第5章 第2話 掌の中
土壇場でしれっと伝えられた言葉に思考が停止したユイエとアーデルフィアだったが、扉をノックする音で我に返った。
扉に振り向くと、侍女が扉を開けて近衛騎士を迎え入れたところだった。
「お待たせしました。謁見の間にご案内いたします」
「お願いします」
ユイエが代表して答えソファを立つと、近衛騎士の先導で移動し始めた。
「(とりあえず謁見に集中……できるかぁ!!何ていうタイミングでカミングアウトしてくれてるの?!)」
アーデルフィアとユイエは内心で頭を抱えつつ、近衛騎士について歩いていく。
アーデルフィアも思わずにこにこ笑顔のカミュラにジト目を向けてしまったが、当のカミュラはジト目の意味が分からずきょとんとしていた。
しばらく赤絨毯の廊下を歩き、謁見の間の重厚な扉前に辿り着いた。先導していた近衛騎士から謁見の間の扉番に引き継がれ、大声で到着を知らせる。
「カミュラ皇女殿下ならびにドラグハート家の魔境伯、魔境伯夫人のご到着です!!」
謁見の間の奥に座っている皇王に聞こえるように叫ぶためか、毎度ながら非常に五月蝿い。内側から大扉が開かれると、玉座まで続く赤絨毯を歩いて行く。赤絨毯を挟んで左右には貴族や騎士達が立っている。途中、ウェッジウルヴズ大公とアズライール伯爵、マインモールド大公が視界に入ったが、反応は返せない。交流のある
先頭にカミュラ皇女殿下、その後ろにユイエとアーデルフィアが続く。玉座のある一段高い段差の手前2メル半程で足を止め、片膝をついて首を垂れる臣下の礼をとる。
「面をあげよ」
「「「ハッ」」」
皇王陛下の許しに応じ、頭を上げる。視線は皇王陛下の足元に定め、顔を直視しないようにする。ウェッジウルヴズ大公とアズライール伯爵に倣った作法である。
「この度は樹海の魔境の開拓状況についての経過報告と聞いている。説明はカミュラ皇女殿下からでよろしいでしょうか?」
リカインド宰相が進行し、カミュラ皇女殿下からの報告がはじまる。
「はい。では、まずは皆さまが最も知りたりであろう、≪樹海の魔境≫南端の防壁についてです。マインモールド領にあった長城とでも言うべき防壁の厚さ、高さを備えた同レベルの堅牢な防壁を延長し、皇領から神樹の森領までをつなぐ工事を完了しております」
貴族達から満足そうな感嘆の声が聞こえる。
「現在は領都アディーエと、皇領からアディーエへつながる宿場町、サテライト1とサテライト2の三ヶ所に長城と同レベルの防壁を備えた城塞都市を建造し、防壁内では農畜産業を行える状態にあります。また、サテライト1に流れ込んでいた移民希望者もサテライト1の防壁内の仮設住宅で生活できる状態となり、順次サテライト2、アディーエへの移民が開始されています」
サテライト1、サテライト2、アディーエのそれぞれの開拓、発展の状況報告をし、移民の受け入れ態勢にも余裕が出てきたため、各領地でスラムに溢れた子供を中心に≪樹海の魔境≫領で受け入れを行う趣旨の宣言も行われた。今後の工事と街の発展見込みについて説明し、およそ3年を目途に領内である程度の自給自足が賄える態勢を作り、5年後には税収を黒字に持っていく計画で締められた。
「……となります。詳細については報告書を用意いたしましたので、後ほどお目通しをお願いいたします」
「あい、わかった。こちらで予想していた以上の早さで発展しているようで何よりである。急激な人口の変化で税収や支出の規模も変わって来よう。今回の経過報告と提出資料を元に、≪樹海の魔境≫の税の免除期間、投資額を再検討するものとする」
「「「ハッ。ありがたき幸せにございます」」」
「して、3人にはまだ聞きたい事がある。この後に場所を変えて話を聞かせてもらおうか」
「「……ハッ。承知いたしました」」
「(想定通りの流れ……だけど、さっきのカミュラ様の発言のせいかそっちの話をされる気しかしない……)」
◆◆◆◆
謁見後、通された応接室で待機していると、しばらく後に皇王陛下とリカインド宰相が入室してきた。
「待たせたな」
皇王陛下の入室に合わせて立ち上がっていたカミュラ、ユイエ、アーデルフィアは立礼をし、着席を薦められるまでその体勢を維持した。
「礼はよい。用件は凡そ当たりが付いているのだろう?」
「「ハッ……」」
一旦あげた頭を、ユイエとアーデルフィアは再び下げた。
「してカミュラ。半年与えた時間で、少しは進展したのだろう?」
「はい、皇王陛下。条件付きではございますが、ドラグハート家の一員となれるように努力して参りました」
「そうか。それで、その条件とは?」
「はい。ドラグハート家の正室はあくまでアーデルフィア様で、私は側室に降嫁する事を条件に受け入れのお約束を頂けております」
「降嫁して側室か。ドラグハート魔境伯、この条件に間違いないか?」
「ハッ……。私はアーデルフィアを一生正室として愛し続けると誓っております故、間違いございません。ここで誓いを違えて受け入れなどしようものなら、私は私自身を信じる事が出来なくなりましょう」
「ふむ。あくまで前言撤回はしない、という事だな?」
「はい。格別のご高配を頂きながら、この様な回答となり、誠に申し訳ございません」
「だそうだ、エドワード」
ミヒャエル・ウル・レーベンハイト皇王陛下はエドワード・フォン・リカインド宰相に顔を向け、軽い口調で告げた。
「ドラグハート夫妻の仲を違えさせる事も、皇国から離れる決断をさせる事も、我々の本意ではございません。カミュラ皇女殿下には心苦しいところですが、降嫁して側室入りして頂くしかありませんな?」
「で、あるな。今更娶る気は無かった、というのは通じないぞ。良いのだな?」
「畏まりました。それではこのカミュラ・レーベンハイトはユイエ・フォン・ドラグハートの側室として降嫁し、レーベンハイト家とドラグハート家の結びつきをより強固にすべく、全力を尽くす所存でございます」
「「(え~?そんなあっさり呑んじゃうの?)」」
ユイエとアーデルフィアは真面目な顔を維持しつつ、事の展開に呆気に取られ、うまく言語化できない状態になっていた。
「どうした、ドラグハート卿?いや、これからは義息子のユイエと呼ぶべきかな?」
「いえ、その……。あまりに不敬な申し出の故、皇国から切り捨てられる覚悟も決めておりましたので、この展開に呆気にとられております」
「ははは、そうか、そこまで覚悟を決めておったか。ならばこの一手は打ち損ではなかったな?」
「さようでございますな、陛下」
大笑いするミヒャエルとエドワードを前に、ユイエとアーデルフィアは「掌の中」というワードが脳裏に浮かび、政治の世界はやはり恐ろしいものだと、認識するのだった。
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