出会いと魔法少女
魔法。
そう聞いて、人々は何を思い浮かべるだろうか。
どこへでも行ける魔法。
物を浮かせる魔法。
悪をやっつける魔法。
千差万別だが、それでも彼ら彼女らは空想する。
―――【あり得ざる奇跡を、起こす魔法】を
***
「嘘、もうこんな時間!?」
階下にまで聞こえる大声で叫ぶのは、少し遅く眠りから覚めた少女。鏡前にて纏まりを失った髪を多少乱雑に梳かし、箪笥から制服を取り出す。
茶色の長髪はなんとか外出可能レベルには大人しくなり、スカートから覗く足は彼女の健康的な生活を証明していた。
「.........よし」
急ぎ足で階段を下る。
右。左。右。一段飛ばして左。二段飛ばして両足。
「大丈夫?ちえり、ご飯できたわよー」
「わかった!すぐ食べるね」
机上の皿には目玉焼き。
(あ、サニーサイドアップ)
彼女の好きな焼き方だ。調味料は既に振りかけられており、口内に入ることを待っている。白米の量はそこまで多くなく、味噌汁には具材が多い。大方、鍋の中で具のある部分が片寄ってしまったのだろう。豆腐の主張が強めな味噌汁を急いでかきこみながら考えるのは登校ルート。この時間帯だと普段の道のりは車で溢れかえっていることだろう。
夢桜高校は県内では随一の生徒の多さを誇るので、校門付近もかなりの人の多さとなるだろう。
(めんどくさいな、10分でも早く起きれてればマシだったのに)
染井ちえりは考える。河川敷の方はどうだろう、と。普段は遠回りなので通らないが、この時間ならこちらを通った方がいいだろう。そう思いながら空の食器を片付け、鞄を抱え、靴を履き、小さくて隠れてしまうような"髪飾りを付けて"―――普段と同じように平常心で家を出る。
「いってきまーす!」
曲がり角を左。突き当たりは右に。この先は6月まで工事中。あと50m。
河川敷はすぐそこに。
***
河川敷は桜の絨毯が敷かれていた。近くの公園に大量に植えられたソメイヨシノだろう。風のせいか、絨毯のパーツがひらひらと宙を舞う様子を、しばらく呆然と眺めてしまう。
原因は、きっとそれだけではない。
いたのだ、人が。
花弁の中で佇む、浮世離れした人が。
「――――――」
声が出ない。出せなかった。
日本人?違う、髪も眼も外国人特有のものだ。
子供ではない、青年と呼べる年齢だろう。
空の一点をひたすらに見つめていた瞳が、単純で短い動作を挟んでこちらへ向く。向いた。
「―――誰?」
青年にしては低く、大人としては高い声色で金髪が言う。唇の動きは少なく、花吹雪にさらわれるような声だ。
「えっと.........ちえり、染井ちえり、です」
「ちえり.........うん、綺麗な名前。俺はサム、サム・ブリーズ」
「サム.........さんはどうしてここに?」
こんなことを訊いている場合じゃないのに。時間は有限であると始業式で聞かされたばかりだったのに。この不思議な存在から目が離せない。離そうとできない。宇宙のような瞳にソメイヨシノが吸い込まれる―――ちえりの胸中にはそんな気さえした。
「旅。旅をしてる」
あまりにも単調な言葉で。あまりにも単調なトーンで。それでも、まっすぐに。その表情には明るみが。
笑顔をたたえて、青年は言った。
「これ、どうぞ」
サムが懐から取り出したのは、パステルカラーのハンカチ。紅色の糸で咲いた桜の刺繍がまたかわいらしい。
意図していなかった事象に頭がフリーズする。きれい、よりも、かわいい、よりも、何故?
「似合うと、思ったから」
「えっ」
「桜によく似合う、綺麗な髪」
どうやらこの桜吹雪は、ちえりにも魔法をかけてくれたらしい。ふと触れた髪に乗る花弁は小さく愛おしい。なるほど、確かにこのハンカチにぴったりだ。
「これ、日本に来て買ったんだ。この花、本当に美しいよね。あ、その髪飾りも、綺麗。―――"また"ね、ちえり」
「っ、待っ......」
ひときわ強い風が吹く。思わず閉じた瞼が再び開かれた時、彼の者の姿はどこにもなかった。音も、痕跡も、何もかも。先程までのことが全て幻であったかのように。
「なんだったの......」
桜色のハンカチが、先程までの現実性を証明している。考えがまとまらない、知らない事象。
「また会えたらいいな」
口から出たのは、そんな言葉だった。よく知らない相手に「また会いたい」など、危険もいいところだ。しかし、彼女は確かに再会を望んでいる。
鐘の音に間に合わせるために、ローファーの音が軽快なリズムを刻む。頭の中は好奇心と期待。
今までこんなに心踊ることなかった!だってこんなにも普通じゃない出来事が起きたんだから!
ちえりは未知への探求心が人一倍あった。
故に彼女は夢想する。起こり得る再会。
髪飾りに秘めた"魔法"と共に。




