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第5章 第3話 親として為政者として

 ユイエとアーデルフィアは、自分達が突き付けた非常識な条件に、笑って乗ってきたミヒャエルとエドワードをみて脳内が疑問符で満たされていた。


「……あの、陛下?宰相閣下?私達の聞き間違いか、解釈の間違いか、それとも我々では計り知れない高度かつ政治的な罠か何かなのかでしょうか?何故、カミュラ皇女殿下の側室降嫁にそんなに乗り気のでしょうか?」


 ユイエは眉尻を下げた困り顔で二人に問う。ユイエの問いにミヒャエルは大きく頷き答えた。


「納得がいかぬようだな?ドラグハート卿だから、だよ。社交界嫌いで皇都にも滅多に顔を出さず、魔境に籠りっぱなし。そんな生活のドラグハート卿は自分達の価値を知らぬから疑問に思うのであろうがね」


 ユイエとアーデルフィアは顔を見合わせ、言われるような価値について思案する。


 北部の≪樹海の魔境≫一帯の開拓と、魔境産の良質な資源の流通。

 国防の最前線やマインモールドへの大規模なドラゴン装備の流通。

 東部国境戦線の押し返し。


 国益となる功績は確かに積んできたと自負するが、国益と皇家への不敬とは別問題ではなかろうかと思う。


 二人は視線をカミュラに向けると、カミュラは裏のない満面の笑みを返してくれた。その様子に、ユイエとアーデルフィアは思わず頬が緩む。


「お二人が積んできた国益を考えて、それでも納得できないという顔ですね。私の命があるのは、そもそもお二人のおかげだという事をお忘れですか?」


 魔力炉融解症の延命治療法と根治療法の成果。

 ユイエの治療で実績を作り、カミュラの治療で裏付けがとられた治療方法である。

 アーデルフィアはカミュラの治療を行う前にこの病の特徴と治療方法を、魔法学院や研究機関、錬金術ギルドなどに広く一般公開を許していた。そのお陰でカミュラの他にもアーデルフィアの預かり知らないところで命を救われている者がいる。根治は難しくとも延命治療で延命に成功している者達だっている。


 公開していた治療方法で快復した貴族がアディーエに礼を伝えにやってきた事があったが、その際に彼は上位汎人種ハイ・ヒューマン化していなかった事も確認している。

 上位汎人種ハイ・ヒューマン化の問題については、再現性の確認は、現状棚上げであった。


「魔力炉融解症の件ですか?あれはアーデの功績です。私はアーデに救われた一人に過ぎませんよ?」


 ユイエが首を傾げてそう答えたが、カミュラはそれをみてくすりと笑った。


「それでも、アーデルフィア様が治療方法を研究して延命と根治の達成まで漕ぎつけたのは、被験者がユイエ様だったからだと思いますよ」


 カミュラの言葉にアーデルフィアも眉尻を下げて頷いた。


「そうですね。ユイエ君がユイエ君だったから、助けたいと思ったのは間違いないです」


 アーデルフィアの回答に、ユイエはなんとも言えない顔をして引き下がった。


「自覚が足りんようだが、まぁ良い。人の親として言わせてもらえば、ドラグハート夫妻に救われた娘が恩人の力になりたいと言い、側室とはいえ恩人夫妻が受け入れると言っているのだ。娘の嫁ぎ先としてドラグハート家の家格にも不満はない」


 ミヒャエルは柔らかい表情で言葉を続ける。


「加えて、正室のアーデルフィアは≪神樹の森≫の大公家の娘だ。先に結婚した大公家の娘が正室で、後から嫁ぐ皇家の娘が側室というのはそこまで不自然ではない。むしろ、ドラグハート家と皇家の結びつきはそれだけ強固だというアピールになるだろう。人の親としても為政者としても不満はない事、理解してもらえただろうか?」


 ミヒャエルから聞く評価に、ユイエとアーデルフィアは背筋が伸びる思いであった。今更ながらに、アーデルフィアもカグツチ皇国で公爵家を上回る大公家の娘だという事にも思い至った。


「……陛下と宰相閣下がそこまで推して下さるのであれば、ドラグハート家に最早否やはありません」


「うむ、そうか。よかったな、カミュラ」

「はい、ありがとうございます。お父様」

「では、この場でご婚約が成立したという事でよろしいですな?」


 エドワードの言葉にミヒャエルとカミュラは頷き返した。エドワードの視線がユイエとアーデルフィアに向いて賛意を求められると、アーデルフィアが頷き、一瞬遅れてユイエも頷いた。


「カミュラ皇女殿下のご婚約の発表と結婚式の調整についてはこちらで進めておきます。随時アディーエに連絡を送りますので、ご承知おき下さい」


「「承知いたしました」」


 ユイエとアーデルフィアはエドワードとミヒャエルに礼の姿勢をとり、嬉しそうな笑顔のカミュラを みて微笑んだ。


◆◆◆◆


 皇城から皇都のドラグハート邸に帰ると、ユイエとアーデルフィア、カミュラは三者三様で力の抜けた装いでソファに深く沈み込んでいた。


「カミュラ様の仰った通り、陛下も宰相閣下も把握済みの上で推してきましたね」


 ユイエがぽつりと溢すように言うと、アーデルフィアもそれに頷いた。


「そうね。降嫁自体はともかく、側室入りの条件までまるっと呑まれるとは思わなかったわ」


 アーデルフィアも燃え尽きたように放心している。


「私はこうなると思ってましたよ?ところで成人した婚約者同士になった訳ですが。アーデルフィア様は婚約の期間にどこまでシてましたか?」


 姿勢良くソファに腰掛けていたカミュラがアーデルフィアに問い掛ける。アーデルフィアは耳の先まで赤くしながら、慌てて上体を起こした。


「ちょ、ちょっと?カミュラ様?ユイエ君いる前でそれ聞いちゃいます?せめて女子同士、別の部屋でお話しませんか?」


「はい、お願いいたします」


 アーデルフィアとカミュラが別の部屋へと移動していくのをユイエは見送った。これから嫁と新しい婚約者が赤裸々な話をするのかと思うと、思わず熱くなった顔を手で覆って天井を見上げた。


 あえて考えない様にしていたが、婚約が成立した以上はカミュラは婚約者だ。婚約者という事は、恋人以上夫婦未満の位置である。アーデルフィアとユイエの婚約期間は未成年であったし、学業や開拓の仕事にも追われていた。話の流れからすると、“練習”していた事も筒抜けになるだろう。成人した婚約者同士ともなれば、アーデルフィアの判断次第では、それ以上になる可能性だってある。


 思わずカミュラ相手にイチャイチャする様子を妄想し、より熱くなった顔に【冰気】の魔法でクールダウンを図った。


◆◆◆◆


 翌朝、食堂で機嫌の良さそうなカミュラとバツの悪そうな顔のアーデルフィアに合流した。アーデルフィアとカミュラは横並びで食卓についており、ユイエはその向かいの食器の置かれた席に自然と向かう。


「二人とも、おはようございます」

「おはよう。ユイエ君」

「おはようございます。ユイエ様」


 侍女達が食事の用意をしてくれている間に、機嫌の良い笑顔でカミュラが話しかけてきた。


「ユイエ様。昨晩アーデルフィア様とお話をしまして、婚約者同士のスキンシップの許可を貰いました。ユイエ様とアーデルフィア様が婚約者だった頃の、“練習”まで、というお約束です。今日から改めてお願いしますね」


 カミュラが晴れやかな顔で、柔らかく伝えてきた。遠回しでも言っているが内容はド直球のイチャイチャ宣言である。思わず顔に熱を感じつつ、視線を泳がせてアーデルフィアに向けると、アーデルフィアは眉尻を下げた困り顔で頷いた。


「そ、そうですか。アーデが許可したなら否やはないです。こちらこそ、よろしくお願いいたします」

「ユイエ様?婚約者になったのですし、せめてアーデルフィア様相手くらいの話し言葉で接してください」

「砕けた口語で、という事ですね?……分かったよ、カミュラ」

「はいっ」


 カミュラの嬉しそうな笑顔を見ると、思わず頬が緩んだ。カミュラは年齢的には実はユイエとアーデルフィアより2歳年上の、18歳である。皇家の教育は皇宮の中で行われるため、市井の学院には通っていなかったので、学生時代に学院で会うような事もなく、年上という認識がなかった。


 執務に関してはユイエとアーデルフィア共にカミュラを辣腕のやり手だと思っているが、こういう普段の表情や言動には年上感がなく、むしろ庇護欲が刺激されるというのがアーデルフィアとユイエの共通の見解だった。


「今日は朝食が済んだら3人で皇都の街歩きでもしないか?」

「良いのですか?3人でデートですね!」


 実に年上っぽさのない、可愛らしい笑顔だった。


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