第5章 第7話 呼び出しと準備
皇女カミュラ・レーヴェンハイトが元公女のアーデルフィア・ドラグハートに本格的な修行をつけてもらうようになって、約3ヶ月が経過した。
その間、≪樹海の魔境≫領の領都アディーエは日進月歩の発展が続いている。
そんな忙しない日々の最中、帝城から遣いの者がやってきた。
すらりと絞られた密度の高い良い筋肉の褐色肌で、麦藁色の短髪、歳の頃は20台前半の男性。皇国騎士団の上級士官に支給される騎士装の男で、名をリヴィオラ・セントルーズという。
「皇城にて、カミュラ・レーヴェンハイト皇女殿下がユイエ・フォン・ドラグハート魔境伯の側室降嫁が正式に発表されました。結婚式は3ヶ月後、帝城の宣誓の間と催事場を使って式と宴が行われます。つきましては、ドラグハート夫妻およびカミュラ殿下には早々に皇都入りして頂き、祭事と披露宴の準備に加わる様に、とのお達しでございます」
「承知した。領都を空ける準備に3日、その後に皇都に向かう。それまで離れの客間でゆるりと滞在されよ」
ユイエがリヴィオラに返答すると、控えていた騎士がリヴィオラとその護衛団を指定の迎賓館の客間へと案内していった。
リヴィオラが応接室を退室したところでユイエは体勢を崩して力を抜き、ソファへと身を沈めて天井を見上げていた。
「やっと婚約が公になりましたわね?」
ユイエの左隣に座ったカミュラがユイエに語りかけ、
「祭事としての結婚式も目途が立ったようだし、ここからの白紙化はもうないだろうね」
ユイエの右となりに座ったアーデルフィアもその話題に追随した。
「本決まりか~。過分だ。身に余り過ぎるよ」
ユイエは脱力して天井を見上げたままでそう呟いた。
「どうしたの?急に」
アーデルフィアが首を傾げてそう尋ねる。
「ユイエ様は私との婚姻はお嫌でしたか?」
カミュラも上目遣いで心配そうに声をかける。
「いや、ごめん。そういう意味じゃないんだ」
ユイエがカミュラに振り向いて謝罪する。
「ただ、傾城傾国の美姫2人は、流石に分不相応で過分だな、とあらためて思っただけ」
「ユイエ君は何歳になっても自己評価低いね。ユイエ君も十分美人だし、あれこれ実績出してきた故の今の立場でしょうに」
アーデルフィアがユイエにジト目でツッコミを入れていると、カミュラが興奮気味にアーデルフィアの袖を引っ張る。
「アーデ様アーデ様、今ユイエ様が傾城傾国の美姫と……」
「カミュラ様?お顔真っ赤ですよ?」
袖を引っ張られたアーデルフィアはカミュラの茹だった顔をみて、カミュラにも呆れたジト目を向けた。
「ユイエ君がカミュラ様の容姿を褒めるのは珍しくないのでは?」
「いつものと違いました。ポロッと出てきたのが本音っぽかったです」
「そうかな?いつも本音で褒めてるつもりなんだけど……」
「ユイエ君はさ、ほら、何時もはここで褒めとけっていうタイミングで褒めるから」
「ですね。衣装や髪型を変えた時とか、卒なく褒めてくださるのも嬉しいのですが、今みたいな不意討ちは威力が違いました」
ユイエの左右に座るカミュラとアーデルフィアがユイエ越しに会話をするので、ユイエは若干仰け反ってなるべく邪魔にならないように座っていた。2人が機嫌よく話をしているので、まぁ悪いことでは無かろうと、ユイエの頬も緩んだ。
「よく分からないけど、喜んでもらえてるなら良かったよ」
◆◆◆◆
≪樹海の魔境≫領の運営をサリエラとアマイエに引き継ぎし、いざという時の緊急連絡についても指示を済ませると3日目の早朝から4頭曳きの大型の魔馬車と、サイラスとメイヴィルを含めた魔馬騎乗の護衛隊10騎の編成でアディーエを出発した。
リヴィオラが往路で使用した魔馬車とその護衛団10騎も同行しての移動となる。足の遅い馬か馬車に併せた速度での移動となるのだが、リヴィオラ一行も全て魔馬だったため、街を経由しない裏道で皇都に向かう事にした。
裏道の休憩地点で昼休憩をとっている時、リヴィオラ一行が魔物との遭遇がない事を不思議がっていた。
「往路の正規ルートでももう少し魔物との遭遇があったものですが、今回は全く遭遇がないですね。裏道の方が安全なルートなんでしょうか?」
「本来は正規ルートより魔物の棲息数が多い危険な道なんですが、ユイエ様が魔物に判り易いように魔力や氣を展開して周囲一帯を威嚇しているので、それで魔物が警戒して近寄って来ないのです」
リヴィオラの疑問にメイヴィルが答えると、リヴィオラが目を丸くした。
「魔境伯が?……何というか、≪魔物除け≫要らずですね……?」
「そういう訳なので、領都へ再訪の際は裏道を使わず、正規ルートで来られた方がよろしいかと」
サイラスの締めにリヴィオラは神妙な顔で首肯を返した。
昼休憩後、魔物や盗賊の襲撃に遇うこともなく、夕刻には皇都入りを果たした。リヴィオラ一行はその日の内に皇城へと報告に行くらしい。
「ドラグハート家は今日はドラグハート邸で休みます。明日の午後にでもあらためて登城しますので、その旨リカインド宰相にお伝えください」
「畏まりました。宰相閣下にお伝えしておきます」
リヴィオラは大きく頷くと一団を連れて皇城へと向かって行った。
夕刻に皇都のドラグハート邸入りしたユイエ達は、庭にある訓練場で夕方の訓練を行い、汗を流してから夕食の席に着いた。
「ところでユイエ様?正式に婚約者になって婚姻の目途も立った訳ですが。そろそろ私の“練習”にお付き合い頂いても?」
「あ~……ごめんもうちょっと待って貰える?明日登城した時に色々引け目というか……要らない緊張感を持っちゃうのもどうかと思うので……」
ユイエは後頭部を掻きながらカミュラに苦笑いを返すので精一杯であった。
◆◆◆◆
翌朝。
日課の早朝訓練を3人で行った。カミュラの成長具合や今後の訓練について色々と話をしつつ朝食をとる。
「カミュラの実力は、学園生徒で言えば首席がとれるくらいにはなっているね」
「むぅ……。それはまだまだ学生レベルだという事ですか?」
ユイエの評価にカミュラが不服そうに頬を膨らませた。
「いや、学園生徒の首席って結構レベル高いよ?現役の職業軍人と比べても練度が十分に高いって評価だよ?」
「でもユイエ様とアーデ様とは別の学年だったら、っていう仮定ですよね?」
「それはそう。アーデと私は5歳から頭のオカシイ鍛錬を積んできたんだから、他の子達とレベルが違うのは当たり前だった訳だし。でも同学年だったとしたら、アーデ、私、カミュラの3人で上位3位をしめてたかもね?」
「それはそれで楽しそうですね?私も一緒にカグツチ学園に通ってみたかったです」
カミュラは王城にて家庭教師から相応の勉強を学んでいた。カミュラに限らず、長男や次男も同様に、家庭教師から学んでいた。
これは皇率学園の指導方針が、カグツチ皇国の騎士や文官などの家臣を育てる方針であるためだ。王族に必要なのは家臣としての教育ではなく、為政者としての教育である。そのため、同年代の者達と机を並べて学ぶという経験自体が少なかった。
朝食後の午前中は、午後に登城するための準備を行った。着替えの用意をして荷物をまとめる。昼食までの時間は氣と魔力の操作訓練を行った。汗を掻かずに出来る訓練で空き時間の有効利用である。
皆で揃って昼食をとると、それぞれ正装に着替える。正装と言ってもユイエとアーデはいつもの正装を兼ねた騎士服で、カミュラは魔法金属繊維を編み込んだ臙脂色のドレスである。家紋入りの魔馬車に乗ると、皇城へと出発した。




