第二十六話 番外
2月14日。
バレンタインデー。
学園全体が、ロマンティックな雰囲気に包まれていた。
女子生徒たちが、手作りのチョコレートを手に、そわそわとした表情をしている。
だが、結城颯太にとって。このバレンタインデーは、別の意味を持っていた。
朝。
結城家の朝食の時間。
蓮と凜は、どちらとも、何か特別な様子をしていた。
蓮は、少し落ち着きがない。食事が進まない。
凜は、いつもと同じ表情を保とうとしているが。その目には、何かが光っていた。
「蓮。何か、ありますか?」
由美が、蓮に話しかけた。
蓮は、そっと首を振った。
「いえ。何もありません」
蓮の答えは、嘘だった。だが、由美は、それを詮索しなかった。
朝食が終わった。
颯太が、学園へ向かう準備をしていると。
蓮が、颯太を呼び止めた。
「そう……ちゃん。今日は。放課後、時間ありますか?」
蓮の問い。
「別に。何かあるのか?」
颯太が、返した。
「いえ。何もありません。ただ……」
蓮は、言葉を途中で切った。
「では。帰りに。渡したいものが」
蓮の言葉は、曖昧だった。
颯太は、その意味を理解した。バレンタインデー。女性から男性へチョコレートを渡す日。
蓮が、自分にチョコレートを渡すつもりなのだ。
学園への移動中。
颯太は、隆之介と一緒に歩いていた。
「よ。バレンタイン。蓮からチョコもらうのか?」
隆之介が、茶化すように言った。
「多分。そのつもりみたいだ」
颯太が、答えた。
「凜からは?」
隆之介の追加の問い。
「知らん」
颯太が、答えた。
だが、その答えは、本心ではなかった。
凜からチョコレートを貰うなら。それは、どういう意味なのか。
単なる友人からのもの?それとも、それ以上の何か?
颯太は、そこまで考えていた。
放課後。
学園の教室。
いつものように。颯太と凜は、隣同士に座っていた。
その時。
凜が、颯太に何かを渡した。
それは、手作りのチョコレート。
凜の手作り。それは、颯太に分かっていた。
「バレンタインですから」
凜が、淡々と言った。
その言葉は、自然だったが。その目には、複雑な感情が映っていた。
颯太は、そのチョコレートを受け取った。
「ありがとう」
颯太の言葉は、シンプルだった。
凜は、その返礼に、微かに頭を下げた。
その動作は、完璧だった。だが、その中に、凜の何かが隠れていた。
帰宅後。
結城家で。蓮が、颯太に声をかけた。
「そう……ちゃん。時間、いいですか?」
蓮の問い。
颯太は、頷いた。
蓮は、颯太を家の外へ連れていった。
近所の公園。その片隅。
人目につかない場所。
そこで。蓮は、颯太にチョコレートを渡した。
「これ。作りました」
蓮が、言った。
その声は、緊張に満ちていた。
颯太は、そのチョコレートを受け取った。
「ありがとう」
颯太が、言った。
蓮は、その言葉を聞きながら。何かを言いたいという衝動に駆られていた。
だが、蓮は、それを抑えた。
「これは。感謝の気持ちです。幼馴染として。家族として」
蓮が、説明した。
その説明は、丁寧だったが。その中には、蓮の本当の気持ちは隠されていた。
蓮の本当の気持ちは。感謝ではなく。愛。
だが、蓮は、それを言語化することができなかった。
夜。
結城家。
颯太は、二つのチョコレートを前に、考えていた。
凜からのチョコレート。手作りで、完璧な仕上がり。
蓮からのチョコレート。手作りで、心がこもった仕上がり。
二人の異なるアプローチ。
凜は、完璧さで颯太に向き合おうとしている。
蓮は、心で颯太に向き合おうとしている。
だが、その両方が。颯太の心に影響を与えていた。
夜中。
蓮は、自分の部屋で。颯太にチョコレートを渡した時の場面を思い返していた。
その時の颯太の表情。何もなかったような、そういう表情。
蓮は、そのことで、少し落ち込んでいた。
だが。同時に。蓮は、別の感情も感じていた。
凜からもチョコレートを受け取ったのだろう。
そう思うと。蓮の心は、別の何かで満たされた。
その感情が。何なのか。蓮には、分かっていた。
嫉妬。同時に。闘志。
凜との戦いは、まだ続いているのだ。
凜は。その夜。自分の部屋で。颯太に渡したチョコレートについて、考えていた。
自分のチョコレートは、完璧だ。
味も。見た目も。すべてが完璧。
だが。蓮のチョコレートはどうなのか。
凜は、蓮のチョコレートに、ライバル意識を感じていた。
それは、単なる恋愛のライバル意識ではなく。
颯太への「どのようにアプローチするのか」という、戦略面でのライバル意識だった。
凜は、完璧さで勝負している。
だが。蓮は。心で勝負しているのではないか。
その違いが。凜の心に葛藤を生じさせていた。
3月1日。
学園は、バレンタインデーを過ぎた後の、通常の日常に戻っていた。
だが。颯太の心の中は。バレンタインデーの出来事で、さらに複雑になっていた。
蓮と凜。
二人が、同じバレンタインデーに。異なる方法で。自分にアプローチしてきた。
その両方が。颯太の心に記された。
隆之介は。その複雑さを見て。笑っていた。
「お前。本当に。大変だな」
隆之介の言葉。
颯太は、何も言えなかった。
その言葉の意味を。完全に理解していたから。
結城家の夜。
颯太は。蓮と凜の間で。揺らぎ続けていた。
父親の言葉を思い出す。「自分の気持ちと向き合うこと」。
だが。颯太は。まだ。その答えを見つけることができていなかった。
バレンタインデーは。終わった。
だが。その日に蒔かれた種は。これからも。颯太の心の中で。育ち続けるだろう。




