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新訳シルフヴィーゼ神話  作者: かじひろ
第一章 OUVRIR
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OUVRIR 1

<1>


主は世界を闇で満たされ、女神をお生みになると闇を統べるよう命じられた。

次に主は光を灯し、男神をお生みになってその灯を絶やさぬよう命じられた。

最後に主は大地を造られ、また次の男神に大地を育み守るよう命じられた。

そうしてようやく、世界は主の御手より離れ、時を刻み始めた。

――シルフヴィーゼ創世神話 第一巻



パリパリに乾燥して破れそうなページを閉じて、スールェ=タカマは分厚い古書をソファに投げ出した。

「スールェ、それは一応、王室に伝わるシルフヴィーゼ神話の原書だ。粗雑に扱わないでくれると嬉しいんだけど?」

応接セットから少し離れた執務机で、フレデリク・レイ=シルフヴィーゼ国王陛下が頬杖をついて注意する。

昼食を済ませ、午後の政務も一段落した時刻とは言え、ずいぶんなだらけようだ。今日は珍しく仕事が少ないのか、彼は朝からこんな調子である。

「どうしてそれを、わたしが朗読させられてるの?」

「立場の再確認とでも言おうか。復習は大切だろう?」

日中セイアッドが仕事をしている間、スールェは王の執務室に託児所よろしく預けられる。だが部屋の主であるフレデリクは、雑用を言いつける他に、よく意味のないことをさせたがった。

昨日は原稿の校正をさせる合間に、議員名簿のAから順にどこまで暗記できるかと実験したし、一昨日は端末に溜まった既読メールの仕分けをさせながら、「存在が確認されている神と精霊の名前」と言う、マニアックなしりとりに参加させた。

そして今日は、山積みになった処理済の報告書をシュレッダーにかけさせた後、どこから引っ張り出してきたのか、所々虫食いの跡がある創世神話の朗読を命じた。

「この二番目の神様がフィニだって言うのは、もう知ってるよ」

「そう。つまりそこの欠食児童な訳だが……」

フレデリクが指さす先、スールェの正面のソファでは、赤毛の幼児が菓子を食い散らかしている。

ケーキやシュークリームなどのスイーツから油っぽいスナックまで、テーブルいっぱいに所狭しと並べて、フィニクスは次々に口へと運ぶ。幼児体型の外見からすると明らかに異常な食べっぷりだが、横で給仕をする王の侍従は微笑みを崩さない。

もっとも、いつもフレデリクの傍に侍っている老人が微笑んでいないのを、スールェはまだ見たことがないのだけれど。

「……お前、あそこから出てどれくらいになるか覚えてる?」

見ているだけで胸焼けを起こしたらしいフレデリクは、顔をしかめてスールェへ視線を戻した。

「半年くらい」

「じゃあ、外の世界にも慣れてきただろう。そろそろ、子供の菓子代くらい稼がないか?」

「稼ぐ?」

「就職先を紹介しよう。人手不足の部署に心当たりがある」

フレデリクは肘掛け椅子で腕を組んでいる。まっすぐ見つめるスールェに、口の端を上げて首を傾けた。

彼の王は御年二十三歳。年若い王の自信に満ちた美貌を向けられれば、それだけで、持ちかけられている話が魅力的であるかのような錯覚を起こす。

「バカバカしい」

その幻想に冷たく吐き捨てたフィニクスが、フォークを突き刺したシュークリームに齧り付いた。

「王の都合で十九年も閉じ込めておいて、あっさり代替わりしたと思ったら、今度は引っ張り出した上に働けだと?貴様らはスールェに賠償する立場であろうが」

「外に出て、少しは賢くなったじゃないか。――クリームを拭け」

「む……。だ、黙っていてもテレビは情報を寄越すのだからな」

スールェが手を伸ばして口元を拭いてやると、フィニクスはビシッとフレデリクにフォークの先を向けて宣言した。

「貴様らの行いは、スールェのジンケンを無視したものであるから、スールェは賠償金を請求するケンリがある!」

「昨日、法律の番組がやってたから……」

「なるほど。だがフィニクス、金だけ与えて何もさせないのと、周囲の人間と同じように働き生活する環境を整えることの、どちらが人としてのスールェのためになる?」

「う、む……」

人として、と言われると、人でないフィニクスは弱い。

意地の悪い陛下は更に続けた。

「そして、ぼくがスールェに賠償金を支払うとなると、その出所は国家予算なわけだ。そうすると裁判所だけでなく、議会まで巻き込む正式な手順を踏む必要が出て、実際スールェに支払われるには何年もかかる。その間、スールェは一文無し。だが働けば翌月からそれなりの給与が入る。気兼ねなく使える金が、手っ取り早く入るのは悪くないだろう?」

「うむむ……」

だんだん詐欺みたいに聞こえてくるんだけど、と思いながらもスールェが黙っていると、それまで控えていたヨシノ・オルコットが穏やかに口を挿んだ。

「陛下、幼い方にお人が悪うございますよ。タカマ様も、お勤めになるとすればフォンセ室長との都合もございましょう」

「……まぁ、週明けまでに考えてくれればいい。今のままでも、フォンセは喜んでお前を養ってくれるだろうからね。むしろ、やつはお前が働くことを嫌がるかもしれないな」

一度肩を竦めて見せ、フレデリクは話を畳んで席を立った。

「じゃあ、ぼくは“下”に行ってくる。戻るのは夜になるから、フォンセが迎えに来たら帰っていい。それまで部屋を出るんじゃないぞ。フィニクス、ヨシノが気の毒だからあまり散らかすな」

ジャケットを羽織り、軽く髪を梳いて王の顔になったフレデリクは、忘れず二人に釘を刺す。

陛下に同行するヨシノも、スールェとフィニクスに会釈して、外出用の端末とアタッシュケースを取り上げた。

「ちなみに、紹介してくれる就職先を聞いておいても?」

スールェが退出する背中に訊ねると、侍従が抱えた端末を指先で叩いてフレデリクは答えた。

「ぼくの秘書官だ」

「それのどこが普通なのだ馬鹿者め!」

フィニクスが閉まった扉にフォークを投げ付ける。

スールェも概ね同じことを思った。



人物


スールェ=タカマ

フレデリク・レイ=シルフヴィーゼ

セイアッド(フォンセ)…名前のみ

フィニクス

ヨシノ・オルコット

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