キミと居ればなんでもできる
「僕と結婚してくれますか?」
そう言いながら風に髪を靡かせた男が、透き通るような声でそう訪ねた。白く小さな花が咲き誇る岡の上、片膝をついて軽く微笑む男はまるで御伽話に出てくる王子だ。
その青い瞳を細めて、愛おしいものを見るように、目尻を下げる。その顔はとても甘い、砂糖菓子様に優しかった。
ー
魔王の討伐に勇者は成功した。
約二世紀続づいた魔の時代は終わり、ゆっくりと青空の下で息を吸えるようになったのだ。人々は喜び、羽が背から生えたかのように舞い上がった。活気に溢れ、街全体が明るくなる。子供たちはそとで駆け回るし、各地からの絵葉書が沢山届くようになったとか。
勇者はその使命から解放され、晴れて自由の身になった勇者は聖剣を天高く掲げた。平和の証として、何より自由の証として。高く透き通る空に向かって、輝く刀身をまっすぐと突き上げた。世界一の実力を手に入れた男には、ピッタリな姿。
その一瞬が収められた写真は美しく、そして何よりも神々しい。
その写真が載った新聞は飛ぶように売れ、歴史三世紀続く新聞の過去最多売り上げを易々と記録したとか。
かの勇者の姿を一枚でも写真に収めようと、様々な企業が勇者に依頼やインタビューを申し込んだ。だがそれ以来、勇者はパタリと舞台から姿を消してしまった。表立って姿を決して現しはしなかったのだ。返事は来るが、全てノー。それ以外の返事をどの企業も貰えなかった。
勇者は霧のように、忽然と姿を消したのだ。突然の出来事であり、誰にも予測できないことだった。
その伝説の勇者の姿が収められた一枚の写真。それはとてつもない価値を付け、新聞の売れ行きに拍車をかける事となった。
ー
そんな話題の勇者は今、小さな山奥の村にいた。木々に囲まれ、自然と共に過ごしている村の空気はとても美味しい。彼は鼻唄を歌いながら歩いていた。そして迷うことなくとあるログハウスの戸を優しく叩く。カランと可愛らしい鈴の音がなり、鈍い音を立て扉が開いた。
ゆっくりと開いた扉の先には茶髪を緩めの三つ編みにして、ピンクの可愛らしい瞳をコロリと輝かせる女性がいた。
「やぁ!」
彼が片手をあげて声をかけると、女性はパァァと顔を明るくして
「お久しぶりね!」
と元気に笑った。
「立ち話もなんだから、どうぞ家のかなには入って頂戴」
「嗚呼お言葉に甘えてそうさせて貰うよ」
「フフッ、旅の話しも聞かせてちょうだいね。私結構、楽しみにしていたのよ」
「勿論さ、楽しいことが沢山あった」
「あら? それは楽しみね」
二人は笑いながら、とても軽い足取りで家のなかには入っていった。
ー
綺麗に整えられたダイニング。カントリーなもので揃えられた家具は必要最低限のものしかなく、一番の存在感を放っているのは、大きく豪華な暖炉だろう。そんな部屋に二人は向かい合って座っていた。
「って、事が私の旅の話さ」
「大変な思いをしたのね」
彼女はくるくるとココアを混ぜながら、答える。
「本当にね」
彼は肩を竦めて、手を仰いで残念だねと言いたそうだった。
「でもよかったわ。貴方が生きていてね」
「それは僕も同意見さ。いつ死んでも可笑しくない状況だったからね」
「あら縁起でもないこと言わないでくれる? そう言えば貴方、写真やインタビューを受けていないですってね」
「ん? そうだね。」
「なぜ? 受けてあげてもいいじゃない」
「もう僕は勇者じゃない。私はもう自由なんだよ、使命は十分に果たしたからね」
「ふふっ、それもそうね」
「だろ?」
彼は得意気に、パチンとウインクをした。とても楽しそうに、そして嬉しそうに。
「それにキミとの約束も果たせそうだ」
「フフッ楽しみにしているわね」
彼女と彼は随分と前、とある約束をした。それは丁度彼が旅に出る少し前。
「キミの未来を縛るようで悪いと思うけどさ、僕が帰ってくるまで待っていてくれ」
と。何とは言わなかった。自分が死んでしまう可能性も考えて。
だけど、彼女は“えぇ”と微笑んだ。その約束を今、果たす事ができる。彼はとてもそれが嬉しかった。
ー
そして、冒頭に戻る。
綺麗に白く小さい花が咲き誇る、岡の上。彼は肩膝をついて指輪を差し出した。綺麗な銀色の指輪だ。てっぺんには青い宝石がはめ込まれている。
「僕と結婚してくれますか?」
その答えは、勿論……
「ええ! よろこんで」
「本当かい? それは嬉しいね!」
彼は軽々と彼女を持ち上げて、くるくると回った。彼女の白いワンピースがフワリと靡き、とても美しい。
「僕は世界一の幸せ者だね! キミとならなんでもできそうだよ!」
「もぉ、貴方はなんでそんなに楽観的何でしょうね? まぁ嬉しいけどね」
「ならいいじゃないか」
「それもそうね」
この場には何処よりも、幸せが溢れていた。
ー
何十年後。
変わらずに穏やかな室内には、少しものが増えたように感じる。子供用のおもちゃが増えたのだろうか。そして全体的に角は削られ、ソファは大きくなっている。
「ねぇ、アナタ。アナタ宛に王様から魔族の討伐依頼が来ていますよ? どうするの? いつ出発になる?」
彼女は手紙を掲げて、不安そうにそう訪ねた。その封筒には王室の紋章を表す薔薇があしらわれた、蝋印が押されている。
「いや、いかないよ?」
彼は至極可笑しそうに、そう答えた。
「何故? 王様からよ、行った方がいいと思うけど………」
「ハハッ、言っただろう? 僕はもう勇者じゃない。それに僕には、愛する妻も子供もいるからね。僕が死ぬわけにはいかないんだよ」
「それは、そうね。」
彼女は呆気にとられたように、そう答えた。
「だろ? 僕だってそんなに無謀じゃないよ」
「……嬉しいこと言ってるわね」
「ハハッ。何回でも言ってやるよ。僕はもう勇者じゃない。キミの夫であり、この子の父親として、生きる只の村人だよ」
彼は生まれたばかりの赤子を抱きながら、愛おしそうに笑った。彼は幸せを手にいれられたのだ。
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