哀しきDreamer
「想うだけでいいの。見返りがなくても平気だよ」
あたしが良く知るあの娘は、良くそう言っていた。 想うだけの恋。
あの娘は幸せそうだった。
だからあたしも、そう思えるようになりたかった……のに。
「ダメだよ、松永さん」
あたしの言葉の後で、彼があたしにくれたのは、その一言だけだった。
冷たい空気で、夜空がいつもより綺麗に見えるのが恨めしい。
あたしが欲しいのは、そんな言葉じゃないよ!
そう言いたいのに、あまりの寒さにかじかんだのか、あたしの唇は言葉を発せなくなっていた。
現に彼は、もうあたしの傍には居ない。
“寒いから送る”と言ってくれたのに、あたしはそれを拒んだのだ。
ここから最寄りの駅までは、徒歩でもそれ程遠くない距離だから。
でもあたしは、彼を見送って随分経った今も、この場から一歩も動けずにいた。
彼が最後にあたしに向けた言葉が、あたしの心にこびりついている。
「松永さんの気持ちは嬉しいよ。だけど、俺には決まった相手も居るし……」
「それでもいいです。分かった上で言ってるんです。本気になれないって言うなら、気紛れでかまいません。あたしは…」
「松永さん」
あたしはこの時、自分がどれだけ道理に反することを口にしているか分かっていた。でも“言わなくては”と“今しか伝えられない”ってことも分かっていたから、あたしは言わずにいられなかった。
だけど彼はそれさえも遮った。あたしに言わせない為か、はたまた自分がその先を聞きたくなかったのか、どちらかは分からないけれど。
「ダメだよ、松永さん」
彼はもう一度、あたしにそう言った。
「君の言っていることは…ダメだよ」
「……」
「最初はそれでいいかもしれないけれど、……やっぱりそんなの虚しすぎる。ただ虚しいだけだよ」
彼はそう言って、すごく哀しそうな表情をしていた。
「……虚しい、か」
あたしはそう口にして、深く息を吐き出す。それと共に、奥に潜んでいたものがふいに身体の中を押し上がってきた。
それをせき止めるようにグッと顔を上げてみる。
空には満天の星、それを一層引き立てる透き通る冷たい空気。
だけどあたしの目元から溢れだした熱い水は、その動作を諸ともせず重力に逆らうこともなく、あたしの頬を濡らし滑り落ちていった。
「君の言っていることは…ダメだよ。そんなの虚しすぎる。ただ虚しいだけだよ」
彼が最後にくれた言葉と、哀しそうなあの表情が脳裏から離れない。
「…分かってる」
そう口にした声が涙で擦れる。それでもあたしは自分に言い聞かせるように続きを呟いた。
「…分かってるもん。そんなの、あたしの方が一番…」
だけど口にした言葉だって、あたしの本音には違いはない。
どうしようもないことだってのは知ってる。
だから別に、本気じゃなくてもいいし、気紛れでもいい。
あるいは嘘だっていいから、一度……この瞬間だけ
「好き」の一言を、彼の口から聞きたかったんだ。
どうせ離れていくんなら、ずっと願ってた夢を一度見させて欲しかった。
彼の性格上、そんなことできないのは分かっていたけれど。
それでも、
「そんなの虚しいよ」なんて言わないで……。
「想うだけでいいの。見返りがなくても平気だよ」
あたしが良く知るあの娘は、良くそう言っていた。 想うだけの恋。
今のあたしには、到底成し得なかったこと。
それなのに、どうして今あの娘の言葉を思い出したりするんだろう。
今のあたしを見たら、あの娘はなんて言うのかな。
そう思うと、あたしは今の自分がすごく滑稽に思えて、哀しくて情けなくて少しだけ笑った。
あたしは想うだけの恋はできなかった。
でも、後悔はしていない。
結果として私は自分だけでなく、彼さえも苦しめてしまったかもしれない。
でも、この想いを夢のままで終わらせることは、したくなかったから。
「……こういう恋の終わり方を選んでも、悪くないでしょ?」
夜空を見上げてそう呟いて、無理にそっと笑みを浮かべてみる。
そしてようやく、その寒さにかじかんだ重い足で、最寄り駅に向かい歩きだした。
ふと、はるか後ろの方で、まばゆい2つの小さな光が見えたけれど、あたしはもう振り返らなかった。
End.