第二十三話 番外
7月。
七夕の季節。
結城家の玄関には、笹飾りが立てられていた。
短冊には、家族の願いが書かれていた。
颯太が書いた「友人との絆が深まりますように」。
美月が書いた「蓮ちゃんがずっと元気でありますように」。
凜が書いた「自分の道を歩めますように」。
そして、蓮が書いた「家族でいられますように」。
その短冊が、笹の枝にゆらいでいた。
7月7日。蓮の誕生日。
だが、この誕生日パーティーは、いつもと違っていた。
結城家に、Luminousのメンバーが来訪していたのだ。
火野朱音。水瀬葵。星野陽葵。桃瀬桃香。
四人のアイドルが、蓮の誕生日を祝うために、5日間の休暇を取って、結城家に滞在していた。
朝。
結城家の居間は、いつもの静寂ではなく、活気に満ちていた。
朱音が、蓮に腕を組んでいた。
「蓮。16歳だな。アイドルとしても、女性としても、一番大切な時期。大事にしろよ」
朱音の言葉は、姉御肌の優しさと、同時に厳しさも含んでいた。
葵は、静かに蓮を見つめていた。
その目には、深い感情が映っていた。朝ドラの撮影で疲弊した蓮を、これまで何度も見てきた葵。
その蓮が、今、目の前にいる。
「蓮。お誕生日おめでとうございます」
葵が、丁寧に言った。
陽葵は、蓮に抱きついた。
「蓮ちゃん。お誕生日!」
その声には、純粋な喜びが満ちていた。
桃香も、蓮に近づいた。
「蓮お姉ちゃん。お誕生日おめでとうございます」
その声は、後輩としての敬意と、同時に家族としての親密さも感じさせた。
颯太は、その光景を見つめていた。
蓮が、アイドルとしての生活を送っている。その中で、何が起きているのか。
颯太は、その全てを知ることはできない。
だが、Luminousのメンバーが、蓮のために、休暇を取ってここに来ている。
その事実だけで、蓮がどれほど大切な存在なのか、颯太は理解していた。
結城家の朝食は、いつもより豪華だった。
由美が準備した料理。蓮が手伝った料理。凜が持参した料理。
テーブルの上に、所狭しと料理が並んでいた。
朱音が、颯太に声をかけた。
「お前が、蓮の幼馴染?」
その問いは、颯太への興味と、同時に見定めるような目を持っていた。
「はい。小学3年生から」
颯太が、答えた。
「ふむ。蓮が、10年もあなたからの文通を毎晩読み返してるんだ。よほど大事な存在なんだろう」
朱音の言葉。
それは、颯太に対する、ある種の試験のようなものだった。
颯太は、その言葉に、何も言えなかった。
蓮が、自分からの文通を毎晩読み返しているという事実。
それが、どれほどの重さを持つのか。
颯太は、痛いほど理解していた。
葵は、颯太をじっと見つめていた。
その目は、何かを計測するような目だった。
颯太と蓮の関係性。それが、どのような性質のものなのか。
葵は、それを測ろうとしていたのだろう。
朝食が終わった。
朱音と陽葵は、颯太を連れて、家の外へ出た。
「お前。蓮のことを、どう思ってるんだ?」
朱音が、歩きながら言った。
その問いは、直接的だった。
「好きです」
颯太が、答えた。その答えは、シンプルで、同時に曖昧だった。
「好きか。友人として?それとも、恋愛として?」
朱音の問いはさらに深まった。
「それは……」
颯太は、答えることができなかった。
自分がどのように蓮を好きなのか。それが、はっきりと分かっていなかったのだ。
「蓮は、お前を10年待ってた。その時間の重さを、お前は理解してるのか?」
朱音の言葉は、厳しかった。
陽葵は、颯太の傍に寄り添った。
「でも、蓮が、そう選んだんだから。颯太のことを好きって。それで十分だよ」
陽葵の言葉は、朱音の厳しさを緩和させた。
その二人のキャラクターの違いが、颯太の心に迫っていた。
昼。
葵は、颯太と一緒にいた。
二人は、図書館に行っていた。
颯太が好きな場所。そこで、葵は颯太に話しかけた。
「結城くん。あなたは、蓮のことをどう思っていますか?」
葵の問いは、朱音のそれとは違い、冷静だった。
「正直に。自分の気持ちが、分からない」
颯太が、答えた。
「そうですか」
葵は、その答えに頷いた。
「蓮は、あなたを待っていました。朝ドラの撮影中も。毎晩。あなたからの文通を読み返しながら」
葵の言葉は、事実の陳述だった。
「それは、知っています。だから、その重さに押し潰されそうなんです」
颯太が、続けた。
葵は、静かに颯太を見つめた。
その目には、何かの判断が映っていた。
「あなたは、誠実な人間ですね。蓮をがっかりさせたくないために。その優しさが、苦しみになっている」
葵の言葉は、正確だった。
颯太は、何も言えなかった。
夕方。
陽葵と桃香は、颯太と凜を連れて、学園の近くの図書館に行っていた。
そこで、三人で遊ぶという名目で。
実は、颯太と凜の関係性を観察していたのだ。
「ね、颯太。凜と、仲いいの?」
陽葵が、無邪気に聞いた。
「まあ。隣同士だから」
颯太が、答えた。
凜は、その会話を聞きながら、微かに表情を変えた。
陽葵は、その微妙な変化を見逃さなかった。
「あ。凜。何か言いたそう」
陽葵が、凜に話しかけた。
凜は、その問いに、聖女の仮面を被った。
「いいえ。何もありません」
凜の答えは、完璧だった。だが、その完璧さの裏側に、何かが隠れていた。
桃香も、その空気を感じていた。
颯太と凜。蓮と颯太。
複雑な三角関係が、目の前に広がっていることを。
夜。
誕生日パーティーが、本格的に始まった。
結城家の食卓に、蓮の誕生日ケーキが置かれていた。
大きなケーキ。その上には、アイドル仕様の装飾が施されていた。
Luminousのメンバーが、手を加えたのだろう。
朱音が、音頭を取った。
「では、蓮の16歳の誕生日を祝いましょう」
その言葉に、全員がグラスを持ち上げた。
颯太も。凜も。由美も。健一も。美月も。
そして、Luminousの四人も。
「蓮へ。これからも、白亜の天使として。同時に、一人の女性として。自分の道を歩んでください。私たちは、いつもあなたの傍にいます。乾杯」
朱音の言葉は、深かった。
全員が、乾杯をした。
その音が、結城家に響き渡った。
蓮は、その光景を見つめていた。
自分のために、ここに集まった人たちを。
颯太。凜。隆之介(朱音の紹介で、この日のために招かれていた)。
そして、Luminousのメンバー。
蓮の心は、複雑だった。
10年待った颯太がここにいる。
だが、その颯太も、凜に心を奪われている。
その現実が、蓮の心を傷つけた。同時に、蓮を強くさせた。
朱音が、蓮を抱きしめた。
「蓮。お誕生日おめでとう。これからもな」
その言葉は、単なる誕生日の祝いではなく。蓮への深い愛情を示していた。
夜中。
Luminousのメンバーが、部屋に戻った後。
蓮は、颯太に話しかけたいという衝動に駆られていた。
だが、その衝動を抑えた。
凜がここにいるから。朱音たちがここにいるから。
今は、その時ではない。
蓮は、部屋で、颯太からの文通の束を見つめた。
その中の一つを、取り出した。
颯太の美しい書道の字。
その字が、蓮を支えてきた。
蓮は、その文通を、そっと抱きしめた。
明日からの5日間。
Luminousのメンバーが、ここにいる。
その間に、何が起きるのか。
蓮は、それを知ることができなかった。
ただ。
颯太がここにいる。
その事実だけが、蓮を支えていた。
七夕の夜。
結城家には、複数の願いが宿っていた。
蓮の「家族でいられますように」。
颯太の「蓮のことを理解できますように」。
凜の「自分の道を歩めますように」。
そして、Luminousのメンバーの「蓮の幸せ」。
それらが、すべて、同じ時間と空間に存在していた。
笹飾りは、夜風に揺らいでいた。




