2.結界の始まり
コンクリートがむき出しになっている無機質な部屋の中に、六人の男女が閉じ込められている。
太いフレームのメガネと細身のスーツを身に着けた男。
上げた前髪を朱色の髪留めで留めておでこを見せている女。
高級そうなスーツに身を包んで髪をしっかりとオールバックに整えた男。
黒のブレザーにストライプのネクタイという最寄の大学の制服を着ている男。
これも最寄の大学の制服であるグレーのスカートに、襟と袖の折り返しが特徴的な白いシャツを着ている女。
そして、顔や腕に斑点のようにぶつぶつと沢山の赤い傷を追っている女。
「いったい、ここはどこなんでしょう?」ブレザーの男が言った。
「素数結界のようね」髪留めの女が言った。「知っている人はいる?」
メガネの男と白シャツの女が手を挙げた。少し遅れて傷だらけの女が手を挙げた。
「それって何なんだ?」オールバックの男が聞いた。
「ある素数の数だけ部屋とそれをつなぐ通路があって、その素数の倍の数の人間を閉じ込めることができる、そういう規則のある結界」髪留めの女が答えた。
「はん? なんだそれ?」オールバックの男は訳が分からないようだ。
六人は室内の様子を確認した。四方の壁のうち三つの壁に一つずつ扉がついている。
傷だらけの女はしきりに腕を気にしている。
「この部屋は三の結界のようですね」白シャツの女が言った。
「そう、ここは三という素数の結界。その数だけ通路へ出る扉があるでしょ?」髪留めの女が言った。
「ええ。先へと進む扉が三つあります」白シャツの女が言った。「扉の奥の通路を抜ければ二つ目の部屋にたどり着きます。そこからまた三つの通路があって、その先が最後の三つ目の部屋。最後の部屋から別れた三つの通路を抜ければそこに三つそれぞれ別々の出口があるはずです。三つの出口とも一体どこに抜けるようになっているのか分かりませんけど」
「出口があるの? じゃあ、そこへ向かいましょう」ブレザーの男が言った。
「ことはそう単純じゃない」メガネの男が言った。「この結界は三なら六人、五なら十人というように任意の素数の倍の数の人数を閉じ込めることが出来るんだが、全員一緒に先へ進むということが出来ない」
「そうですね」白シャツの女が言った。
「二人一組で別々の通路を進まなければいけない規則がある。六人なら二人ずつ三つの通路に分かれる、十人なら二人ずつ五つの通路に分かれるというふうに」メガネの男が続けた。
「交渉事に用いられると聞いたことがあるわ」髪飾りの女が言った。「例えば、行き詰まった会談の席をまるまる結界に沈めてしまう。脱出の課程で二人一組で行動する必要があるから、そのときに誰かと二人きりで交渉したり、または誰と誰が二人で通路に入っていくのかを見て、どういう協力関係が結ばれつつあるのか確認して、それによって別の誰かと談合したり、そうやって、場を限定された状況に置くことで協力関係を促進して結論を出す方法があるって」
それから六人は、さぐり合うように相手を見た。
実は六人には、それぞれの事情で交渉したり打ち合わせをしたい相手がいた。けれど、その様子を見られたくない相手がこの中にいるということも予想ができた。
そうして自重するうちに、時間が経った。