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新訳シルフヴィーゼ神話  作者: かじひろ
第一章 OUVRIR
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OUVRIR 2

<2>


「う~……」

本日最後の客を送り出して窓を閉めたチカは、キャスター付きの回転椅子に体を投げ出す。

「お疲れ、主任」

斜め前のデスクから、栗色の穏やかな目が労いをかけた。

「それやめてくださいよー。三人しかいない部署で主任とか言われても、からかわれてるとしか思えないです」

「もちろん、からかってるんだけど」

「酷い……」

低く呟いて、肩で切り揃えた毛先をいじる。

ふてくされた仕草に苦笑して、アウグストがポットからお茶を注いでくれた。

数年前から国家防衛省に設置されている特殊事象対策室は、学院卒業後に配属されて一年になるチカ・ラング=ブーシェ、事務官のアウグスト・カンナス、そして室長のセイアッド・フォンセ=メイフと言う三人体制の極小部署だ。

チカには配属当初から、「主任」などと冗談のような肩書がついているが、キャリアは事務方のアウグストの方が長いので、本当に名前だけである。

名称だけでは何を担当する部署なのか曖昧だが、実のところ職務内容も明確な規定がある訳ではないらしい。セイアッドは基本的に外回りなのか、チカには何の指示もなくいなくなるし、アウグストは一日パソコンの前で自分の作業をしているだけだしで、当初は途方に暮れたものだ。

「昨日より穏やかだったね、今日のお悩み相談室」

「一昨日は珍しく室長が一日在室だったじゃないですか。だからみんな避けてたみたいで。昨日みたいに一度にたくさん来られても、私の身がもたないんだけど……」

「休診日明けの病院みたいだ」

ろくな仕事がないオフィスでチカが始めたのが、アウグストが言う「お悩み相談室」である。ただし、対象は人間ではない。

「うちにも一匹いるけど、こう毎日のように違う種類の見てると、本当にこの世界って色んな神様に溢れてるなーって思うよね」

「まぁ、神様大国ですからね。特にこの国は、三大神のお膝下だし……」

創世神話の三大神に始まり、世界には大小さまざまな神がいる。謂われも姿も雑多な神々だが、もの凄く大雑把に分類すると二種類。人に憑く神と憑かない神だ。

この世界では、時たま人間が神を宿して産まれてくる。それが憑く神であり、一般的には宿神と呼ばれ、高位で力の強い神とされている。

そうではなく、ただそこに在るものとして捉えられているのが、憑かない神。彼らは人より自然に近いところで生きており、環境の変化によって姿を消すこともある小さな神だ。その性質から、精霊に分類する研究者もいる。

チカ自身は、オラクルと言う神と共に生まれた。オラクルは託宣の神で、人語を解さない神の声を聴く翻訳機のような力を持っている。それを生かして、小さな神々の訴えを聴くのが「お悩み相談室」だ。

「今日はどんな相談?」

「東の城門脇にある林を伐採しないでくれって言う、木霊こだまからの訴えとか、食堂の残飯が減って困ってるって言う、猫又の愚痴とか……」

言いながら、チカはパソコンの電源を入れた。

仕事として時間を使っている以上、相談の内容は正式な文書にして関係部署に送っている。猫又のような事象は別として、都市開発や人間の生活に関わる部分だったりすると、チカの報告書は意外と重宝された。

自然の中に在る神は知っていても、本来相容れない存在であることは事実。互いの領域を巡って対立してしまうと、思いがけず深刻な事態になったりする。

なにせ、神は祟るのだ。道路を舗装しようとして、うっかり道端の住処を壊そうものなら、どんな報復をされるか分からない。

そこに、チカのような仲介者がいれば、互いに歩み寄りの交渉ができると言う訳である。

「林の伐採計画って、どこの管轄ですかー?環境省?」

「森林関係なら環境省だけど、都市の開発計画が絡んでるなら国土管理省だね。おれが問い合わせようか」

「ありがとう、アスティ。猫又のは……後で食堂のおばさんに相談しに行けばいいかな」

「いっそ、食堂裏で飼ってもらうって言うのは?」

「私もそう言ったんですけど、それは猫又のプライドが許さないらしいんですよ~」

アウグストが電話の受話器を耳に当て、チカが相談室用に作った報告書のテンプレートを呼び出したとき、前触れなく扉が開いて長身の影が入って来た。

内にいるオラクルが緊張する感覚で、チカには見なくてもそれが誰だか分かる。

「お疲れ様です。お茶淹れますか?」

朝礼に顔を出したきり、一日中どこかへ出かけていたセイアッドだ。

「いえ、荷物を取りに来ただけですから、結構ですよ」


人物その他


チカ・ラング=ブーシェ

アウグスト・カンナス

セイアッド・フォンセ=メイフ

オラクル

木霊

猫又

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