第5章 第5話 よく訓練された精鋭新兵
ユイエ達一行がアディーエに戻ってから一ヶ月が経過した。
ここ1ヶ月、カミュラは文官女子達の仕事の再割り当てと引き継ぎに専念していた。
文官女子達でほとんど領主代行が出来るくらいまで権限と指示系統の再構築も行っており、代行では決裁できない重要な物だけが、ユイエやカミュラに上げられるようになった。
「ユイエ様、そろそろ訓練に参加できそうです」
夕食の席でカミュラがユイエに話を振った。
「もう?随分早かったね」
「私の執務の副官をやっていたサリエラが優秀なので。前にお伝えしておいた通り、領主代行が出来るだけの権限を渡しましたので御認識ください。代行では判断できない重要な物だけが、報告会で上げられてくるようになります」
「サリエラさんか。確か栗色の髪が肩に掛からない程度に短くカットしている小柄な子だよね?報告会の時にでもお礼を言っておこうかな」
「その子がサリエラで合ってると思います。よろしくお願いします」
「あぁ、わかった」
「それで、訓練はいつから混ざる?明日の早朝訓練から?」
「はい、そのつもりです」
「分かった。それなら明日の朝からよろしくね」
「よろしく」
話がまとまったところで、アーデルフィアも了承の意を示した。
「はい、よろしくお願いします」
「起きてきてなかったら起こしに行くね」
アーデルフィアがカミュラに朝の起床の保険役を買って出た。
「はい、ありがとうございます」
早朝訓練は陽の出る前から起き出して走る。早起きが習慣になるまでは、起こしに行く機会があるかもしれないとアーデルフィアの考えであった。
翌朝、運動し易い恰好に着替えて運動場に集合する。アーデルフィアとカミュラが一緒に出てきたので、早速起こし役の仕事があったのかもしれない。
「2人ともおはよう」
「おはようございます」
「おはよう、ユイエ君」
三人で準備運動をして、カミュラの訓練参加に関する準備具合を聞いてみた。
「魔力での身体強化は問題ないのですが、氣は全然わからないです」
「それなら先ずは氣を体験してもらおうか。アーデ、アレをやってあげて」
「了解っ」
≪樹海の魔境≫領では騎士や兵士には漏れなく実施している、氣の外部操作である。激痛を味わうだけ味わって氣が使えないままの者も多いのだが、これが一番手っ取り早く氣を覚えられるのだからやらない手はなかった。
「激痛を伴う氣の外部操作を体験して、取っ掛かりにするやつですよね?ちょっと怖いです」
「痛いだけだから大丈夫。適性があれば氣を感じ取れるようになるから、パパっとやっちゃいましょう?」
アーデルフィアがカミュラの手をとって、運動場の端に寄る。
「ユイエ君、反対側を向いててね?終わったら声掛けるから」
「あぁ、わかった」
氣の外部操作で激痛を伴う刺激を受けると、涙や鼻水、涎、人によっては更に失禁するなど、他人様にはみせられない惨状になる。カミュラもそんな惨状をユイエに見られるのは酷だろうと、アーデルフィアなりの配慮である。
「はい、両手出して。右手から氣を流して左手から抜けていくようにするので、それを意識してね」
「はい、お願いします」
カミュラは目を閉じて両手を前に出し、その手にアーデルフィアが手を合わせて向かいに立つ。
「よし、それじゃいくよ」
「はい……い゛ッ!い゛だい゛ぃぃぃあ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁッ!!」
カミュラは体内を細かい針が流れている様な激痛を感じ、悲鳴を挙げて仰け反りかける。アーデルフィアが繋いだ両手をがっちり固定しているので、倒れそうで倒れない。両膝を地面につけて前屈みになっても、アーデルフィアは両手を離さず氣を流した。
カミュラが痛みで意識が飛びかけつつも何とか耐え切った。
「【清浄】魔法っと……」
アーデルフィアがカミュラのぐしゃぐしゃになった顔と、念のため下半身にも【清浄】魔法を掛けてやった。
「ぐすん……。聞くのと体験するのはやっぱり違いますね。死ぬかとおもいました」
息を整えたカミュラが両膝を地面につけたまま感想を述べた。
「かなりキツイよね。私も意識飛びかけたから分かる。それで、魔力とは違う氣の流れは認識出来たかな?」
「はい、なんとか……。これが氣かな?という感触を感じられるようになりました」
「おめでとう!!痛みだけ味わって氣が結局わからないって人も結構いるからね。よかったよかった」
「はい、ありがとうございます」
アーデルフィアに呼ばれてユイエが振り向き合流した。
「氣は掴めたかな?」
「はい、多分。魔力みたいに操作するには練習が必要そうですけど、取っ掛かりは何とかなった気がします」
「それは重畳。次はランニングだからね。【疲労回復】と【心肺強化】を併用したりして、ペースを落とさずずっと全力疾走するイメージだよ。倒れたら魔法で回復させるから、安心してぶっ倒れてね」
「うぅ……。話には聞いていましたがホントに無理矢理走らせられるんですね」
「うん。私も鬼教官のアーデに同じような事させられて頑張ったから、カミュラもきっと大丈夫」
「が、がんばります」
初日のランニングから何度倒れてもその度に魔法で無理矢理起こして走らせる。涙目になりながらも何とか時間いっぱい走り切ってダウンしてしまった。
「初日だしこの辺で切り上げとこうか。朝食の時間まで自室で休むと良いよ」
「はい、ありがとうございました……」
この日以降、朝から朝食までの時間に三人で走る様になり、朝食後から昼までは執務して午後は魔力と氣の操作訓練の時間に割り当てた。
「うん、氣操作もちゃんと自習しているようで大変結構。魔力の量と出力はさすが≪竜の魔力炉≫持ちって感じだね」
アーデルフィアがカミュラの訓練の調子を確かめつつ話す。
「はい、氣をしっかり身に着けて、ちゃんと一人で最後まで走れるようになりたいです」
今は魔力と氣の操作訓練と長時間走り続ける体力作りがメインである。戦闘技術は走れるようになってから開始する事にしていた。
◆◆◆◆
カミュラが訓練をはじめてから1ヶ月経った頃、ようやく自力だけで走り切れるようになった。
「やりました、自力で回復魔法を使いながら走り切れるようになりました!」
カミュラが達成感の塊のような良い笑顔をみせてくれた。そこに鬼教官アーデルフィアから残酷な宣言が入る。
「やったね、おめでとう!明日から甲冑着て走るよ!」
「」
容赦のない負荷増加の宣言に、カミュラは思わず無の表情になっていた。
甲冑装備で走り込むようになって更に1ヶ月後。カミュラも氣操作に慣れてきて、身体強化を氣で行いながら走れる様になってきた。今では、氣で身体強化を維持しながら魔力で【疲労回復】や【治癒】、【心肺強化】などを併用している。
「カミュラはセンスあるんじゃないか?2ヶ月でここまで出来るようになるとは思っていなかったよ」
「ありがとうございます。アーデルフィア様の成長を感じつつ超えられそうなギリギリのラインを責めてくる、課題と指導のおかげさまです」
「あぁ、分かる。【解析者】でギリギリのラインを適確に見極めて責めてくるんだよね……。私の時もそうだったよ」
「アーデルフィア様が自分にも他人にもストイック過ぎて、置いて行かれないように毎日必死です」
「わかる。大公家の公女殿下だったのに、現役の騎士よりキツイ訓練を課してくるんだよね。自分もやるもんだから負けてられないって思ってた」
「んっふっふー。私の【解析者】は特別製だからね。明日から剣の振り方の練習もはじめよう。といっても、最初は体捌きからの練習かな」
「いよいよですね、楽しみです!」
文官畑出身の皇女殿下は、この2ヶ月でよく訓練された精鋭新兵のようになっていた。




