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白亜の天使様は離さない。  作者: mukakinoji_


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第十九話

 病院の白い天井が、凜の視界に映った。

 その白さは、現実のものとは思えなかった。それは、朝ドラの撮影中に幾度も見た、セットの中の白さのようだった。

 凜は、目を開けた。

 瞼を開く。その単純な動作さえ、信じられないほどの重さを感じた。

 頭が、割れるように痛い。

 体全体が、鉛のような重さで圧迫されている。

 凜は、自分が病院にいることに気づいた。

 点滴が刺さっている。機械音が聞こえる。独特の医療施設の匂い。

 すべてが、現実を示していた。

 凜は、何が起きたのか思い出そうとした。

 夏祭り。提灯の光。花火。

 蓮と颯太のキス。

 颯太が、凜も好きだと言ったこと。

 その後。凜の記憶は、曖昧になっていた。

 何かをした。そう感じた。だが、それが何なのか。

 凜は、自分の唇に手を持っていった。

 そこには、血が乾いた痕跡があった。

 同時に。凜の手には、包帯が巻かれていた。

 何が起きたのか。凜は理解し始めていた。

 だが、その理解は、完全なものではなかった。

 凜は、目を閉じた。

 そして。

 その時だった。

 病室のドアが、荒々しく開く音がした。

 凜の両親が、入ってきた。

 凜の父親は、会社員。背が高く、厳格な顔つき。同時に、世間体を何より大切にする人物。

 凜の母親も、同じくらいの厳格さを持っていた。だが、母親の目には、別の感情も映っていた。それは、失望。

 二人の顔つきは、凜が知るいかなる表情よりも、厳しかった。

 凜の父親が、口を開いた。

「氷室凜」

 その声は、低く、震えていた。それは、怒りの震え。同時に、別の感情からの震え。

「お前は、何をしている」

 その言葉は、質問ではなく、責めだった。

「世間体はどうなるのか。この家の評判はどうなるのか」

 凜は、目を開けた。

 両親の顔を見た。

 その表情に、凜は絶望を感じた。

 自分の娘の心配ではなく。家の評判の心配。

 そう気づいた時。

 凜の心に、別の感情が生まれた。

 それは、怒り。それ以上に。解放への欲望。

「朝から。朝からずっと。お前は何をしていたのか」

 父親が、続けた。

「両親の顔色を窺いながら。完璧であることを求め続けておきながら。このザマだ」

 その言葉の中には、期待の重さがあった。凜に対する、不可能な要求の重さ。

「学園の聖女。だと」

 父親は、嘲笑的に言った。

「聖女が、このような状態で倒れるか。世間に何と言い訳するのか」

 凜の母親は、更に言葉を重ねた。

「あなたは、この家の代表。この家の顔。それなのに」

 その言葉は、凜を完全に否定していた。

 凜という人間そのものではなく。凜が担う、「役割」だけを見ていた。

 凜は、その瞬間、完全に理解した。

 自分の両親は、自分のことを、子どもとして見ていない。

 見ているのは、自分たちの評判を守るための「道具」。

 自由にできる「玩具」。

 その認識が、凜の心に火をつけた。

 それは、怒りの炎。同時に、解放への炎。

 凜の両親は、ずっと言い続けていた。

 凜の失敗について。凜の不完全さについて。

 看護師たちが、止めようとしていた。その声も聞こえた。だが、両親は聞かなかった。

「医者の指示で……」

 看護師が声を上げたが、凜の父親が手を上げて遮った。

「いい。これは、躾だ」

 その言葉が、凜の最後の理性を破壊した。

 躾。

 それは、凜を人間として見ない言葉。

 凜は、ベッドから身を起こした。その動作は、医学的に許されないものだったが。凜には、もはやそんなことは問題ではなかった。

「私は」

 凜が、口を開いた。

 その声は、小さかったが、確実な力を持っていた。

 両親が、凜を見つめた。その表情は、更に怒りに満ちていた。

「何を言う」

 父親が、言葉を遮ろうとしたが。

「私は!」

 凜が、声を大きくした。

「貴方たちの言う事を聞くだけのロボットでも!自由にできる玩具でも何でもない!」

 その言葉は、この時間のためにあったかのように、ぴたりと嵌る言葉。

 凜の声は、病室に響き渡った。

 看護師たちも、その言葉に息を飲んだ。

「私は、私なの!」

 凜の叫び。その中には、三ヶ月分の圧力が詰まっていた。

 聖女の仮面を被り続けることの疲労。両親の期待に応え続けることの絶望。

 蓮がいない三ヶ月間、颯太だけを見つめ続けることの苦しさ。

 すべてが、この瞬間に爆発した。

 凜の両親は、その言葉に、言葉を失った。

 凜が、ベッドから立ち上がろうとする。だが、点滴が邪魔になる。

 凜は、その点滴を、自分で引き抜こうとした。

「凜!」

 母親が叫んだが。凜は、構わず点滴を引き抜いた。

 血が、少したれた。

 だが、凜には痛みを感じている余裕はなかった。

 凜は、ベッドから降りた。その足は、不安定だった。三ヶ月間、朝から晩まで、両親の顔色を窺いながら労働していた。その疲労が、凜の体を支配していた。

 だが、凜は、立ちあがった。

 凜は、両親を見つめた。

「これからは、好きにさせてもらう」

 その言葉は、静かだったが、確実な力を持っていた。

「もう、あなたたちの期待に応えることはしない」

 その瞬間。

 両親の怒りが、最高潮に達した。

「何を言っている」

 父親が、凜に近づこうとした。

 だが、その時。

 秘書らしき人物が、慌てて病室に入ってきた。

 その顔には、深刻な表情が浮かんでいた。

「社長。大変です」

 その言葉は、凜の両親の注意を、凜から逸らした。

「何だ」

 父親が、秘書に向き直った。

「Luminous。アイドルグループの Luminous が。撤退を通告してきました」

 その言葉に、両親の顔色が変わった。

「何だと」

 父親の声が、驚愕で満ちていた。

「広告塔として契約していた。その契約を、破棄するとのこと」

 秘書が、続けた。

「それと同時に。株価が暴落しています」

 その言葉が、凜の両親の世界を、一瞬にして変えた。

 経営危機。

 その二文字が、凜の両親の頭を支配した。

 凜の父親の顔が、真っ蒼くなった。

 母親も、同じく。

 その瞬間。

 秘書が、さらに言葉を重ねた。

「また。あの動画。凜さんを叱責する音声の動画が、ネットにアップロードされています」

 その言葉に。

 凜の両親は、完全に動きを止めた。

 音声。

 それは、先ほど。凜に対して放った、その言葉そのものだった。

 その言葉が、世界中に拡散されているのだ。

「氷室凜の両親が、娘を虐待」

 秘書が、ネットの情報を読み上げた。

「学園の聖女である氷室凜を、経営危機を理由に責める親」

 その見出しが、いくつも並んでいるのだろう。

 凜の両親は、その現実を理解することができなかった。

 世間体。

 それが、すべてを支配する両親にとって。この上ない悪夢だった。

 凜は、その両親の絶望した顔を見つめていた。

 その顔には、何の同情も感じなかった。

 それは、自分たちが作った、自業自得の結果。

 凜は、ベッドの上に、着替えを見つけた。朝ドラの衣装ではなく。学園の制服。

 凜は、その制服を、自分で着た。

 その動作は、不安定だったが。凜は、それを完成させた。

 凜の両親は、凜を見つめていた。だが、もはや、何を言うこともできなかった。

 世間体の前に、娘は消えた。

「凜。何をしている」

 母親が、弱々しく言った。

 だが、凜は応じなかった。

 凜は、病室を出た。

 その足取りは、確かではなかったが。決して弱々しくはなかった。

 凜は、廊下を歩いた。

 その時。

 蓮がいることに気づいた。

 蓮は、廊下の隅に座っていた。その顔は、申し訳なさと、同時に別の感情で満ちていた。

 二人の視線が、交錯した。

 言葉は交わされなかった。

 だが、すべてが理解された。

 蓮が、Luminous の撤退を決めたのだ。

 蓮が、音声をネットにアップロードしたのだ。

 それは、凜を救うためのプレゼント。同時に、凜を支配するための鎖。

 凜は、その矛盾を感じていた。

 だが、同時に。

 その行動に感謝した。

「ありがとう」

 凜が、小さく言った。

 蓮は、何も言わなかった。

 凜は、蓮の隣に座った。

 二人は、廊下で、黙って座っていた。

 時間が、経過していく。

 凜の体は、徐々に疲労で支配されていった。

 だが、凜は座り続けた。

 その理由は。

 凜自身も、完全には理解していなかった。

 だが。

 それが、二人の新しい関係の始まりだと。そう感じていた。

 やがて。

 颯太が現れた。

 凜を運んだ救急車の後を、颯太は追いかけていたのだ。

 颯太は、凜と蓮を見つめた。

 その表情には、申し訳なさと、同時に別の感情が映っていた。

 言葉は、交わされなかった。

 だが、この三人の関係が、完全に変わったことは。

 確実だった。

 夜間の病院の廊下。

 その静寂の中で。

 三人は、新しい世界の入口に立っていた。


 その夜。

 凜は、決断を下した。

 両親との決別。

 新しい人生への一歩。

 凜は、病院を出た。

 蓮が付き添った。

 颯太も、一緒だった。

 三人は、夜の街を歩いた。

 どこへ向かうのか。凜は、完全には理解していなかった。

 だが。

 その先に、新しい人生があることは。

 確実だった。

 凜は、最後に病院を振り返った。

 その中には、自分の両親がいるだろう。

 だが、凜は、もう戻る気はなかった。

「私は私なの」

 その言葉が、凜を前へ進ませた。

 蓮と颯太と共に。

 新しい世界へ。

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