序章 第8話 氣《プラーナ》(1)
星昌歴871年2月上旬。
対魔物と対人の実戦経験を積んで帰ったユイエとアーデルフィアは、予てよりリオンゲートにお願いしていた【氣】の教師が決まったとの知らせを受け、二人で歓喜した。
氣の教師は【サラ・ヴァジーラ】という名前の鬼人族の女性で、来年度から皇立カグツチ学園の実技教師に内定が出ている人物で、「学園の勤務がはじまるまでの隙間の期間に」という条件で引き受けてくれたという。既にウェッジウルヴズ家の屋敷に客分として部屋を与えて滞在しているそうだ。
二人はリオンゲートに礼を言い、侍女のマチルダの案内でサラの部屋へと急いだ。マチルダが部屋をノックし、サラの在室を確認する。
「サラ・ヴァジーラ様、いらっしゃいますか?生徒となるお二人がお帰りになりました」
すると中から部屋が空けられ、薄茶色のボブカットから刃角と呼ばれる赤い刃のような角が一対生えた鬼人族の女性、サラ・ヴァジーラが現れた。
「こんにちは。アーデルフィア・ウェッジエルヴズです。先生、よろしくお願いします」
「こんにちは。ユイエ・アズライールです。先生、よろしくお願いします」
二人の自己紹介にサラが頷き、腰をかがめて視線を合わせると、自己紹介を返してくれた。
「こんにちは、かわいい生徒さん達。私が氣の手解きを頼まれたサラ・ヴァジーラだよ。聞いていた通り利発そうなお子様達だね」
「ありがとうございます。私達は魔力の操作や制御に関してはそれなりの練度になれたと思っているのですが、氣は感覚が掴めず困っていました」
「そうですね。氣は自分の中に見つける段階で苦戦しています」
アーデルフィアとユイエが取っ掛かりで詰まっている事を伝える。
「なるほど。氣の概念は把握していて、でも自覚ができず困ってる感じだね」
「そうです。氣の自覚が出来なくて行き詰っています」
アーデルフィアの返事に、サラが頤に指を当てて二人を眺める。
「うん、少し試してみようか。中に入っておいで」
サラが扉を引いて中にアーデルフィアとユイエ、マチルダを迎え入れた。
「まずはユイエ様。両手の掌を上にして手を出してみて。これから私の氣を、君の右手から左手に抜けるように流し込むよ。感じる物がないか集中してみて」
サラの指示に従って手を差し出すと、その手に掌をかぶせるようにしてサラが両手を乗せた。
「どう?何か感じられるものはあるかい?」
サラの氣操作を感じるべく、ユイエが目を瞑って意識を集中する。
「なんとなく……。魔力とは違う何かが通ってる気配がします」
「なんとなく、か。でも感じたんだね。次、アーデルフィア様。両手出して」
サラに促され、アーデルフィアも両手の掌を差し出した。
「お願いします」
「うん、それじゃあ流してみるよ」
サラがアーデルフィアの掌に両手を合わせ、ユイエに試したのと同じように氣を操作してアーデルフィアに流す。
「君はどうだい?流れを感じられるかな?」
アーデルフィアは両手の掌に意識を集中させる。ぼんやりとであるが体温以上の熱を掌に感じ、その熱が右手から左手に流れていくのを感じた。
「熱?サラ先生の体温以上の熱が、右手から左手に抜けていくような……不思議な感覚がします」
アーデルフィアの回答に、サラは掌を解いて頷いた。
「うん、二人ともそれが氣だよ。素養はありそうかな?感じられない人は今のでも何も感じられないからね」
サラのお墨付きをもらい、二人は安堵する。
「素養アリですか。良かったです。氣を扱える様に、ご指導お願いします」
ユイエとアーデルフィアが頭を下げて頼み込んだ。
「うん。穏便な氣の訓練は自分との対話で、これは人に寄ってどれだけ時間が掛かるかは正直分からない。契約期間の7ヶ月の内に糸口が掴めるかどうか、微妙なところだろうね」
サラの物言いにユイエが首を傾げて聞く。
「穏便じゃない方法もあって、それなら早いって事でしょうか?」
「聡いね。その通りだよ。ちょっと荒っぽいやり方でも良いなら、私が氣を流し込んで、無理矢理に氣の通る回路を開いてあげるって手がある」
「荒っぽいとは?無理矢理回路を開いてもらうとどうなるのですか?」
ユイエが重ねて質問する。
「端的に言って滅茶苦茶痛い。大の大人でも気絶するくらい。無理矢理に回路をこじ開ければ氣の通りが良くなって、自分の氣を自覚できる様になる、かも。個人差があるから絶対とは言えないんだけどね」
サラがそれでもやってみるかと言わんばかりに二人をみる。
「滅茶苦茶痛い……。分かりました。まずは私からやって下さい」
ユイエがサラに頭を下げた。
「さっきも言ったけど、滅茶苦茶痛いうえに結局効果が出なくても、苦情は受け付けないよ?」
「はい、それでも良いのでお願いします」
サラはチラッとマチルダを見るが、止める気がなさそうなのでそのまま進める事にする。
「分かったよ。それじゃユイエ君からいこうか。長椅子に横になって。侍女さんは出来れば消音の魔法で耳を塞いでおいて」
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