けてみようと思えるほどには強烈だった。


 つまり、目的がなく、暇で暇でとろけそうになっていた僕は、そこに行ってみることに

した。という訳だ。


「何か……――あっ」


 目の前の竹の群生地を注意深く探ってみると視界の端に人ひとりが通れそうな竹の隙間

があるように見えた。

 その先は暗く、正確には分からないがどうやら獣道が続いているようだ。


「屈めば、通れる、か?」


 どうせ、ヒマだし……と言葉には出さずに口ごもる。

 

 軽い気持ちで、足を一歩踏み出すと――。


 踏み出した先の地面が抜けた。


「へ? ……ちょぉぉぉぉぉっとぉぉぉぉぉ――。」


 間抜けな声を上げながら、そのままバランスを崩し、突如として出現した穴にすっぽり

と吸い込まれてしまった。

 落とし穴のように地面がある訳でもなく、文字通り、奈落の底へと転げ落ちていった。



■■■



「ベパッ! ぐぅぅぅ……ぺっぺっ!」


 顔面を勢いよく地面に叩き付ける。

 顔を抑え痛みに堪えながら、口の中から草や砂利などの異物を勢いよく吐き出した。


 落ち続けた時間のわりに、擦り傷や服の汚れなどを考えなければ、穴に落ちて受けたダ

メージは意外なほど軽かった。

 どうやら顔面で着地した場所が運よく柔らかい草木が積まれており、全身を受け止めて

くれたようだ。


「……死ぬかと思った……」


 安堵と一緒に、ひとり言が漏れる。


「このくらいで死ぬとか……人間サマは、相変わらず貧弱なんやねぇ」


「……」

「なん? あたしの顔になんかついとる? 顔は毎日洗っとるんやけどな」

「いや、そういう、意味じゃなくて……ね?」


 目の前には赤い着物、肩あたりで切り揃えられた黒髪の女の子がそこに、いた。

 斜めに切られた前髪から覗く大きな瞳は、楽しそうにニヤニヤと笑っている。


「あ……そういうこと。あたしが可愛いけんって、言葉がのうなってしまったんやね」

「……自己評価が高いのは、いいことだと思うよ」

「えへへ、ありがとーさん。なんや、兄さん見る目あるやん」

「……褒めて、ないんだけどなぁ……」

 今度こそ、屈託なく笑う少女の顔に面食らってしまう。

 驚かされてばかりだが、少しずつ周りの様子や現状が見えてきた。


 さっきまで鬱蒼と茂っていた竹林からは想像できないほど開けた広場。

 小さなお社に腰かけている少女が脚をぷらぷらとさせている。

 片手には緑色の瓶を握り、こちらを目を細めながら、何が楽しいのか笑い続けている。


 着物の少女の頭に目をやると、不思議なものが見えた。


 普通の人間では絶対ありえないそのもの。


 少女の頭からは、動物のような三角の耳と真っ直ぐ伸びた角があった。


(……鬼? マジ? あれ? これ、ヤバイ?)

 

 さっきまでは普通に話していたが、尋常じゃない状況になっていることに気付き、混乱

して固まってしまった。

 思考がまとまらない、身の危険を感じているのに、頭が真っ白になっていく。


 そんなこっちの様子などどうでもいいように、少女は楽しそうに話しを続ける。


「やー、久々のお客さんだの。この通り……ここはなーんもないけん、暇しとったんよ。

……だけんさー、兄さん、なんかおもしろい話、してくれん?」


 悪意のない笑顔を向けられ、引き攣った笑顔を向けることしかできなかった。



■■■



「ほー、兄さんは大学っちゅうところに行っとるんやね。んで今は夏休みと……ふむ」

「大学の夏休みは長くてね、今は祖母のところでまったりしてる感じ」

「ふむふむ、祖母とな……兄さんの家系はここに長く住んどるん?」

「どうだろう? 少なくとも引っ越しをしてきたって話は聞いたことないなぁ」

「……ふむ、もしかしたら……」

「ん? どうかしたの?」

「いやいやいや、こっちの話やけん、気にせんでいいよ」

「……まぁいいけど。ああ、そういえば自己紹介してなかったね」

 なぜかニコニコとしている少女を真っ直ぐ見据える。

「ボク名前はシュウ。古川シュウって言います。よろしくね、神様」

「ふふふ、兄さんはシュウというのか、よろしくの」

 くすくすと笑う少女が続ける。

「ウチはなー、ビョウっていうんよ。神様より、こっちの名前で呼んでほしいな」

「分かったよ……ビョウ」

「ふふふ、ありがとぉ」

 先ほどまで感じていた恐怖心は話している間に少し和らいでいた。

 こちらの身の上話がそこまで面白かったとは思えないが、なぜか楽しそうだ。


「しっかし、シュウはアレやな。ウチ神様ってやー言ってるのに、敬語とか使わん子なん

やなー。現代っ子は怖いわー。ビョウさんちょっとびっくりやしの」


「わ、わ、ごめん……なさい。なんか見た目が可愛らしかったから、つい……」

「ふふ、嘘やけん、気にせんでいいよ。そっかー可愛いかー。ふふふ」


 屈託なく笑っている少女の角と耳をなんとなく眺めていた。


「……シュウ? そんなにウチの角、気になるん?」

「え? ま、まぁ……普通は無いものだから……」

「“普通”かぁ……。」

「ふふふ、そっか、そっか……」

 何か納得したようにこくこくと頷く。


「シュウはまだウチのこと神様って信用できてないんやね。なるほどなるほど……」


「いや、そんな訳では……」


「ふふーん、神様の前でウソつくとか……いい度胸しとるやん?」


 ニコニコとは笑ってはいるが、声に怒気が含まれているように感じた。

「……いや、その……えっと……」

 何か取り繕う言葉を考えるが、何も浮かばない、しかも嘘だと知ったら余計怒らせてし

まうかもしれない。

 怒らせてしまったら……と恐怖が思考を鈍らせてしまっていた。


「……ウチのこと、怖いん? ……ふふふ、じゃあ、ウチ、証拠見せてあげるわ」


「へ?」


 少女は手をボクの目に向けてスっと伸ばす――。


 ドクン――。


 心臓の音が耳元で聞こえた気がした。


 世界が一変していく――。


 先ほどまで目の前の社に座っていた角の生えた少女が消える。

 靄がかかったような視界に一人だけ顔を抑えた男が苦しそうに腰を折っている。

 男は悶えながら、地面に膝をつき、何かに耐えるようにきつく目を瞑っている。

 男の顔には見覚えがあった。

 毎日見ているのだから間違うはずがない。


 “目の前で自分自身がなぜか苦しんでいる姿を今見せられている”ことに気付いた。


「そろそろ慣れてきた? ほら、シュウ、自分をよく見てみぃ」


 言われるがままに苦しむ己の姿を捉える。

 少しずつ霞が消えていくと、己の様子がことさらにはっきりと見えた。


「なに……これ……」


 刀が生えていた。

 肩、胸、太もも、そして左のこめかみ……。

 そのすべてから刀の刃の部分が真っ直ぐとそれぞれの方向に“生えて”いるのだ。


「うわああああああああぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」


 その歪な認めたくない景色に絶叫が漏れる。


「まぁ、びっくりするよなー。怖いやろ?」


 声の主は、変わらぬ調子で事実だけを伝えてきた。


 そして、こめかみから伸びる刀身がずぶりずぶりと音を立てながら、さらに伸び続けて

いるように見えた。刀身の根本の皮膚からは血がどくどくと流れ始めている。

「かはっ! たっ、助けっ……」

 自分の体に起こっている異常事態に声にならない、かすれた声で助けを求める。


「大丈夫、っていっても信用するんは難しいやろけど……体、ケガはしてないよ」


 落ち着いた声が耳に届くが、理解することはできない。


「それに……」

 

 悶えている己の姿が目と鼻の先に迫っていた。

 一気に距離を詰め、そのまま通り過ぎてしまった。


 ヒュゴッ!! ――と遅れて風を感じるくらい、一瞬の出来事だった。


「あっ――」


 いまだ膝をついて悶えている己の体に一部に違和感を覚えた。

 どうやらその違和感の正体は、こめかみから伸びていた一番長い刀身が無くなっていた

ことによるもの、のようだった。

 いや、正確には根本から叩き折られていた。

 こめかみからは綺麗に折られた刀身の残りが、いまだ皮膚を突き破ったまま……。


 だがその残った刀身もずぶずぶと音を立てて、こめかみの内側に埋まっていく。


 そのまま綺麗になくなり、いつの間にか流血も止まっていた。

 呆気にとられたその様子を見ながら、何も言葉に出せないでいた。


「まぁこんな感じかの」


 ぶつん――。と視界が元に戻り、目の前には地面があった。

 尋常じゃない量の汗がしたたり落ちていたようで、石畳には水滴の痕が無数にある。

 息も荒く、手足も震えていた。


「はぁ、はぁ……ふぅっ……あっ――」


 深呼吸をしたあとに少女の方に目をやると、少女の手には刀身がつままれていた。

 自分の身長よりも大きな刀身を軽々と持ち上げ、興味深げに眺めている。


「そんでもって……こうやるんよ」


 しゅるんと音をたて半回転させた刀身を少女は目の前で、


 切っ先から一気に飲み込んだ――。


 ごくんっ――。と聞こえてきそうなほど豪快なその“食事”を見たボクは何も言葉を出

せず、ただただずんで目の前で行われていることを眺めていることしかできなかった。

 

 だが、不思議と恐怖を感じることはなかった。


「ふぅ、ごちでした。……どう? こんなことできる人間なんておらんやろ?」


 笑顔を浮かべながら問いかけてくる少女。


「まぁ……そうだね。確かに、人には無理だ……神様かぁ……」


 普通に言葉が出てきたことに驚いた。


 いや、“異常”だ――。


 なぜ、ボクは……“恐怖を感じていない?”


「ふふふ、なんか変な感じなんやろ? それなー、当ててやろか?」

 にこにこと話を続ける

「“何で今、目の前で起きたことに恐怖を感じないか?”やろ?」

 図星だった。


「……そう、だね……こんな信じられないこと沢山起きてるのに……」

「理由は簡単や」

「さっきシュウから生えてた“アレ”な“シュウの恐怖心”なんよ」 

「……は?」

「うん、恐怖心をウチが食ったん。だから怖くないんよ。お分かり?」

「……それって……大丈夫なの?」

「シュウの体調がわるうなったり、魂が濁ったりすることは無いかな」


「いや……そうじゃなくて、ビョウがケガとかしたら……」


「……は?」


 困惑の表情を浮かべる少女であったが……。

「あっ……なるほど……ふふ、はははははは!!!」


 いきなり笑いだしてしまった。

 

「な、何で笑うんだよ! 心配したんだぞ?」

 腹を抱えてその場で倒れこんでしまった少女。

「ひーっ! ひーっ! はははっ、ぶはっ!」

 豪快すぎる笑い方は若干引いてしまうほどだった。

 涙を流しながら、石畳の上をのたうち回っている。

 そしてだんだん恥ずかしくなってきた。

「……はーっ、わらった、わらったわー……まさか……ウチのこと心配してくれるヤツに

“また”会えるなんて、思ってなかったからなー。ぷすすすっ……ひはっ……」


 涙をぬぐいながらゆっくりと立ち上がる。


「シュウはいい子なんやな。ウチのことなら平気よ。だって“アレ”ウチにとっての食事

みたいなもんやし、いっつもやってるやつやしな」


「あっ……そうなんだ。なら、いいや」

「おっ、急につめとーなった。……そんなん笑われたんが嫌やったか? ごめんてー」

 にやにやと笑いながら、バンバンと肩を叩かれる。

「いや、嫌とかじゃなくて……状況の理解に脳が追い付いてないだけだよ」

「そう? まぁ、見たまんまやね」

「……見たまんまか……ひとつ、いい?」

「ん? なん?」

「あの“刀”みたいな……刃みたいなのは……何?」

「あー、あれは……呪力が具現化したものやなー。特に名前はつけてないかも」

「“じゅりょく”?」

「ウチの力の源やね。負の力、みたいな感じやし、あんまりイメージは良くないし暗いけ

ど……あれ無いとウチ存在できなくなるし、いろいろ困るんよ」

「力の源か……まさか、結構危ない感じ、とか?」


「んーん、逆やね。これ見てみーよ」


 社の扉を無造作に開ける。


「なんだこれ……瓶?」

 綺麗に積み上げられた緑色の瓶がぎゅうぎゅうに積み上げられている。

 下の方の瓶が自重で割れないか不安になるが、その辺は大丈夫なのだろう、たぶん。

「そそ、これに呪力を貯めて、お腹減ったら飲んでたんやけど……最近はなーんか供給が

多くてなー。もう、貯蔵もいっぱいいっぱいなんよ」

「刀身が……液体に?」

「まー、そんな感じ、ここのお社にいろんな土地から、集まってくるようになってるんよ」

「……なるほ、ど?」

 言ってることは理解できなくはないが、やはり想像が追い付かない。

「最近は病んでる子が多いんやろなー。前と比べてめっちゃ増えてるわ」

「へぇ……」

「おかげで呪力が余って余ってしょうがないんよね。ドバー! って使いたい感じ」

「……ちなみに使うとどうなるの?」


「んー? 大陸……いや、島一個くらいなら、いけるんやない?」


「……はぁ……なるほど」

 聞かなきゃよかった……。何が“いける”のだろう……。


「そんなことよりさー、ウチは暇なんよ。面白い話とか、面白いものとかないんー?」


 目の前で手足をぶんぶんと振りながら、子供のように駄々をこねだした。


「面白い話……は無いけど……なんなら家くる? ゲームとかあるし」

「ほぉ……“げぇむ”とな」

「いや、絶対知らないだろ」

 あごに指を当て、“なるほどゲームな! 知ってますよ”と顔で語っているが、発音が

怪し過ぎて、知ったかぶりをしている様がバレバレだ。

「む、しかしそうなると、お出かけの支度をせねばいけんな」

 ひょいっと身をひるがえし、社の下に手を突っ込み、何かを探している。

 動きが止まり、引き抜かれた腕の先には空の八角形の緑の瓶が持たれていた。


 コトン――。と社の真ん中に瓶を置くと、ビョウがこちらに視線を向ける。


「準備おっけー。さっ、はよー、はよいこー」

 ぐいぐいと着物の神様に腕を引っ張る姿に、何故かどっと疲れた気がした。


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