第十三回
妖怪変化の扮装図がほぼ出来上がったので梅幸の楽屋を訪れ付人に届ける。後日、御大の使者がやってきて御大が大そう感激していたと云い又金子を包んで帰っていった。夏の公演が間近に控えていたので彼は多忙を極めているだろうと思い会わなかったのだが不敬だったと反省する。
梅雨がつづいていたが着る物の替えはなく相変わらず柿色の半天を着ていた。それは更に色褪せて湿る。夜が更け蚊が多いので蚊帳のなかに入って近づいた夏の公演のことを思った。御大の扮装観たさに思案に暮れる。今は門下に画号を継いで入ってくる報酬金の当てはない。しかしその祝儀の金の工面は大いに急を要していた。思案をしながらふと蚊帳の外を見ると静かに星の煌きが夜空の果てに無限に広がって何かを語ってくるようである。このとき、この蚊帳を売り捌いて祝儀の替わりにしようと忽ち思いついた。これは妙見のお告げであると信じた。
公演初日を迎えたので早速蚊帳を売り、其の金弐朱を得てこれを懐にし市村座に赴く。観劇もそこそこに楽屋裏に馳せ、梅幸に面会した。梅幸は喜んで招き入れたが出幕の時間が迫っていてあまり余裕が無い様子だった。其の金弐朱を紙に包んで渡すとこれで初日の祝儀を果たしたと早速帰途に着く。梅幸は大そう恐縮してその後また使者を遣わして居を訪れた。
蚊帳を売却してしまって夜な夜な蚊に刺されたが安然として筆を執り画業をこなす。
そのことは梅幸の知る由もなかった。
ようやく請けていた仕事も一段落したので再び人物略画と鳥獣戯画の類に精を出す。魔除けの獅子の画は朝一枚と決めた。室内は相変わらず掃除する者なし。塵屑の山、不潔この上なく散らばる。出入りする米商、薪商らが売り掛金の催促に訪れると版元鶴屋等から送ってきていた画料の包みをそのまま放り投げて渡す。なかに幾らあるかを確かめずに渡すので商人等は後から包みを開き少なければ催促し多ければ密かにこれを納めた。それほど画に熱中していた。
あるとき人物略画の動きが思うように描けず、特に身体の写実が歪に感じられて結局ひと晩考えた末、翌朝五ツ木町の接骨医を尋ねることにした。骨格のつなぎの理を研究して動きのある時々の形状の輪郭を掴もうとするためであった。三日ほど通いつめてやっと人の肩の裏側から屈折したときの筋肉の動きを把握した。それを版元鶴屋へ怪談絵巻の請け画の見本として持ち込んだ。鶴屋は大いに喜んで彫師へ発注し絵巻の更なる出版準備を進めてくれた。




