5.出発
「いったいこの結界は誰の仕業なのかしら?」髪留めの女がいらいらしながら言った。
「やはり、妖怪でしょうか?」ブレザーの男が言った。
「人間でも道具を使って手順を踏めばこの結界は構築出来るから、そうとは限らない」白シャツの女が言った。
「誰がやったかは今は関係ないさ」オールバックの男が言った。
「ああ。誰の仕業か知らないけれど、協力してここから出る必要があるだろう」メガネの男が言った。
「協力ねえ……」オールバックの男が嘲るように言った。メガネの男は少しむっとしたようだ。
「とにかく!」メガネの男は声を張り上げた。「この素数結界を抜け出すためには、通路を二人一組になって進むしかない。それぞれ立場と事情があるのは分かるが、こうしていても仕方がないだろう!」
「それでも、それぞれの事情は分かるがな」妖怪狐が言った。「この状況は大きなチャンスだ。みすみす逃したくはないだろう」
「じゃあこういうのはどうでしょう?」白シャツの女が言った。「誰か、彼女の他に身分を明かすものはいませんか?」
けれど、誰も手を上げないし、何も言わずに黙ったままだった。
「あんたはどうなんだよ?」オールバックの男がそう言ったけれど、白シャツの女は肩をすくめただけだ。
「けれど、私たちは進まないと出られないのよね?」髪留めの女が言った。「誰と誰がペアになるか、それを決められないからこうしてぐずぐずしているわけだけれど、その問題を解決しさえすればいいのよ」
「くじ引きでいいだろう。対になる札を引いたもの同士でペアだ」メガネの男が言った。
「それよりは、当たりを引いた順番に、一緒に行く相手を選ぶことができるというのはどうでしょう?」白シャツの女が言った。
「たいして変わらないと思うがな?」メガネの男が言った。
「まったくの運だよりは味気ありません。相手を選ぶことができれば、そこに戦略が生まれます。もちろん、選択権を得るという運が必要ですけれど、その運を自分の知略によって最大限に生かすことができる。それってよいと思いません?」白シャツの女が言った。
「ふむ」妖怪狐が口を開いた。「私にとって、この好機は偶然訪れたものだ。その行く末をまったくの運に任せるのも悪くないが、自分の決断を絡ませる余地があるのならば、その結果がたとえ失敗だとしても諦めがつくというもの。私はその案に賛成だ」
他に反対意見もでなかったので、白シャツの女の意見が採用された。
メガネの男が持っていた手帳から六枚の紙を破りとり、ひとつに当たりの丸印をつけ、全てを折りたたんだ。このままでは折り目で当たりが分かってしまうので、見えないように、ブレザーの男が持っていた茶封筒の中にそれらをまとめて入れた。
六人はいっせいにくじを引いた。
最初の選択権を得たのは……妖怪狐だった。
妖怪狐は一緒に通路を行く相手に髪留めの女を選んだ。そして、左手の通路へ行くことにした。
次に当たりを引いたのはメガネの男。彼はブレザーの男を相手に選び、中央の通路へ行くことにした。
残りの二人、オールバックの男と白シャツの女はそのままペアになり、右手の通路へ行くことにした。
出発にあたって、六人はそれぞれ床に下ろしていた荷物を手にした。
白シャツの女は細長いケースを肩に背負った。
「それはなんだ?」オールバックの男が聞いた。
「ラクロス部なんです」白シャツの女は答えた。
「それじゃあ、みなさん、次の部屋で合流しましょう」髪留めの女が言った。「みんなまた無事で合えるといいですね」
「たとえ誰かがいなくなってしまっていても、恨みっこはなしだ」メガネの男が言った。
「そうなったとしたら、きっとその次の通路で、新たな仕返しが起こるでしょうね」髪留めの女は言った。
こうして六人はそれぞれの通路に入った。