第四話
昼休みを告げるチャイムの余韻が、喧騒に変わりゆく教室に溶けていく。
一週間後に控えた宿泊研修。その話題は瞬く間にクラス中を席巻し、あちこちで「四人一組」という制約を巡る、期待と不安の入り混じった密談が始まった。
結城颯太は、胸の内で小さく溜息をついた。
(……蓮とも、氷室さんとも組みたい。でも、二人とも目立ちすぎるんだ)
注目の的である彼女たちの周りには、すでに下心を隠そうともしない人だかりができている。その輪を割って入る勇気は、今の颯太にはなかった。
消去法に近い動機で、颯太は親友である五味隆之介の元へ歩み寄る。
「隆、班のことなんだけど……」
「お、颯太か。俺は全然ウェルカムだぜ。でお前、本音はどうしたいんだ?」
隆之介はいつもの軽薄な笑みを浮かべ、あごで「彼女たち」を指し示した。
視線の先では、蓮と凜が、周囲の熱狂を適当にいなしながらも、意識の糸をぴんと張り詰めて颯太の動向を伺っていた。
人懐っこい笑みを浮かべつつも、頬をわずかに赤らめている蓮。
いつも通りの冷静な佇まいを見せながらも、どこかそわそわと指先を遊ばせている凜。
二人は、颯太が隆之介と合流したのを見届けると、示し合わせたかのように人だかりをかき分け、彼のもとへと直進した。
「颯太! 班決めた? 決まってなかったら一緒に組もうよ!」
蓮が弾けるような声で先制攻撃を仕掛ける。その勢いと距離感の近さに、颯太は顔を赤くして後退る。
「結城くん。……よろしければ、私とも一緒の班になりませんか」
凜が追撃するように言葉を重ねる。口調こそ落ち着いているが、その澄んだ瞳の奥には、隠しきれない焦燥が揺らめいていた。
「おいおい、俺と颯太はもう組んだんだから、俺の許可も取れよなー」
茶化すように割り込んだ隆之介だったが、二人の返答は無情だった。
「隆には聞いてない」
「五味くんには聞いていないわ」
完璧に揃った拒絶に、隆之介は「はいはい、左様でございますか」と肩をすくめる。
「……いや、俺は二人と組めたら嬉しいけど。でも、久世さんも氷室さんも、他の人たちから誘われてただろ? 俺なんかで大丈夫か?」
颯太の困惑混じりの問いに、蓮は迷うことなく彼に詰め寄った。そして、いたずらっぽく彼の頬を軽く引っ張る。
「わたしは『颯太と』組みたいの! 隆は……まあ、数合わせのついで!」
「俺はついでかよ!」
隆之介の嘆きも、今の蓮の耳には届かない。
その時、凜もまた、自分なりの言葉を紡ごうと唇を微かに開いた。
しかし、非情にも午後の授業を告げるチャイムが鳴り響き、同時に教室の扉が開いて教師が姿を現す。
「――っ」
凜は最後まで言葉を形にできぬまま、小さく吐息をこぼして自分の席へと戻るしかなかった。
授業の準備をする凜の横顔には、明白な悔恨の色が浮かんでいる。
(……言えばよかった。私も、あなたがいいって。結城くん、私は……)
沈み込む凜の背中を、蓮は少し離れた席からくすくすと笑いながら見つめていた。
蓮は隣の席の隆之介に、声を潜めて囁く。
「ねえ、隆。凜ちゃんも班に入れるつもりだけど、そうちゃんには内緒にしといて。その方が面白いでしょ?」
隆之介は「悪趣味だな」と呆れ顔を見せたが、蓮の瞳は真剣だった。
この瞬間、蓮の中で凜に対する認識が変化した。
彼女は単なる「邪魔な恋敵」ではない。自分と同じように、颯太に惹かれ、臆病になり、そして懸命に手を伸ばそうとする「同志」なのだと。
けれど、それは決して手加減をする理由にはならない。
(負けないからね、凜ちゃん)
三者三様の思惑が、静かに、しかし熱く交錯する。宿泊研修という嵐の前触れが、教室の空気をじりじりと震わせていた。




