第二十七話 番外
2月末。
都内の劇場。
その舞台の上に、蓮がいた。
朝ドラではなく。Luminousのアイドル活動でもなく。
純粋な「演劇舞台」での蓮。
これが、蓮にとって、初めての劇場での舞台だった。
作品は、小さな劇団による、新作の演劇。
その題材は「家族」。
蓮は、その作品の主演女優を務めていた。
天王寺社長の強い推し。そして、事務所の全力サポート。
その中での、蓮の初舞台。
颯太は、その劇場に、凜、隆之介、雫と一緒に来ていた。
会場は、ほぼ満員。
朝ドラの効果で、蓮の人気は、かなり高まっていたのだ。
そして、Luminousのアイドルが、演劇舞台に出演するということで。
話題性も高かった。
舞台が始まった。
暗転。
照明が点く。
そこに、蓮がいた。
その蓮の姿は。アイドルとしても、朝ドラの女優としても見たことのない、新しい蓮だった。
舞台上で。蓮は。演じていた。
一人の女性。親を失った女性。その喪失の中で、家族の意味を問い直す女性。
朝ドラの「儚い少女」と、完全に同じ役ではない。
だが。それでも。蓮が、その儚さと強さを表現していた。
颯太は、その舞台を見つめていた。
その目には、蓮への驚きと、同時に別の感情も映っていた。
舞台の上にいる蓮。
そこは、颯太のいない世界。
そこで、蓮は、自分の内面を全て曝け出していた。
演技を通じて。言葉を通じて。そして、沈黙を通じて。
凜も、その舞台を見つめていた。
その目には、複雑な感情が映っていた。
蓮という存在。
自分を見つめていたら、何が見えるのか。
凜は、その問いに向き合わされていた。
舞台は進む。
蓮は、その舞台の中で。家族の失喪から、新しい家族の発見へ。
そういう心理的な旅を演じていた。
それは。蓮自身の経験と、完全に重なっていた。
両親を失った蓮。祖父母を失った蓮。そして、結城家に迎え入れられた蓮。
その経験が、蓮の演技に。深い説得力をもたらしていた。
舞台は、クライマックスへ向かっていた。
蓮の演じる女性が、新しい家族との絆を認識する瞬間。
その場面。
蓮は、涙を流していた。
その涙が、本当の涙なのか。演技の涙なのか。
観客には、判断できなかった。
だが、それは、重要ではない。
舞台上の蓮が、何かを表現している。
その表現そのものが。観客の心に響いていた。
舞台は、終わった。
暗転。
そして。照明が点く。
蓮が、舞台の中央に立つ。
その瞬間。
劇場全体から、拍手が起こった。
それは。優しい拍手ではなく。感動からの、激しい拍手。
蓮は、その拍手を受けた。
その時。蓮の目は、観客席を探していた。
颯太を探していた。
そして。颯太を見つけた。
その瞬間。蓮の顔に、笑顔が浮かんだ。
その笑顔は。舞台上での演技の笑顔ではなく。純粋な少女の笑顔。
颯太は。その笑顔に、心を奪われた。
舞台の終幕。
蓮は、最前列に来ていた。
そこで。花束を受け取った。
その時。蓮の目は、再び観客席に向かっていた。
颯太を見つめていた。
颯太は。その視線の重さを感じていた。
それは。蓮からの、無言のメッセージ。
「見ていてくれてありがとう」
そういうメッセージが。その視線に込められていた。
舞台が終わった後。
颯太たちは、劇場の外で、蓮を待っていた。
やがて。蓮が、私服で現れた。
その顔には、舞台上での緊張は消えていた。
代わりに。充足感と。同時に疲労も映っていた。
「見てくれたんですね」
蓮が、颯太に言った。
「ああ。すごかった」
颯太が、答えた。
その答えは。シンプルだったが。その中には。蓮への敬意が込められていた。
蓮は。その言葉に。満足した。
凜も。蓮に近づいた。
「蓮。お疲れ様でした。素晴らしい舞台でした」
凜の言葉は。完璧な敬意に満ちていた。
だが。その言葉の背後には。別の感情も隠れていた。
蓮の成長。蓮の多面性。
凜は。その全てを感じていた。
隆之介も。蓮に話しかけた。
「蓮。いい舞台だった。特に。後半。すげえ感動したぞ」
隆之介の言葉は。素直だった。
蓮は。その言葉たちに。心が満たされるのを感じていた。
だが。同時に。別の感情も感じていた。
颯太は。舞台上の蓮を見ていた。
だが。同時に。観客としての颯太。
その両立が。蓮の心に。何かを与えてくれていた。
夜。
結城家に戻った後。
蓮は。颯太に話しかけた。
「そう……ちゃん。舞台。どうでしたか?」
蓮の問い。
「素晴らしかった。蓮の、別の一面を見た気がした」
颯太が、答えた。
「別の一面。ですか」
蓮が。その言葉に。疑問を感じた。
「ああ。アイドルとしての蓮。朝ドラの女優としての蓮。でも。舞台上の蓮は。それらと違う。もっと。本質的な蓮に見えた」
颯太の言葉は。正確だった。
蓮は。その言葉を聞きながら。自分の心の状態を理解していた。
舞台上で。蓮は。自分を曝け出していた。
それは。颯太のためではなく。演技のために。
だが。結果として。蓮は。颯太に見られていた。
その事実が。蓮の心に。何かをもたらしていた。
夜中。
凜は。その夜の舞台について。考えていた。
蓮の舞台。
それは。圧倒的な表現力だった。
凜は。自分の「完璧さ」を武器にしていた。
だが。蓮は。「本質」を武器にしていた。
その違いが。凜の心に。何かの欠落感をもたらしていた。
颯太は。蓮の舞台を見て。蓮への理解を深めた。
だが。同時に。別の感情も感じていた。
舞台上の蓮。
そこは。颯太のいない世界。
蓮が。自分の足で。自分の力で。歩んでいる世界。
その世界を見て。颯太は。複雑な感情を感じていた。
蓮への敬意。
そして。同時に。自分がその世界に入ることができない。という。別の何か。
2月末。
蓮の初舞台は。成功で終わった。
だが。それは。新しい問題の始まりでもあった。
蓮という存在は。アイドルであり。女優であり。同時に。「演じられない本質」を持っている存在。
その本質を。颯太は。舞台上で見た。
そして。その本質に。颯太は。深く引きつけられていた。
だが。その引きつけられた感情が。何なのか。
颯太には。まだ。理解していなかった。




