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順応

この世界の暦はわからないが、俺が転移して感覚的には半年ほどが経過した。

俺は相変わらず、住むところもなく、橋の下に寝泊まりをしていた。

だが、来た時に比べると俺の境遇は劇的に改善されたと言っていいだろう。

この世界ではかなり将棋が盛んなようで、仲間(もはや彼らをホームレスと呼ぶのはやめよう。今や俺も立派なホームレスだ)のほとんどが将棋を指すことができた。

そのため、将棋が強く最新の戦型を気前よく教える俺は尊敬されているようだった。

俺が将棋の腕前を見せた後はかなり態度が優しくなり、狩場(仲間たちはそう言うが、ただのゴミ捨て場だ)を教えてくれた。

この世界には貴族階級が存在し、彼らは食事を大量に作らせては好きな物だけつまんで、残りを捨てる習性があるようだ。

いい趣味とは言えないが、お陰で俺は飢えずになんとかやっていけている。

ホームレスの素晴らしいところは、時間が膨大にあることだ。

俺達は快適な暮し、健康な生活、人としての尊厳を生贄にして、自堕落で自由な永遠の時間を召喚しているのだ。

俺は食事をあさりに行く時以外は将棋の研究に没頭することが出来た。

将棋による稼ぎも少ないながらもあった。


「おい、リューイチ」

フィッダが俺に声を掛けた。

フィッダは仲間の一人で、おそらく十代前半の少年だ。

垢とホコリまみれだが、大きな瞳に赤銅色の肌をしており、美少年と言ってもいい顔立ちをしていた。

「どうした」

俺はこの半年ほどで、片言ではあるが、この世界の言葉を話せるようになっていた。

「西の広場、青い屋敷の狩場近くでゴマ(賭け将棋)をやってるぞ。」

「分かった」

「早く!早く!」

俺はフィッダに急かされ駆け出した。

昼過ぎの太陽が眩しい。

俺とフィッダは河原の草を蹴って走った。


「稼ぎ頭が来たな」

俺達が広場に着くと地面に描かれた盤を囲んで座っている群衆から、リチャードが振り向いて言った。

広場と言ってもただ建物が建っておらず舗装もされていないだけの空き地のようなもので、気の利いたモニュメントやベンチもなく、雑草が生い茂っている。

リチャードは最初に俺が対戦した老人だ。

ほとんど白くなった金髪を伸ばしっぱなしにしており、老いたライオンのような容姿をしている。

「お前ならどっちが相手でも勝てる」

リチャードは口の端を持ち上げて笑った。

「リューイチ!勝ってご馳走食わせろ」

「任せとけ」

俺は威勢の良いことを言うとリチャードどフィッダの間に座り込んだ。

対局しているのは鳥頭(これは頭が悪いという比喩表現では無く、本当に鳥の頭をしている)と馬面(これは比喩表現。単に顔が長い人間の男)だ。

対局は終盤のようだ。

「鳥頭が勝ちそうだ。詰みがある」

俺はリチャードに耳打ちした。

「おいおい、リューイチ。人のことを鳥頭なんていっちゃ駄目じゃないか。彼が頭が悪いかどうか分からないだろ」

「いや、そういう意味じゃなくて、見たまんま顔が鳥だからそう言ってるだけ。あ、詰みに気づかずに指したぞ。馬面はチャンスだな」

「おいおい、リューイチ。奴は人間だ。どうしちまったんだ」

「絶対わざとやんけ」

「勘弁してくれ、トロールなまりが酷すぎる。」

現地の言葉を話しているはずなのだが、関西弁のニュアンスがどこかに出ているらしく、それがトロール語に聞こえるらしい。

失礼すぎる話だ。

「トロール野郎」

調子に乗ったフィッダまで、俺を罵倒してきた。

「リチャード!フィッダが俺を罵倒してるぞ。フィッダにも言ってやれよ」

「よしよし、フィッダ良く言ったね。後で河原に流れ着いたちょうどいい感じの棒をやろう」

「孫を可愛がるおじいちゃんか。扱いの違いが酷すぎる」

プレゼントがショボ過ぎて泣ける。


俺達が話しているうちに鳥頭がようやく詰みに気づき、対局に勝利した。

リチャードが馬面の男に俺に対局を代わるよう言った。

馬面が席を立ち俺が席に着いた。

「10ビタだ」

男が掛け金を伝えてきた。

ビタはこの世界のもっとも価値の低い硬貨だ。

俺達が手に入れることができるビタはたいてい粗悪品だ。

錆びて緑色になっており、彫られたエンブレムも所々欠けている。

何かの鳥をあしらっているようだ。

デザインは違うが、技術的には昔の日本の硬貨で言うと寛永通宝くらいに見える。

俺は男の掛け金を承諾し、対局が始まった。

俺は飛車を3筋に振り三間飛車に組んだ。

伸び悩んだ時期に居飛車に転向したが、元々俺は振り飛車党だ。

ーーーーーーーーー

  歩歩

歩歩角 歩歩歩歩歩

  飛

香桂銀金王金銀桂香

ーーーーーーーーー

【三間飛車】

三間飛車は敵の攻撃を受け止めカウンターを目指す守備よりな陣形だ。

大駒を交換することを捌くと言い、交換した駒を打ち合う攻め合いに持ち込み、王の遠さを生かして勝つことが一般的な指し方だ。

一方相手は銀を飛車の前に出して棒銀の構えだ。

ーーーーーーーーー

  歩    歩

歩歩 歩歩歩歩銀歩

 角     飛

香桂銀金王金 桂香

ーーーーーーーーー

【棒銀】

飛車先の銀をどんどん繰り出していく攻撃重視の戦法だ。

人気の高い戦法で初めて覚えた将棋の戦法が棒銀という人も多い。

初心者向けの戦法のように聞こえるかもしれないが、プロでも通用する優秀な戦法だ。

一方、人気が高い分対策が整備されている側面もある。

特に三間飛車は3筋に飛車がいるため、銀の進出を止めやすい。


「絶対勝てよ!!」

フィッダが俺を激励する。

「任せとき!」

俺も調子に乗って答えたが、これが失敗だった。

鳥頭は一瞬あっけに取られた顔で俺を見た。

つい関西弁のニュアンスが出てしまったようだ。

鳥頭はコケコケとけたたましい声で笑い出した。

「お前トロールにでも育てられたのかよ」

「うるせえな、さっさと指せよ」

「トロールに育てられたやつが、イジェンカ(将棋のこと)を指せるのか」

鳥頭が俺をからかい出した。

俺はやつを将棋でぶちのめすことを考えて、応戦する口をつむった。

「てめえ、コラ!誰がトロール野郎だ!!ぶちのめしてやる!!!」

俺を馬鹿にされてフィッダがキレた。

気持ちは嬉しいのだが、トロール野郎はフィッダが言った言葉やんけ。

周りの大人達が止めようとする中、フィッダをよく知る俺とリチャードはさり気なくフィッダから距離をとる。

フィッダは静止を振り切ると鳥頭に掴みかかった。

「引っ込んでろガキ」

「それが最期の言葉でいいんだな」

フィッダの赤銅色の肌が赤味を増し、やがて真昼でもはっきりわかるほど発光しだした。

俺とリチャードはなりふり構わず駆け出した。

閃光が走り、俺達の背後からしめられた鶏のような切ない悲鳴が聞こえた気がしたが、爆音と爆風がかき消してしまった。

爆風は足元の落ち葉を初夏の良く晴れた空に巻き上げていった。

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