第二十四話 番外
12月。
冬の季節。
クリスマスの装飾で満ちた街。
だが、結城家の中は、その装飾とは別の温かさで満ちていた。
12月24日。クリスマスイブ。
氷室凜の16歳の誕生日。
だが、これは、凜にとって初めての、「本当の」誕生日パーティーだった。
朝。
結城家の朝食の時間。
凜は、目を覚ました。
その朝の光は、いつもと違う色をしていた。
誕生日の朝。
それは、これまで凜が経験した誕生日とは、全く異なるものだった。
これまでの凜の誕生日。
両親が、世間体と利益のために、完璧なパーティーを催していた。
だが、その完璧さの中に、凜を祝う気持ちはなかった。
むしろ、凜の完璧さを求める、圧力があった。
だが、今。
結城家での初めての誕生日。
凜は、その光景を見つめていた。
居間に入ると。
テーブルには、誕生日仕様の朝食が用意されていた。
由美が作った料理。蓮が手伝った料理。颯太も手伝ったのだろう、男性らしい仕上がりの料理も。
美月は、紙で作った簡単な装飾を、テーブルの上に置いていた。
「凜ちゃん。お誕生日おめでとうございます」
由美が、凜に声をかけた。その声には、何の計算もなく。純粋な喜びが満ちていた。
凜は、その言葉に、一瞬、反応できなかった。
誰かが、純粋に自分の誕生日を祝ってくれる。
その経験が、凜にはなかったのだ。
「ありがとうございます」
凜が、やっとその言葉を発した。その声は、かすかに震えていた。
颯太は、テーブルに座っていた。
その目は、凜を見つめていた。
凜が、この数ヶ月で経験した変化。両親との決別。新しい人生への一歩。
その全てが、颯太の瞳に映っていた。
蓮も、凜を見つめていた。
その目には、複雑な感情が映っていた。
蓮にとって、凜は競い合う相手。同時に、助けた者。
その二つの関係性が、蓮の心に葛藤をもたらしていた。
「凜ちゃん。誕生日おめでとう」
蓮が、言った。その言葉は、丁寧で、同時に心からの祝いのようにも聞こえた。
「ありがとうございます」
凜が、答えた。
朝食が始まった。
会話は少なかった。だが、その沈黙は、気まずいものではなく。
食卓に集まった者たちが、凜の誕生日を共有しているという、その事実が満たしていた。
朝食の最中。
美月が、凜に話しかけた。
「凜ちゃん。クリスマスイブ生まれだから。ケーキは?クリスマスケーキとか?」
美月の無邪気な問い。
凜は、その問いに、微かに微笑んだ。
「そうですね。一応」
凜の答えは、いつもの完璧さではなく。素の少女のそれだった。
「では、クリスマスケーキにしましょう」
由美が、その提案に頷いた。
朝食が終わった。
由美は、颯太に声をかけた。
「颯太。凜ちゃんのプレゼントの準備は?」
その問いに、颯太は頷いた。
颯太は、凜のために、何かを準備していたのだ。
昼。
凜は、自分の部屋で、午前中を過ごしていた。
その部屋は、もともと美咲の部屋だったが。
今では、蓮と凜が一緒に使う部屋になっていた。
白を基調とした、清潔感のある部屋。
蓮の影響で、そのような色合いになったのだろう。
凜は、窓から外を見つめていた。
冬の景色。クリスマスの装飾。
その全てが、これまでの凜の人生とは別の世界に見えた。
蓮が、部屋に入ってきた。
「凜ちゃん。何してる?」
蓮の問い。
「何もしていません。考え事を」
凜が、答えた。
蓮は、凜の横に座った。
「凜ちゃんは。これまで。誕生日をどう過ごしてたんですか?」
蓮の問いは、純粋だった。
「両親が、完璧なパーティーを催していました。だけど。それは。祝いではなく。評判作りでした」
凜が、答えた。
その言葉の中には、これまでの苦しみが凝縮されていた。
蓮は、静かに凜を見つめた。
「では。今日は。違うでしょう。ここは。凜ちゃんのための家族です」
蓮の言葉は、単純だったが、深かった。
凜は、その言葉に、感情を堪えようとした。
だが、その感情は抑え切れず。凜の目に、涙が浮かんだ。
「ありがとうございます」
凜が、言った。その声は、涙に濁っていた。
蓮は、凜の手を握った。
その動作は、敵同士ではなく。同志としてのそれだった。
午後。
颯太と隆之介は、外出していた。
隆之介は、凜の友人として、誕生日に招かれていたのだ。
颯太は、隆之介に、凜の誕生日についての話をしていた。
「凜って。これまで。本当の家族に祝ってもらったことがないんだ」
颯太の言葉は、重かった。
隆之介は、その言葉の意味を理解していた。
「そっか。凜の両親。かなり厳しいんだな」
隆之介の言葉。
「ああ。だから。今日は。本当の誕生日を。祝ってあげたい」
颯太が、言った。
その言葉の中には、凜への想いが満ちていた。
隆之介は、その言葉を聞きながら、颯太の複雑な感情を感じていた。
蓮への想い。凜への想い。
その二つが、颯太の中で葛藤していることを。
夜。
結城家は、クリスマスの装飾と、誕生日の装飾で満ちていた。
テーブルの上には、クリスマスケーキが置かれていた。
そして、凜の誕生日を祝うための、特別な料理が並べられていた。
参加者は。
颯太。蓮。凜。美月。由美。健一。
そして、隆之介。雫。
合計八人。
凜にとって、この人数で自分の誕生日を祝ってくれることは、初めての経験だった。
由美が、テーブルに火をつけた。
クリスマスケーキの上のろうそくに。
「では。凜ちゃんの16歳の誕生日を祝いましょう」
由美が、音頭を取った。
その言葉は、純粋だった。
全員が、グラスを持ち上げた。
颯太も。蓮も。凜も。隆之介も。雫も。
健一が、言葉を紡いだ。
「凜ちゃんへ。これからの人生が。自分の意思で。自分のペースで。進んでいきますように。私たちの家族の一員として。ずっと側にいてください」
その言葉は、深かった。
凜が、この家族に受け入れられたこと。
そして、それが凜にとって、どれほどの意味を持つのか。
その全てが、その言葉に込められていた。
全員が、乾杯をした。
その音が、結城家に響き渡った。
凜は、その光景を見つめていた。
自分のために。集まった人たちを。
颯太。蓮。隆之介。雫。そして、家族。
その八人が、凜の誕生日を祝うために、ここにいるのだ。
凜は、自分の感情をコントロールすることが難しくなっていた。
ろうそくを消す時間になった。
凜は、目を閉じた。
お願い事。
何を願うべきなのか。
凜は、考えた。
颯太のそばにいたい。
いや。それ以上に。
颯太を絶対に失いたくない。
蓮との競い合いにも。負けたくない。
その全てが、凜の願いだった。
凜は、目を開けた。
そして、ろうそくの火を吹き消した。
その炎が、一気に消える。
全員が、拍手をした。
「おめでとう」
その言葉が、何度も繰り返された。
夜中。
颯太は、凜に話しかけた。
「凜。誕生日おめでとう」
颯太の言葉は、シンプルだったが、深かった。
「ありがとうございます」
凜が、答えた。
颯太は、凜に何かを渡した。
それは、手紙だった。
颯太の美しい書道の字で、書かれた手紙。
「何ですか?」
凜が、問いかけた。
「凜への言葉。今のお前を見ていて。思ったことを書いた」
颯太が、答えた。
凜は、その手紙を、そっと開いた。
そこには、こう書かれていた。
「凜へ。お誕生日おめでとう。凜が両親から解放されたこの日。凜が本当の人生を始めたこの日。それを一緒に祝うことができて。俺は幸せだ。凜の強さ。凜の優しさ。凜の全てが。好きだ。これからも。隣にいてくれ。結城颯太」
凜は、その手紙を読んで。涙が止まらなかった。
颯太が、凜を抱きしめた。
その動作は、友人としてのそれではなく。
それ以上の何かのようだった。
だが、颯太は、何も言わなかった。
凜も、何も言わなかった。
ただ。その時間を。共有していた。
クリスマスイブの夜。
結城家は、複数の愛で満たされていた。
蓮の想い。凜の想い。颯太の複雑な感情。
そして、家族の温かさ。
その全てが、一つの空間に存在していた。
凜は、颯太の腕の中で。
初めて。本当に祝われていると感じた。
その感覚が、凜の心に。これからの人生への希望をもたらしていた。




