第5章 第10話 二度目の結婚式
星昌歴678年3月上旬。
時は流れてユイエとカミュラの結婚式と披露宴の当日。結婚式はアーデルフィアの時と同じ催事場と併設された式場にて、お互いの親兄弟の範囲の、直接的な家族のみを集めた極めて小規模な宣誓式であった。
ユイエからすれば「皇族の嫁入りにしては随分と質素に行うものだな?」と思ったものだが、カミュラによると皇位継承権を持った皇族と降嫁等で継承権を放棄した皇族とで、祭事の規模が変わるものらしい。
「ユイエ様がレーヴェンハイト家に婿に入ってくれていれば、皇家の婚姻として盛大に祝われましたよ?」
「しれっと継承権まで押し付けられるパターンじゃない?それに正室はあくまでアーデ。この部分だけは絶対譲れないよ」
「正室側室の件ははじめから争う気もないですよ。ただ、父上もお兄様方もユイエ・フォン・ドラグハート魔境伯のファンですから、残念がっていました。とはいえ、義理の家族というだけでも充分喜んでいましたけどね」
皇家の裏話の暴露話をされて、ユイエは思わず苦笑いする。
皇王ミヒャエルとはそれなりに話す機会を経験している一方で、カミュラの兄2人と姉一人、妹一人とは食事をする場を設けられた際に多少言葉を交わしたことがある程度で、そこまで好印象を持たれていたと言われると照れというか妙な恥ずかしさ感じてしまう。
「(凄いのはアーデの方で、俺は弟子や生徒みたいなものなんだけどな……)」
式前の顔合わせで皇太子のマイセンと第二皇子のセッツァー、第一皇女のユリエルと第三皇女のカティアと挨拶を交わし合った。祭事官からの催促もあり、ユイエとカミュラは早々に個別の控室へと移動することになった。
男女別の控室にて着替えや身嗜みの手入れを受け、カミュラの準備ができた段階で案内の者が現れ、式場隣接の控室にてユイエとカミュラは合流した。
「ユイエ様はアーデルフィア様との式と同じ衣装でしょうか?やはりお似合いですね」
ユイエはアーデルフィアとの式で着用した白い三つ揃えの礼服を着ていた。
「ありがとう。手抜きのようで申し訳ないけど、こんな時にしか着ることもないからね……。新しく仕立てた方は、披露宴の時に着させてもらうよ」
ユイエは申し訳なさげにカミュラに答えた。
「そういうカミュラのドレスはアーデのデザインかな?カミュラの清楚な空気感と合わさってとても良く似合っているよ。本当に綺麗だ」
カミュラはアーデルフィアが結婚式の際に着用していた純白のドレスに憧れて、アーデルフィアに頼み込んでドレスをデザインし直して貰ったものだった。全体的なデザインはアーデルフィアのドレスより露出を控えたフォーマルな装いであるが、裾から腰元にかけて細かで美しい刺繍が丁寧に仕上げられている。
「ありがとうございます。披露宴では何度もお色直しがありますので、色んな私をみてくださいね?」
「あぁ、楽しみにさせてもらうよ」
ユイエの頬と目尻が自然と緩んだ。
式場隣接の控室に案内の者が来ると、ユイエとカミュラは腕を組んで式場へと足を運ぶ。正面の壇上に見覚えのある祭事官が控えている。並んだ長椅子は壇上前の一画だけが埋まっており、それぞれの親兄弟が立ち上がって笑顔と拍手で2人を迎えた。
壇上まで辿り着くと祭事官の清めの儀行動を静かに受け、開いた祭事書を片手に誤りなく正確に宣誓の儀を執り行った。
「ユイエ・フォン・ドラグハートはカミュラ・レーヴェンハイトを妻とし、カミュラ・ドラグハートとして迎え入れ、その生涯を共に生きる事を誓いますか?」
「はい、誓います」
「カミュラ・ドラグハートはユイエ・フォン・ドラグハートを夫とし、その生涯を共に生きる事を誓いますか?」
「はい、誓います」
「先祖の祖霊と来席者達への宣誓は成された。審理の契約書に署名を」
ユイエとアーデルフィアは審理契約官の差し出した皮革ファイルに挟まれた宣誓書に署名を行う。誓約書に2人の署名が並ぶ。祭事官が宣誓書の署名を確認して大きく頷く。
「ユイエ・フォン・ドラグハート、カミュラ・ドラグハートは誓いの口付けを」
向かい合ったユイエとカミュラは見つめ合う。アーデルフィア指導の“練習”の成果か、落ち着いた様子のユイエがそっとカミュラを抱き寄せ、参列者達の前で誓いの口付けを交わした。
審理契約官は皮革ファイルごと宣誓書を高々と掲げ、来席者達へと告げる。
「ここに契約は成された。ユイエ・フォン・ドラグハート、並びにカミュラ・ドラグハートの新たな門出を祝福し、盛大なる拍手を!」
アーデルフィアとの結婚式の時より参列者が少ないが、アーデルフィアとの結婚式の祝福に負けじとばかりに、皇王一家も力強く拍手を送っていた。
「ユイエ・フォン・ドラグハート魔境伯。皇王として、カミュラの父親としてレーヴェンハイト家は其方を歓迎する。家名は違えど我らは家族となった。共にアマツハラ皇国を支えて欲しい」
ミヒャエルからの言葉にユイエとカミュラは微笑みながら頷いた。
「ユイエ殿。カミュラをどうか末永く、よろしくお願いしますね?」
カミュラの実母のミレーネが優しい表情で手を握り、ユイエは義母にしっかりと頷き返した。次に握手を求めてきた皇太子のマイセンと第二皇子のセッツァーである。
「俺達はユイエ殿にはレーヴェンハイト家に入って欲しかったのは本音だがね。ユイエ魔境伯があくまで正室をアーデルフィア嬢として譲らず、堅い意思を見せたことも格好良いと思ってるんだ。義兄弟として、これからよろしく頼む」
その後、ユリエルとカティアとも握手をし、家名は違えど家族として受け入れられたと実感できた。
「皆さま、過分な評価をありがとうございます。頂いたお言葉を汚さぬよう、精一杯励ませてもらいます」
ユイエの本音としては、立場が無ければ一介の探索者としての生活の方が、身の丈に合っているのでは?と、今でも思っている。
しかし大公家のウェッジウルヴズ家と皇家のレーヴェンハイト家からそれぞれ伴侶を迎えた以上、その思いは胸の内に秘めて、これからの立場を受け入れていく所存であった。
そんなユイエの本音を知っているアーデルフィアが、その様子をみて笑いを堪えていた。
ユイエ、カミュラ、アーデルフィアの3名で隣室の控室に戻った所で、アーデルフィアが口を開く。
「私は立場も称賛も、みんなユイエ君の正しい評価だと思うけどね?≪樹海の魔境≫領の領主がユイエ君には狭くて窮屈だっていう話なら、お世継ぎを作って当主の座を譲れば、また自由に動けるようになるよ。頑張ってね、ユイエ君」
「窮屈で面倒な物を子供に丸投げ?それは嫌われそうだね。どれだけ先の話になるか分からないや」
「ユイエ君とカミュラ様は|アレ《ハイ・ヒューマンに進化》のお陰で若さと寿命の問題はない筈。隠居生活を若いままで迎えられそうだし、人間らしい苦労も今の内だと思っておこう?」
「そういえばそうですね。|アレ《ハイ・ヒューマンに進化》の実感は肉体的、魔力的な強度の向上で日々実感していますが、不老と寿命の件は実感がないです」
カミュラが神妙な顔で返すと、ユイエも追随して頷いた。
「そうだね。実感が出始める頃には、時間感覚も耳長族の年長者に近付いていそうだ。“ついこの間”の時間感覚が数十年前の話とか」
「それね。≪神樹の森≫のお歴々みたいになっちゃうね」
≪神樹の森≫の大公領出身のアーデルフィアが、幼少期を過ごした地元を思い出して笑った。




