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北斎画狂人日記  作者: stepano
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第九回


 鶴屋の主人九佐衛門の驚きたるやこのうえなし。持ち込んだ画に眼を通し、暫くの後稀有な幽霊画と絶賛した。これまでの態度を急遽(きゅうきょ)一変し出版の意向へと腹積もりを変えた。市村座の看板絵を描きたいと申し出たが彼は取りあえず()し物の語り絵巻の錦絵に関心をもったふうだ。

 浅草馬道の居は俄かに忙しくなり三日に一度鶴屋下請けの板下工、摺り工等の出入りが甚だしく近所の噂は忽ち広まって茅場町の看板問屋にまで広がる。ひとみなこの生首の画を見て一見凄然、心魂を揺るがした。

 ほどなく錦絵が出版された。しかし嘗ての屈辱これにて晴らそうと思っていたので市村座看板絵の執着は断ち切りがたく怪談劇の看板絵の受注を今や遅しと待ちつづけた。

 しばらく経ったある日、鶴屋の九佐衛門がやって来て果して吉報を届けてくれた。

「いよいよ顔見世狂言の興行がある。師匠の力筆を賜りたい」

 と言って金五両を置いて帰っていった。忽ち奮高まって茅場町に馳せ看板問屋と詳細につき打ち合わす。()し物には残念ながら怪談劇はなかったが願っていた歌舞伎の看板絵だ。鳥居派一門の風靡(ふうび)絶大なるなか廻って来た御鉢、まさに望みしところと引き受けて対抗の意気込み益々盛り上がる。

 顔見世狂言の看板絵を描き終えた頃、ほどなくして居を訪ねる者があった。歌舞伎界の大御所菊五郎が三代目、尾上梅幸の使者であった。梅幸の技、世に高し。なかでも幽霊に扮する技は巧みで人気を博していた。生首の画の噂がやがて梅幸の耳に入りその絵師は誰かと尋ねたところ問屋の衆人が余の名を告げたのである。

「大御所が三代目のおっしゃるには、過日師匠の画を拝見したところ大そう気に入り稀に見る形象画、次の扮装の参考にしたいと申された。ついてはこれと同じような幽霊画を一枚描いていただければ有難き幸せと申されている。お願いできるであろうか?」

 大御所の直伝とあってはその頼みを厭わず承諾したい気持はあったが扮装の参考とは何事か。その高圧な使者の言動も少し癪に触ったのでしばらくの猶予を願い出る。

「して期日の目途は?」

「いずれそのうち」

 使者は戸惑って表情を曇らせたが懐から紙に包んだ金子を取り出し上眼遣いに膝の前に置くと、  「しからば早急に返事をお願いする」

 と、言い捨てて居を後にした。



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