第5章 第1話 皇都に経過報告
文官女子隊とカミュラが≪樹海の魔境≫領にやってきて、半年が経過した。
彼女らの能力によって≪樹海の魔境≫の政務も軌道に乗り、ユイエとアーデルフィアにも自由に使える時間が増えた。先住文官達の表情も、柔らかくなり生気が戻ってきている。
この半年でカミュラに心変わりや、何かしら心情に変化が見られれば、と見守っていたのだが、カミュラはアーデルフィアとユイエと共に生活して働く事でより身近に感じるようになり、側室入りする決意を更に固めてしまったらしい。
一方、アーデルフィアとユイエにとってもカミュラは頼りになる政務官で仲間の一人、という位置づけになっていた。今では家族として受け入れようという心構えも出来てきている。
とはいえ、この問題は当人同士の話し合いだけで決めて良い事ではない。次の皇都行きの際には領地の開拓状況の報告の他に、カミュラから皇王陛下と宰相にドラグハート家への降嫁に関する相談も予定している。
「そろそろかな、とは思っていましたけど、明後日ですか……」
「はい、執務状況的に急ぎで対応しないといけない案件も落ち着きまして、丁度よい頃合いかなと」
前々から執務が落ち着いて来たら一度皇城に帰って開拓状況の報告と、降嫁に関する相談をすると決めていたため、覚悟は出来ていた。
「ユイエ君、もう腹は括ったんでしょ?今更二の足踏んでどうするの」
「アーデ、そうは言うけどね。やっぱり緊張するものは緊張するよ」
サテライト1とサテライト2の街の整備も順調に進み、アディーエに向かう不定期便も増えている。
ユイエはアーデルフィアと順調な発展を遂げつつある城下町を城の窓から見下ろし、香草茶を傾けた。
「皇女殿下を側室に下さいって、不敬過ぎて討伐されないか心配なんだけど」
「でも皇国と喧嘩になっても正室の座は譲る気ないんだから、仕方ないじゃない。その時は戦うしかないでしょ?」
「ごもっとも。あの皇王陛下と宰相なら、なんとか取りなしてくれないかなぁ……」
「竜でも飛んで逃げるドラグハート卿でも、緊張するものなのですね?」
カミュラがくすりと笑いつつ、そう揶揄って来た。
「竜狩りの方が余程気楽に出来るっていうのは本音ですけどね?とりあえず、明後日の早朝に魔馬車で出発、という事で承知しました。サテライト1とサテライト2を迂回する裏道を通って速度重視で向かいましょう」
「裏道ですか?私は通るのははじめてですね」
アディーエからサテライト2とサテライト1を通って南へ抜けるのが正規ルートであるが、魔馬車で速度重視で走りたい時には一般開放していない裏道を使う事がある。
裏道は使用頻度が低いため道沿いの周辺に魔物が出やすいのだが、普段通行するのが≪樹海の魔境≫領の騎士や兵団のみである。そのため一般の馬車に気を遣わず速度が出せる。街を通り抜けようと思えば事故防止のために速度を落とさざるを得なくなるが、迂回する裏道で行けば速度を落とさずに走れ、皇都に向かうにはこちらのルートの方が早く到着できる。
「【魔物除け】しながら走れば、明後日の早朝に出て夕方までに皇都のドラグハートの屋敷に着けると思います」
【魔物除け】とは魔法の一種という訳ではなく、ユイエとアーデルフィアが魔力を抑えずに周辺一帯に魔力での気配感知を発し続ける状態の事を指す。これだけでユイエとアーデルフィアの魔力を察知した魔物達が、距離をとって近寄って来なくなる。
「承知いたしました。荷物は魔法の鞄にまとめておきますので、よろしくお願いいたしますね」
カミュラと出発日時の打ち合わせをすませると、ユイエは執務室に寄ってイクシスに情報共有をしておいた。
「2日後の早朝ですね。皇都で無礼討ちされたりしないで下さいよ」
「そうならないように努力はするけどね?内容が内容だから出たとこ勝負にしかならないよ」
イクシスの軽口にユイエは苦い顔をしてそう答えた。
◆◆◆◆
2日後の早朝、カミュラを送迎する魔馬車隊が組まれていた。魔馬車は1台で中にユイエ、アーデルフィア、カミュラ、フィロネの4名が乗っており、馬車外の護衛にサイラスとメイヴィルをはじめ魔馬に騎乗した騎士が10名程付いている。
人数こそ少ないが、いずれもサイラスやメイヴィルが同行を認める程の手練れの騎士である。≪樹海の魔境≫領において、その実力はかなり上位に並ぶ者達だろう。
早朝から城を出発して、アディーエの東門から外に出て、サテライト2とサテライト1を迂回する裏道で南へ向かい一行は出発した。
一方、【空間拡張】と【空間安定化】の掛けられた魔馬車の中では、皇城に着いてからの作戦会議が行われていた。
「最初に謁見の間に通されると思うので、そこで≪樹海の魔境≫の開発状況の報告をします。次に、応接室に移動して詳しい話を、という流れになると思いますので、その時にドラグハート家に降嫁する事を父と宰相達に話したいと思います」
「そうですね。謁見の間で皆の前で宣言してしまうより、その方が良いかと思います」
カミュラの意見にユイエも首肯した。
「私も、内容が内容なだけに、先ずは陛下と宰相に根回しをしてからが良いと思ってました」
アーデルフィアも、この件に関しては慎重に行う方針を支持している。
フィロネはこの会話に口を挟まず、香草茶を注いで回っている。
「ユイエ様やアーデルフィア様から話をするより、私から伝えた方が良いかと思いますので、口火を切るのはお任せ下さい」
この提案にも、ユイエとアーデルフィアは諾と頷き返す。
「そうね。私達が言い始めると角が立ちそうだし、カミュラ様にお任せいたします」
凡そ想定される問答についても話し合いをしておいた。後は実際の場で出たとこ勝負である。
◆◆◆◆
早朝にアディーエを出た魔馬車一行は夕方前に皇都に到着し、まずはドラグハート家の皇都邸に入った。
今夜はドラグハート家の皇都邸で休む事にして、明朝にドラグハート家とカミュラ皇女殿下が城に訪問する旨の先触れを出す予定だ。早ければ明後日に登城というところだろうか。
「緊張していますか?」
自室のソファで休んでいたユイエに、カミュラが訪問してきて声を掛けた。
「それは、まぁ……。登城したら皇王陛下に皇女殿下を嫁に下さいって言うんですよ?しかも側室に、です。これで緊張しなければ皇国民じゃないのでは?」
「そういうものですかね?」
カミュラがおかしそうにころころと笑っていた。
「そういうもの、です。大体、話の内容からして不敬だなって自覚を持ってるんですから、当然です」
「側室とはいえそれでお傍に置いてもらえるのでしたら、私は構わないのですけどね?」
「皇王陛下と宰相もそう思ってくれれば良いのですけど。まぁ揉めますよね」
「そうでしょうか?私は意外とすんなり許可が下りそうだと思っているのですが」
「それは……どうでしょうか?カミュラ様の方が皇王陛下と宰相の事を分かっておられるでしょう?どういう流れになりそうだとお考えなのですか?」
「そうですね……。最初は正室にとゴネるかもしれませんが、側室でなければ婚約の条件を呑まないとおっしゃるのでしょう?逆にいえば側室でなら婚約していただけるという事です。レーベンハイト家としてはそれを呑んででも縁を築きたいと考えている筈ですよ」
「そう、なのですかね?いつも特別な措置をとって頂いているのに、このような我儘、いくら温厚な陛下と宰相でも、逆鱗に触れる事になりそうだと思っているのですが」
「それはドラグハート家がドラグハート家を過小評価しているからだと思いますよ?」
「どういう事でしょうか?」
「ドラグハート家が思っている程、ドラグハート家の存在は軽くないという話です」
「そうなんですかね……?良く分かりません」
コンコンコンとドアをノックする音がして、アーデルフィアの声が扉越しに聞こえた。
「ユイエ君いる?カミュラ様も一緒?」
「アーデ?カミュラ様も中にいるよ、扉は開いてるから入っておいで」
「そう?それではお邪魔します」
アーデルフィアが扉を開けて中に入って来ると、その日の夜は3人で雑談して過ごし、カミュラが眠たげな様子になったところで部屋に送って解散した。
翌朝の早朝訓練が終わったところで朝食を頂き、皇都の屋敷の家令ジョヴァンニに皇城への先触れを頼んだ。
カミュラ皇女殿下が≪樹海の魔境≫の開発状況の経過報告を行いに、ドラグハート家を伴って登城したい事と、報告にあたり皇王陛下と宰相閣下にお時間を頂けるようにお願いしたい旨を記載した伝書を持たせてある。
ジョヴァンニは朝イチでドラグハート家の馬車で出掛けていき、昼前に微妙な顔をして帰って来た。
「どうした?何か問題でもおきた?」
「いえ、その。ドラグハート家からの遣いという事で直ぐに応接に通され、伝書を預ける事が出来たのですが……。カミュラ皇女殿下とユイエ様、アーデルフィア様が来られる様なら、今日の午後からでも訪問するように、とのご指示を頂いて参りました」
「今日の午後?」
「はい、その様に申し伝えられております」
思わず訊き返したユイエだったが、先方の指示とあらば否やはない。
「分かった。アーデルフィアとカミュラ様にも伝えてこよう」
ユイエが【空間探査】してアーデルフィアとカミュラの現在位地を確認すると、それぞれに伝えに行った。
ユイエとアーデルフィアは揃いの騎士服が礼服を兼ねているためすぐに出掛ける準備は完了したのだが、カミュラは皇城に向かうためにフィロネに手伝ってもらってドレスに着替えてきた。
「取り急ぎの準備はこんなところでしょうか。開発状況の説明資料なども魔法の鞄に入れていますので、忘れ物はないかと思いますが……」
カミュラは自分のドレスの着付けと魔法の鞄の中の資料を再確認して、大きく頷いていた。
「カミュラ様の準備も大丈夫そうですし、出発しましょうか」
「わかったわ」
「わかりました」
◆◆◆◆
黒塗りの車体に金色の彼岸花の家紋が入ったドラグハート家の馬車で皇城に乗り付け、身分証明を済ませると城門を潜って城の正面入り口前のロータリーで下車する。案内役の騎士に先導されて待ち合いの時間に控える応接室に通される。
「何か御用がございましたら何なりとお申し付けください」
案内役の騎士と入れ違いで入って来た侍女が、綺麗な所作で頭を下げて香草茶の準備に取り掛かった。
「リカインド宰相の執務室に通されるかと思っていたけど、待合室とはね」
ユイエがポツリと溢した。
「待合室って事は準備が出来たら呼び出されるって事よね?今朝の今で謁見の間行きなのかしら」
アーデルフィアが想定外の展開の速さに若干戸惑いながら思案する。
「そうですね。謁見の間だと思いますよ。そこで大体的に報告が済んだら、別室に移動して詳しい話を……という流れだと思います」
カミュラがアーデルフィアに頷いて応えた。
「この後の流れは想定通りってことですね。朝出した先触れで昼には登城って、このスピード感だけは予定と違いますけど」
ユイエも苦笑いしつつ、カミュラに返した。
「大体、父と宰相なら既に知っていると思いますけどね?」
「「え?」」
「一応、一国の王とその宰相ですよ?目なり耳なり、色々なところに放たれているものでしょう?」
「「おぉ……。そうですね……」」
この土壇場で告げられた想定していなかった話に、二人は思わず思考が停止した。
評価、ブックマーク登録、いいね などの応援をお願いします。
モチベーションや継続力に直結しますので、何卒よろしくお願いいたします。




