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霧の後に  作者: Eisei3


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12/12

第12章 終章 霧の向こう

 「正式に離婚したよ。子供は秋江が三人とも引き取って、東京に戻ったんだ」

 離婚後、始めて和美と会った夜、徹は和美に言った。彼女の気持ちを考え、秋江が和美の存在を知った経緯は、最後まで隠していようと決めていた。

 

 「そうなの… 子供達の親権も取られてしまったのね。… 隆君も」

 和美はそう、徹の気持ちを推し量り答えた。

 「隆の事は大丈夫。向こうの児童相談所が動いてくれるから。それに、親権についても、子供達が自分で決められる歳になったら、自由に選ぶことができるし、そうなれば俺の所に帰って来てくれるかもしれない。…ただ、今は有るべきものが全部無くなって、心の中にポッカリと穴が空いた様な状態だがね」

 徹はそう言って小さな溜息を吐くと、煙草に火を点けて煙を大きく吸い込んだ。

 

 和美は、そんな徹の顔を悲しそうに見ていた。

  ” この人の失ったものの大きさと、私の存在。それをどう結び付けていけばいいのか…。私のこの孤独な気持は、彼の事を求めている。心の奥底から。けれど、今の彼の心を思うと、私からそれを言う事はできない。今はただ、彼の心の隙間を埋める存在として居ればいいのだろうか。そう、何時(いつ)か、きっとその時が来るのを信じて ”

 彼女の心の中で、自分の気持ちと彼の心に板挟みになった葛藤が、無言の叫び声を上げていた。

 

 そして徹もまた、和美の心の内を痛いほどに理解していた。だが、離婚を契機に自分が背負った莫大(ばくだい)な慰謝料や月々の養育費の支払い。更には、三人の子供達の将来に対する責任。これらが彼の心を真綿で締め付ける様に苦しめ、安易な気持で和美に接する事を拒んでいた。

 でも、今の彼にとって和美の存在は、側に居てくれるだけで心の隙間を埋め、心に癒しを与えてくれる存在である事には間違いは無かった。だから和美には、心から感謝していた。が、その気持を言葉にするだけの勇気は、まだ彼の心の中には有り得なかった。そう、それにはまだ暫くの時間が必要だったから。

 

 こうして二人の間には、お互いの心の内を探る微妙な感情の遣り取りだけが交わされ、それまでと変わらない関係が暫く続いていった。

 

 そんな関係が続いていたある日、秋江の許可を得て、三人の子供が徹の元に遊びにやって来る日が来たのだった。

 子供達は、久し振りに会う父親の姿に、心からの笑顔を見せてくれた。

 「とおと、寂しくなかった?」

 「ああ、寂しかったよ。でもね、こうして(みんな)に会えてとおとは嬉しいよ。三人とも元気だったかい?」

 「隆はどうだい。元気だった?」

 「うん。元気だよ。あっちでもお友達が沢山できたしね」

 「お母さんは優しいかい?」

 「優しいよ。でも時々は怒るけれどもね」

 「そうかい…」

 徹は子供達の元気な姿に安心し、またこの家に戻って来た子供達の笑い声に、心からの安らぎを覚えていた。


 徹は、和美も家に招いていた。子供達には「とおとのお友達だよ」と、紹介しておいたのだが、和美に子供達は直ぐにうち解けて、彼女の周りにまとわり付いていた。


 その日は子供達を連れて、乗馬クラブに遊びに行った。

 子供達は、始めて触り、乗った馬の感触に興奮して大はしゃぎで一日を楽しく過ごしたのだった。

 和美は子供達に付きっきりで細々(こまごま)と面倒を見てくれていた。馬と子供達、そして和美と触れあう光景を、徹はベンチに腰掛け、遠くから微笑みながら眺めていた。

 和美がソフトクリームを買いに行き、子供達が徹の元に走って来る。

 「どうだった。楽しかったかい?」

 そう徹は子供達に声を掛けた。

 「お馬さんて、おっきいね。優しい目をしているよ」

 子供達は口々に、始めて触った馬との触れあいに感動した様子を話してくれる。

 

 そんな時、隆が一言呟いた。

 「あのお姉さんの様な人が、お母さんだったら良かったのに…」

 隆のこの言葉は、徹の胸を深く突いた。

 「お母さん… か」

 徹は少し遠い目をして、物思いに(ふけ)る顔をした。彼の目には、ソフトクリームを手に、こちらに駆けて来る和美の姿が映っている。

 「和美…。お母さんか…」

 隆のこの言葉が、徹の心を縛り付けていた縄を解き、彼の心を解き放った。

  ” 結婚しよう ”

 その時、そう徹は、和美との結婚を心の中で強く誓った。


 

 「俺には、自ら背負った大きな責任がある。それを承知で聞いて欲しいのだが。これから俺と一緒に、その責任を背負って行ってくれないだろうか?」

 数日後、徹は和美にそう問い掛けた。何もかもが吹っ切れた、清々しい顔をして。

 「ええ。もちろん。私で良ければ、喜んで」

 和美も、今までの心の呪縛から解放された喜びを、顔一杯に浮かべ、躊躇(ちゅうちょ)する事も無く答えた。

 「有難う。これからもよろしく」

 「私こそ、よろしくお願いします」


 徹と和美は、山の中にある小さなチャペルで結婚式を挙げた。誰も招くこと無く、二人だけでひっそりと。

 これからの二人の人生の門出を、ウエディングベルを高々と、遠く、高く連なる山並みに向かって鳴らす事で、祝い、また互いの心に誓い合ったのである。


 今、和美のお腹の中には、徹の子供の命が宿っている。

 これから、彼らを待ち受ける未来には、多くの多難な苦労が待ち受けているだろう。だが、今の徹の心には、暖かい家庭を築くという目標と、大きな夢が満ち溢れている。二人で力を合わせ、困難に立ち向かっていく。それこそが、徹にとって一番大切な希望という宝だった。

 

 

 冬のある雨上がりの朝、高台にあるこの家の周りを霧が包み込んでいる。もうすぐ朝日の昇る時間であった。やがて、東の山並みの向こうから眩い太陽が顔を出し、風がこの霧を吹き払っていく事だろう。 

 徹の心の中の霧も、既に晴れようとしていた。

 

 (完)

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