第5章 第4話 皇都でお買い物
朝食後、各自街歩き用の装いに着替えて集合する。
お忍びの街歩きをする時は軽装の探索者スタイルで行く事が多い。
学生時代に一般の町人スタイルで出掛けてみた時に、体格と服装から容易な相手だと侮られて絡まれたりスリの標的にされたりした事があり、軽装とはいえ武装した探索者スタイルで歩く方が面倒事が少ない事に気付いて以来の習慣である。
探索者稼業の時にも使っていた認識阻害のフードを併用するのがお勧めである。
今回の街歩きではユイエ、アーデルフィア、カミュラ、それとカミュラの護衛としてメイヴィルとサイラスにも付いて来てもらう事にしている。メイヴィルとサイラスは学生時代にも一緒に行動していたので馴染んだスタイルなのだが、カミュラは探索者スタイルのような衣装は持ち合わせていなかった。そのため、とりあえずはメイヴィルの予備の軽装備を借りて自前の認識阻害のフードを羽織った装いで出掛ける事にする。
「私達が皇都の街歩きをする時は雰囲気のある洒落た喫茶店巡りよりも、探索者稼業でお世話になっている店舗を回るのが定番なんだ。カミュラには興味がないかもしれないけど、マインモールドの工房まで付き合ってもらえるかな?そこでカミュラ用の探索者装備を見繕うかと思うんだけど、それで良いかな?」
ユイエがカミュラの瞳をみて問うと、カミュラは柔らかい笑顔で頷き返した。
「どうせなら変装のためだけの装備じゃなくて、一緒に探索者稼業にも出掛けられるような実用性の高い物が欲しいです」
「カミュラも探索者稼業に興味が?」
「ドラグハート家に入る以上、私もある程度戦えるようになりたいと思っています。せめて追われた際に追手を撒けるだけの技術や体力をつけたり、護衛が駆けつけるまで防戦で凌げるような戦闘技術は、最低限必須だと思っています」
「そう?≪樹海の魔境≫での生活は確かに皇族として皇宮での生活よりは危険が多いのは事実だし、カミュラが自発的に強くなりたいというなら、いくらでも協力するけど」
「そうね……。ユイエ君と私だけならいくらでも自衛できる自信はあるけど、だからといってカミュラをいつでも守れる訳ではないし。カミュラが強くなってくれるのは私も良いと思う」
カミュラはアーデルフィアの言葉に頷いて返した。
「例えば、ですよ。私が人質に捕られてユイエ様とアーデルフィア様の足を引っ張る、というような事はあってはならないと思っています。私は私でドラグハート家の一員として、胸を張れるだけの実力を身に着けるべきです」
カミュラはユイエとアーデルフィアに自身の考えを伝えると、右手で心臓の位置に触れた。
「それに、私にも竜の心臓がある訳ですし、良い線いけると思うのですよ?」
文官気質で内政を取り纏める役目に付いているのだから、本来はそれで十分以上の活躍はしている。それでもドラグハート家の弱点になるのは嫌だというカミュラの意思を汲んで、ユイエとアーデルフィアは頬が緩んだ。
「それじゃ、先ずはマインモールド工房に行ってカミュラの装備を整えよう?」
「分かったわ」
「はい、ありがとうございます」
「私とサイラスはカミュラ様の護衛に集中いたしますね」
「あぁ、よろしく頼むよ」
メイヴィルの発言に頷いてユイエが許可を出すと、メイヴィルとサイラスがカミュラに立礼をし、カミュラの横、半歩後ろへと移動した。
ユイエ達はマインモールド工房に行くのに家紋なしの馬車を選んで移動を開始した。
◆◆◆◆
「これはこれは、ドラグハート卿。お久しぶりです」
マインモールド工房に入店するとユイエがフードを脱いで顔をみせると、ゼッペルとライゼルリッヒがやってきた。
「お久しぶりです。ライゼルリッヒさん、ゼッペルさん。今日はこの子の装備を見繕いに来ました」
ユイエがカミュラの背に手を当てながら店長達にカミュラを紹介した。
「はじめまして。カミュラと申します。本日はよろしくお願いいたしますね」
カミュラもフードを脱いで素顔を晒し、綺麗なカーテシーで微笑みながら挨拶した。
カミュラの護衛役に付いているメイヴィルとサイラスは、それぞれカミュラの左右半歩から一歩後ろの位置で控えている。
「はい、私は皇都店の店長を務めさせて頂いております、ライゼルリッヒでございます。こちらがドラグハート家の主担当を行っておりますゼッペルです。よろしくお願いいたします」
メイヴィルとサイラスの立ち位置とカミュラの溢れる気品にライゼルリッヒは姿勢を正して礼を返した。
「カミュラ様でございますね。畏まりました。どうぞよろしくお願いいたします」
「カミュラに探索者向けの装備を見繕ってやってほしいです。【自動サイズ調整】、【自動清浄】、【強度強化】、【環境適応】、【自動修復】、【魔法耐性】、【魔力伝導率強化】あたりが付いている良い防具を見せて貰えますか?甲冑タイプと防護服の両方で。武器は片手剣の長剣と小剣を試させて下さい」
「畏まりました。大変失礼な質問で恐縮なのですが、ユイエ様達の探索者パーティにご加入されるような形でしょうか?」
ユイエがライゼルリッヒにざっくりとした注文を入れると、ライゼルリッヒがカミュラに視線を向けてからユイエに問う。
「常時参加とまでは行かないけど、正式メンバーになる予定かな」
ユイエの回答にライゼルリッヒとゼッペルは頷いて返した。
「正式メンバーという事であれば丁度良い製品の在庫がございますよ。≪黒彼岸花≫用の正式装備の予備が本店から届いております。とりあえず応接室にお通しいたしますね」
ライゼルリッヒが更衣室付きの応接室へと案内してくれた。女性の従業員が香草茶を用意してくれたので、ありがたく頂いて待つ。
女性従業員が退室したところで、カミュラがユイエに遠慮がちに問うた。
「私には過ぎた装備の注文だったのでは?」
「カミュラが命を預ける装備になるんだから、高価でも良い製品を選ばないと」
カミュラの問いにユイエはそう答えた。
「そうね。財政的には問題ないし、私達も良い物を揃えておいた方が安心かな?」
アーデルフィアもユイエに同意する。婚約も正式に決まったため、今まで以上に身内的な考えで接するようになっていた。
「カミュラは剣より魔法の方が得意だったとは思うけど、これから頑張るなら剣も使えるようになっておいた方が良い。≪竜の魔力炉≫も、もう身体に馴染んだだろう?魔力での【身体強化】と氣での【身体強化】も練習していこうね」
「はい、がんばります!」
ユイエの言葉に、カミュラは両拳を握ってふんすと気合を入れていた。
◆◆◆◆
女性従業員に香草茶を淹れて貰いつつ応接室で待っていると、ライゼルリッヒ達が応接室に製品の入っていると思われる箱を荷台で搬入してきた。
ライゼルリッヒがユイエに向かって悪戯っ気を感じる笑顔をみせ、荷の蓋を開いていく。
「これは……」
箱の中に入っていたのは、ユイエ達≪黒彼岸花≫仕様のジェスタ大公お手製の装備品であった。ユイエ達と同じように、全身甲冑と騎士服、打刀と脇差まで揃っていて男女1セットずつの計2セットが入っていた。
≪彼岸花の全身甲冑≫ 2セット(男性用1、女性用1)
【強度強化】、【魔力伝達率強化】、【氣伝導率強化】、【環境適応】、【自動サイズ調整】、【自動清浄】、【自動修復】、【魔法耐性】、【疲労回復】、【魔力回復】
≪彼岸花の騎士服≫ 2セット(男性用1、女性用1)
【強度強化】、【魔力伝達率強化】、【氣伝導率強化】、【環境適応】、【自動サイズ調整】、【自動清浄】、【自動修復】、【魔法耐性】、【疲労回復】、【魔力回復】
≪日緋色金合金の脇差≫ 2振
【強度強化】、【斬れ味強化】、【魔力伝達率強化】、【氣伝導率強化】、【自動洗浄】、【自動修復】、【魔法耐性】
≪日緋色金合金の打刀 ≫ 2振
【強度強化】、【斬れ味強化】、【魔力伝達率強化】、【氣伝導率強化】、【自動洗浄】、【自動修復】、【魔法耐性】
「すごいですね。彼岸花の家紋までちゃんと入っている。これだと完全にドラグハート家狙い撃ちじゃないですか」
「えぇ、なんでもマインモールド大公から≪黒彼岸花≫にメンバーが増えた時か、装備が損壊してしまった時のための予備を皇都店に置いておくように、との伝言と一緒に届きました」
「受注生産品のはずなのに在庫を用意してもらえるとは……。ドノヴァン大公には頭があがらないですね。カミュラ、私達とお揃いの装備だよ。試着してもらえるかな?」
「はい、わかりました。メイヴィル様、甲冑や騎士服の着付けを教えていただけますか?」
「はい、よろこんで」
メイヴィルが笑顔で返事をして、二人で試着室へと入って行った。装備品の入った箱は荷台ごと試着室に運ばれていく。
「マインモールド大公はユイエ様の事を本当に気に入られている様ですね。態々こんな対応をされたのは、初めてなんじゃないでしょうか?」
「ドノヴァン大公には感謝しかないです。装備ですが、在庫である男女1セットずつ購入させてください。現金払いで大丈夫でしょうか?」
「はい、構いませんよ。こちら、見積書です。ご確認ください」
ライゼルリッヒが革ファイルに挟んだ見積書をユイエに提示した。それにユイエは目を通して納得のできる価格……というには安すぎる気がするのだが、これも厚意と思って頷き返した。
「分かりました。こちらのデスクに現金を置きますので、一緒に確認をお願いいたします」
「畏まりました」
ユイエは魔法の鞄に入れている財布から高額支払い用の大白金貨や白金貨、大金貨を取り出して見積金額と同額をテーブル上に並べた。
「お見積り通りの御金額ですね。確かに確認いたしました」
ライゼルリッヒは支払金額を確かめると、魔法の手提げ金庫に現金を収納した。
支払いを完了して少し後に、試着室から全身甲冑姿のカミュラが出てきた。
「全身甲冑、はじめて着ました。一人で着られるように練習が必要ですね」
「うん、キリッとした感じで格好良く似合ってるよ」
「あ、ありがとうございます」
「装着訓練も必要だけど、全身甲冑を着た状態での稽古もやらないとね。甲冑を着てる時用の動作や体力を身に付けないといけないから」
「はい、がんばります!」
カミュラに甲冑を着たまま軽い動作確認を何度かしてもらい、不具合は無さそうな事が確認できるとユイエは満足げに頷いた。
「うん、動作の方も問題なさそうだね。次は騎士服の方も試着してみせてくれるかな?」
「はい!」
カミュラとメイヴィルは再び試着室に戻って行った。
試着室ではメイヴィルが装備の着方と同様に脱ぎ方について説明し、カミュラが自分で装備を解除していく。
「これでよし、です。騎士服は簡単に着れそうで安心しますね」
「そうですね。素材が特殊な物ですが、構造自体は普通の服と同様なので比較的簡単かと思います。ドレスと違ってコルセットもありませんから、お一人での着付けも大分楽な筈ですよ」
メイヴィルの言った通り、着用に特に困る事もなくカミュラ一人での着替えが完了していた。メイヴィルはその間に甲冑を取りまとめ、カミュラの魔法の鞄に収容しておいた。
「お待たせしました」
試着室から≪黒彼岸花≫の騎士服に着替えたカミュラと、付き添いのメイヴィルが戻ってきた。アーデルフィアとメイヴィルとお揃いの女性用のデザインである。
「うん、これも凛々しさと可愛らしさが同居してて良いね。良く似合ってるよ」
ユイエが目を細めながらカミュラの騎士服姿を褒めた。
「ユイエ君はこの衣装好きだよね?」
「うん、結構好きだよ」
「学園の制服も好きだったよね?」
「……そうだけど。そんなことまでアーデに話したっけ?」
「いや、視線を見てれば分かるし」
「え、こわい」
アーデルフィアの回答に思わず顔が引き攣るユイエであった。
「会計は済ませておいたから、今日はその騎士服の上に認識阻害のフードをかぶって次のところにいこうか」
「はいっ」
「あ、そういえば。武器は勝手に私達と同じ打刀と脇差を選んじゃったけど、他に使いたい武器ってあるかい?」
「いえ、特に使い慣れた武器がある訳でもないので、お二人をお手本にし易い同じ武器の方が良いと思います」
「分かった。ライゼルリッヒさん、今日はこれで失礼しますね」
「畏まりました。いつもご贔屓にありがとうございます」
「こちらが礼を言う立場ですよ。まさか私達の予備装備まで用意して貰えているとは思いもしませんでした」
ライゼルリッヒの見送りで退店すると、馬車止めで待機していたドラグハート家の馬車に乗りんで次の店へと向かう。
「次は魔法具店に寄るよ。カミュラも魔法の鞄に薬品類を常備しておくように」
「魔法具店ですね、分かりました」
次に寄ったのは探索者ギルド近くにある行きつけの魔法具店で、カミュラに持たせるための薬品類と探索者稼業で便利な道具類を購入しにいく。
「魔法薬は解毒薬と治癒薬は必須として、他に上級治癒薬と魔力回復薬、保冷水筒、着火の魔道具、照明の魔道具、簡易結界具、虫除けの護符、寝袋、テントあたりかな?テントはこの際だから【空間拡張】と【自動清浄】、【自動修復】、【認識阻害】、【強度強化】、【遮音結界】が付いている良い物を買おう。それに多用途で広くお世話になる縄に……」
「……探索者のお仕事も物入りなんですね?」
あれこれと見繕ってカミュラの特製魔法の鞄に収納させておいた。
ユイエもその間に自分の買い物も済ませておく。
魔法具店での買い物が終わると、次は探索者ギルドに向かった。
カミュラの探索者登録と≪黒彼岸花≫へのパーティメンバー加入の申請を行う予定である。
手続きの待ち時間の間、カミュラは探索者ギルド内のあちこちを興味深く眺めていた。
認識阻害のフードで顔は認識されていないが、お揃いの装備を纏った集団という点だけで人目を惹いている。
「認識阻害のフードに揃いの騎士服、曲刀の2振差し……。≪黒彼岸花≫だな?」
「あぁ、そうだな。魔境伯、皇都に来てたのか。けど一人多いな?増えたか?」
認識阻害のフードで顔は隠せても、気配や持ち物まで隠形する様なものではないため、皇都住みの探索者達には容易にパーティ名を特定されてしまう。
尤も、素性を隠しつつパーティ名を売る作戦としては成功したと言っても良い。
素性バレもずっと防げていたのだが、魔境の開拓にあたるようになってからはリーダーのユイエがドラグハート魔境伯本人であるという噂は広まっていた。
そのため、ユイエだけ顔出しして仲間達は認識阻害のフードを被ったまま、という事もある。
カミュラは物語で読む探索者ギルドの生の雰囲気に触れて気分が高揚し、ほんのりと顔を紅潮させていた。
「探索者ギルドに来たのもはじめてです。今日は色んなはじめてが多い日です」
カミュラの呟きをアーデルフィアが拾う。
「どう?想像通り?」
「第一印象としては想像通りでした。でも、荒くれ者が無法を働く場所の定番なので、意外と平和だな?と思いました」
「私達が≪黒彼岸花≫だと気付いた上で絡んで来るようなのは、最近は居ないわね。揃いの装備に認識阻害のフードを被った集団って事で有名になったから、こういう時に無駄に絡まれたりせずに済んで助かっているわ」
「昔は絡まれたりしたんですか?」
「そうね。最初期はちょっとあったかも?まぁ装備だけ立派な子供が居たら揶揄いたくなるのも分かるんだけど。実際絡まれるとユイエ君が殺気を飛ばして威嚇するから、すぐに絡まれなくなったのよね」
「ユイエ様が威嚇ですか?あまりイメージが出来ないです。いつも穏やかですから」
「ユイエ様は怒ると怖いですよ?」
「そうですね。戦いになるとガラッと空気感が変わりますし」
サイラスとメイヴィルが、カミュラにユイエの雰囲気の切り替えについて補足した。
「そうなのですね。一緒に探索に行けるようになったら、そういう一面も見れますね?」
「えぇ、見れると思いますよ」
サイラスが笑顔でカミュラに首肯した。
「手続き終わったよ。はい、カミュラの探索者証。飛び級試験は受ける?」
申請手続きが終わったユイエが戻ってきて、カミュラに探索者証を手渡した。
「ありがとうございます。稽古で自信がついたら考えますね」
「わかった」
カミュラは探索者証を受け取るとまじまじと観察し、微笑んだ。
「物語に出てくる探索者証の実物、はじめてみました」
「これから沢山のはじめてを経験できると思うよ」
ユイエがカミュラに笑いかけると、カミュラも笑顔で頷いた。
「はい、楽しみです」
◆◆◆◆
探索者ギルドでの用事を済ませると、ユイエ達一行は探索者ギルド周辺を散策して屋台料理を楽しんだり、雑貨を見て回ったりと街歩きを楽しんだ。陽が傾きはじめたところで、探索者ギルドの馬車止めに戻って帰宅した。
「カミュラ、これを君にプレゼントだよ」
魔法具店でユイエがこっそり購入した小箱を開けると、中には素っ気ないデザインだが、青みがかった銀色で天銀製品だと判る指輪が入っていた。ユイエとアーデルフィアの持っている魔除けの指輪と同じ物である。付与された魔法効果は【自動サイズ調整】、【自動清浄】、【強度強化】、【自動修復】、【毒耐性】、【精神異常耐性】、【虫除け】という、付与がこれでもかと盛られた逸品だ。
「お二人とお揃いですか?嬉しいです!」
「(ユイエ君が魔法具店で何かこそこそしてたのはコレか~)」
アーデルフィアはユイエがカミュラの指に指輪を通すのを見つつ、納得していた。
「(うん、ユイエ君らしいや)」
翌朝、早朝訓練と朝食が済むと、一行は家紋入りの魔馬車でアディーエへの帰路についた。復路も特にトラブルなく進み、夕方にはアディーエの城に到着できた。
「しばらくは文官女子達に仕事の引き継ぎをします。それが済んだら私も日課の稽古に参加させて下さいね」
「分かった。稽古は無理せず、出来そうな状況になってからで良いからね?」
「はい、ありがとうございます!」
カミュラが指輪に触れながら、アーデルフィアとはまた違う良い笑顔で返事を返した。




