第二十九話 番外
高2進学前の春休み。
五泊六日の旅行。
社長のプライベートジェットを借りて。颯太、蓮、凜、隆之介、雫の五人は、日本各地を巡っていた。
初日は京都。二日目は大阪。三日目は広島。四日目は福岡。
そして、五日目は長崎。
その五日目の夜。
五人は、長崎の温泉旅館に泊まっていた。
その旅館の露天風呂。
蓮と凜が、同じ時間に入浴していた。
二人だけの空間。
その時。
蓮が、凜に話しかけた。
「凜ちゃん。明日は。最後の日ですね」
蓮の言葉は、感慨に満ちていた。
「そうですね」
凜が、答えた。
その沈黙の中で。
二人の間に。何かが起き始めていた。
「凜ちゃんは。この旅行で。何をしたいんですか?」
蓮が、直接的に聞いた。
凜は。その問いに。沈黙した。
その沈黙は。考える時間ではなく。打ち算の時間だった。
「あなたは。知っているはずです」
凜が、最終的に答えた。
「そうですね。わかってます」
蓮が、呟いた。
二人は。事前に約束していたのだ。
「お互い。相手に遠慮せずに。颯太とやりたいことをやる」
その約束。
五日間の旅行の間。その約束は。暗黙のうちに守られていた。
だが。五日目の夜。
その約束が。より明確な形で。実行されようとしていた。
二人は、温泉から出た。
その後。
蓮は。颯太を誘った。
宿の外へ。
夜の長崎の町。
その中で。二人は。歩いていた。
「そう……ちゃん。明日が最後ですね」
蓮が、言った。
「そうだな」
颯太が、答えた。
蓮は。颯太の手を握った。
その動作は。自然だった。だが、その中には。蓮の全てが込められていた。
「この五日間。ありがとうございました」
蓮が、言った。
「何に対して?」
颯太が、聞いた。
「すべてに。そして。特に。颯太が。私を見てくれたことに」
蓮の言葉は。過去形だった。
その過去形の意味が。颯太には。理解できなかった。
夜中。
凜は。颯太を別の場所に誘った。
旅館の庭園。
そこで。二人は。座った。
「颯太。この旅行について。どう思っていますか?」
凜が、聞いた。
「複雑だ」
颯太が、答えた。
「そうですね。複雑ですね」
凜が。その言葉を反復した。
そして。凜は。颯太に近づいた。
その距離は。友人としてのそれではなかった。
物理的に。凜は。颯太に近づいていた。
「凜?」
颯太が、戸惑った。
「颯太。結城くん。あなたは。誰を選ぶんですか?」
凜が。直接的に聞いた。
その問いは。映画館での問いと同じ。
だが。その背景にあるのは。より深い現実だった。
「凜は。何を…」
颯太が。言葉を途中で止めた。
凜は。颯太を押し倒した。
旅館の庭園で。夜中に。
凜は。颯太にキスをした。
それは。21話での冷徹なキスではなく。
もっと。柔らかく。だが。確実な支配が込められたキス。
颯太は。その突然の行為に。抵抗することもできず。
凜のキスを受けた。
数秒。その時間が続く。
そして。凜は。颯太から離れた。
「明日が最後です。だから。今。やりました」
凜が。言った。
その言葉の意味が。颯太には。理解できなかった。
同じ夜。
蓮も。颯太と一緒にいたいという衝動に駆られていた。
だが。蓮は。それを抑えた。
なぜなら。蓮は。もう。それ以上。颯太に頼ることはできないと。気づいていたから。
蓮は。自分の部屋で。颯太からの文通の束を見つめた。
10年間。その文通が。蓮を支えてきた。
だが。この旅行の中で。蓮は。気づき始めていた。
颯太への想い。
それは。永遠に報われることはないのかもしれない。と。
五日目の夜中。
隆之介と雫は。見えないところで。二人の時間を持っていた。
旅館の一室。
そこで。隆之介と雫は。肉体的な関係を持っていた。
その中で。隆之介は。雫に話しかけた。
「お前。何を考えてるんだ?」
隆之介の問い。
「何も。何も考えていません」
雫が。答えた。
その答えは。嘘だった。
雫は。何かを考えていた。
そして。その何かが。やがて。颯太への恋心へと変わるだろう。ということを。雫は。まだ知らなかった。
六日目。最後の日。
五人は。出発地点の東京に向けて。飛行機に乗った。
機内。
颯太は。窓の外を見つめていた。
五日間。日本各地を巡った。
その中で。颯太が学んだこと。
それは。複雑さの深さだった。
蓮と凜。
二人は。明確に。颯太を巡る戦いを繰り広げていた。
凜は。キスで。自分の想いを示した。
蓮は。沈黙で。自分の覚悟を示した。
そして。隆之介と雫。
二人も。その脇で。独自の関係を続けていた。
颯太は。その全てに囲まれながら。
自分の心と向き合うことができていなかった。
飛行機は。東京へ向けて。飛んでいた。
その高度。数千メートルの上で。
颯太は。自分の人生の重大な局面にいることを。痛いほど理解していた。
高2へ。
新しい学年へ。
そして。その中で。何かが変わるだろう。
そういう予感だけが。確実に存在していた。
旅行は。終わろうとしていた。
だが。その旅行が蒔いた種は。これからも。颯太の心の中で。育ち続けるだろう。
そして。その種が。やがて。何か大きな感情へと変わるだろう。
その予感。その確実性。
それだけが。颯太の心を支えていた。




