第三十話 番外
飛行機は、東京に着陸した。
プライベートジェットから降りる際。
五人の間に、微妙な緊張が漂っていた。
旅行という。日常から離れた空間。
その中では、許されていた行為や言動。
だが、日常へ戻ると。それらは、別の意味を持つようになる。
結城家に戻った後。
颯太は、自分の部屋で、旅行中に起きたすべてのことを思い返していた。
凜のキス。蓮の過去形の言葉。隆之介と雫の関係。
それらが、どのような意味を持つのか。
颯太は、まだ、完全には理解していなかった。
その夜。
由美は、颯太に話しかけた。
「颯太。旅行はどうでした?」
その問いに。颯太は、何と答えるべきか分からなかった。
「複雑でした」
颯太が、最終的に答えた。
由美は、その答えに頷いた。
「そうでしょう。蓮と凜。二人がいる中での旅行。それは、複雑であって当然です」
由美の言葉は、深かった。
母親としての。颯太の心情への理解が、その言葉に込められていた。
「母さんは。何もアドバイスしません。ただ。自分の心と向き合いなさい。それだけです」
由美の言葉。
父親と同じ言葉。
その言葉が。颯太の心に、重くのしかかっていた。
翌日。
高2の入学式。
結城颯太は、高2年1年B組に進級していた。
クラスメイトは、ほぼ同じ。
だが、教室の雰囲気は、前年度とは異なっていた。
蓮と凜が、より明確に。颯太を中心とした関係構図を作っていたのだ。
颯太が教室に入った瞬間。
蓮は、颯太を見つめた。
その目には、何かの決意が映っていた。
凜も、颯太を見つめた。
その目には、勝利への確信があった。
颯太は、その視線の重さに、息苦しさを感じた。
隆之介は、颯太に近づいた。
「お前。大変だな」
隆之介の言葉は、茶化しているのではなく。友人としての心配が込められていた。
「ああ」
颯太が、答えた。
その答えは。シンプルだったが。その中には。颯太の絶望が詰まっていた。
雫は、颯太を見つめていた。
その目には、何か別の感情が映っていた。
それは。これまでの「凜の参謀」としての目ではなく。
何か別の、より個人的な感情。
だが。颯太は、まだ。その目の変化に気づいていなかった。
授業が始まった。
その過程で。颯太は、蓮と凜の行動パターンの変化に気づいた。
蓮は、休み時間になるたびに。颯太に話しかけた。
その話題は。多様だった。
朝ドラの話。Luminousの話。舞台の話。
蓮は。意図的に。自分の世界を颯太に示していた。
凜は。それとは別の方法で。颯太にアプローチしていた。
凜は。颯太との「隣の席」を、より強調した。
毎日。共有する時間。共有する空間。
凜は。それらを。より意識的に。演出していた。
颯太は、その両方の行動に。板挟みされていた。
昼休み。
颯太は、図書館に逃げ込んだ。
そこで。古典文学の本を読む。
それが、唯一。颯太が心を落ち着けることができる場所。
だが。その図書館にも。蓮が来た。
「そう……ちゃん。いますか?」
蓮の声。
颯太は。その声に。内心で、ため息をついた。
「蓮。何か?」
颯太が、聞いた。
「いえ。何もありません。ただ。そう……ちゃんが、どこにいるのか。知りたかっただけです」
蓮の言葉は。自然だったが。その背後には。颯太への深い執着が隠れていた。
蓮は。颯太の横に座った。
その距離は。友人としてのそれだった。
だが。その距離の中に。蓮の全てが詰まっていた。
数分後。凜も、図書館に現れた。
その時。
颯太は、二人の女性に挟まれた。
蓮は左側。凜は右側。
その配置は。図書館という静かな場所での。見えない戦いを象徴していた。
「こんにちは。蓮」
凜が。蓮に言った。
その言葉は。挨拶というより。宣戦布告のようだった。
「こんにちは。凜ちゃん」
蓮が。答えた。
その答えは。受け入れというより。受け流しのようだった。
颯太は。その微妙なやり取りを見守ることしかできなかった。
放課後。
颯太は。隆之介と一緒に学園を出た。
「お前。大丈夫か?」
隆之介が。聞いた。
「正直。分からん」
颯太が。答えた。
隆之介は。颯太の肩に手を置いた。
「そっか。まあ。頑張れ」
隆之介の言葉は。シンプルだったが。その中には。友人としての深い気遣いが込められていた。
その夜。
結城家で。
颯太は。蓮と凜の両方が存在する食卓で。夕食を食べていた。
会話は。ほぼなかった。
だが。その沈黙の中に。複数の物語が存在していた。
蓮の想い。凜の執念。颯太の葛藤。
そして。由美と健一は。その全てを見守っていた。
夜中。
颯太は。父親の言葉を思い出していた。
「自分の気持ちと向き合うこと」
その課題。
颯太は。それをまだ。実行していなかった。
代わりに。颯太は。他者の気持ちを見つめていた。
蓮の想い。凜の執念。隆之介の友情。雫の変化。
すべてに気づく。
だが。自分の気持ちからは。目を背ける。
その矛盾。その逃げ。
颯太は。それに気づいていた。
だが。同時に。その真実から目を背け続けることが。どれほど困難なのか。颯太は。理解し始めていた。
高2。新学期。
その始まり。
それは。新しい物語の開始を意味していた。
蓮と凜の「本気の争奪戦」。
隆之介と雫の関係の亀裂。
そして。何より。颯太の内面的な危機。
それらが。すべて。同時に進行していた。
春の校舎。
新緑の季節。
その中で。五人(あるいはそれ以上の人物)の複雑な感情が。交錯し続けていた。
番外編は。終わった。
だが。それは。新しい本編の始まりに過ぎなかった。
高2。
その一年間で。何が起きるのか。
颯太は。その答えを知らなかった。
蓮も。凜も。隆之介も。雫も。
すべての登場人物が。その先の物語を知らなかった。
ただ。確実なことは。
何かが。必ず。起きるということ。
その確実性だけが。唯一。確かなものだった。
結城颯太の16歳。17歳。そして。それ以降。
その人生の中で。何が起きるのか。
誰が。どのような選択をするのか。
それは。これからの。物語の中で。語られるだろう。
春の空の下で。
新学期は。確実に。始まっていた。




