第4章 第12話 かくしごとはなんですか
文官女子隊がアディーエに到着してから1ヶ月が経過した。
その間に文官女子隊用の宿舎棟を完成させて、仮伯させていた騎士団用宿舎から各自週末に引っ越しする様に指示を出している。その際の荷物の移動用に魔法の鞄も貸し出ししている。
「何とか1ヶ月で体制化も間に合いそうですね」
イクシスが窓辺で引っ越し作業中の文官女子隊の様子を眺めながらそう言った。
「そうだな。カミュラ皇女殿下が想像以上に有能でイクシスが完全に部下になってるよね?」
「そう言われても仕方ないですけど……。滅茶苦茶有能なんですもん。理想の上司過ぎて、今更皇都に帰りますって言われたら絶望してしまいますね。その原因がユイエ様だとしたら一生恨む自信がありますよ」
「なにそれこわい」
しかし実際のところ、イクシスの希望とは反するが、カミュラがいつまでアディーエに長く留まってくれるかは未知数である。
今のところ、カミュラからユイエへの積極的なアプローチは受けていない。それ以上に仕事を優先してくれている。
今のままなら皇都から呼び戻されるまでは居てくれそうな気がするのだが、カミュラ皇女殿下は皇室に連なる者である以上、必ず婚約や結婚の話は降って来るだろう。
この宙ぶらりんの状態がいつまでも続くという事もあるまい。
しかし一旦皇都に戻ってからは、再びアディーエを訪れる難しいだろうと思っていた。
というのも、一度皇都に帰ればカミュラはドラグハート家への側室入りについて、陛下や宰相と話し合うであろう事が予想されるからだ。
そうなった時、ユイエとアーデルフィアの予想としては許可が下りず、破談になる可能性が高いとみている。それだけ皇室に連なる者の立場は優先されるのだ。
最悪の場合は、アマツハラ皇国を脱出しなければならない事態も考えられる。
そんな事を考えていると、執務室の扉がノックされた。
「どうぞ」
叩き方の癖だろうか。今のはアーデルフィアの叩き方だと思いつつ入室を許可すると、アーデルフィアとカミュラがフィロネを伴って入室してきた。
「ユイエ君、前に言ってた話さなきゃいけない事の件、そろそろ時間もらいたいんだけど、大丈夫そう?」
「あぁ、分かった。場所を変えようか。イクシスは続き頼むね」
「いってらっしゃい」
◆◆◆◆
応接室に場所を変え、フィロネに鎮静効果のある香草茶を淹れてもらって話し合いの体勢を整えた。予め人払いを依頼していたため、フィロネは応接室から出ると扉の前で見張りに立ってくれている。
「念のため【遮音】の結界も張っておくね」
アーデルフィアが【遮音】魔法まで掛けてまで扱いを慎重にする話し合いである、という事が伝わって来た。
「これでよし、と。それじゃあ二人に関係する重要な情報をお話したいと思います」
アーデルフィアは向かいの席で居住まいをただし、ユイエとカミュラをお互い顔を見合わせると、大きく頷いて返した。
「あぁ、わかった。本題を頼む」
アーデルフィアも頷き返して、口を開いた。
「実は……。二人は既に普通の人間を辞めてました!黙っててごめんなさい!」
「「えぇ?(困惑)」」
この人何言ってるの?という顔でアーデルフィアをみる。
「えと、ね?二人は汎人種として生を受けた訳じゃないですか?」
ユイエとカミュラがそれに首肯する。
「で、実は今現在、二人の種族は、“上位汎人種”になっています」
「どういうこと?」
「二人に共通する事象といえば?」
「魔力炉融解症に罹って、それを竜の心臓を触媒にした魔法儀式で快癒した事、でしょうか?」
アーデルフィアが首肯して続ける。
「その通りです。二人とも、竜の心臓での魔術儀式後に魔力が増えたなとか、ちょっと治っただけじゃない変化があった筈です」
「えぇ、久しぶりにやった魔法の訓練で妙に魔力の活きが良くなってて、魔法が上手く操れるようになったと思っていました」
「私は……発病する前の事はあまり覚えていなかったかな?」
「その、まずは上位汎人種って何でしょうか?耳長族にとっての上位耳長族みたいな、上位種なんですか?」
「えーとね、魔力適性と寿命が上位耳長族並になってます」
「魔力はともかく、寿命まで?」
「えーと、どういうことでしょうか?老化してから死ぬまでが長いのなら、ちょっと嫌かな、と思いますけど……」
「あ~、そこまでは分からないんだけど、多分上位耳長族みたいに若い期間がずっと続くんじゃないかな?本当はユイエ君の成長を観察して、確証を得てからユイエ君に話そうと思ってたんだけどね。カミュラ様の魔法儀式の時に、カミュラ様も上位汎人種になってしまっていたので、話すタイミングを考え直しました。カミュラ殿下としてはドラグハート家の一員になりたいというお話もありましたので、諸々がごにょごにょとして話すのを早めた訳です」
「ごにょごにょは分からないけど、経過観察してから発表したかったというのは、アーデらしいかなと思う。デメリットはどうなの?氣が下手になるとか寿命は長いけど病弱になるとか」
「特にないっぽいけど……。強いて言えば家族とか友達、他の皆を見送る側に立つようになるってことかな?まぁ耳長族とか上位耳長族は大体そうなんだけど」
アーデルフィアが頤に指を当てて考えつつ続ける。
「後は、汎人種からの妬み、嫉み、嫉妬が増えると思う。上位汎人種になる方法を教えろとかって押しかけてきたりしそう」
「それは仕方がないかな……。他にデメリットがないのなら、単純に一緒に生きられる時間が増えたと思って喜んでいいのかな?」
「若い期間が長くなって3人一緒で生きれる時間が増えたって事ですよね?それは私も嬉しい、です」
「そんなに単純じゃないとは思うけどね?そもそも魔力炉融解症の治療は2度しかやったことがないもの。やり方を教えて、他の人も上位汎人種になれるのか?魔力炉融解症に罹ってなくても儀式魔法だけで上位汎人種になれるのか?とか、もし魔力炉融解症の罹患なしで儀式魔法さえ施術すれば誰でも上位汎人種になれたら、世間バレした時に大騒ぎになるよ。お金とコネがあれば不老長寿が現実的になるんだから」
ユイエが腕を組んで考え込む。
「まぁ確かに……。成れるものなら成りたいと思うだろうしね」
「そうですね。竜の心臓を手に入れられる財力やコネがあれば、誰だって試してみたくなるでしょうし」
「あぁ、それは何か嫌だな……。青種も狩られて絶滅しそう」
「うん、儀式魔法で“誰でも”だったら、青種の保護とかも真剣に考えないといけなくなるね」
「3人で不老長寿と浮かれてしまいましたけど、確かに面倒事が多そうですね……」
ユイエに続いて、カミュラまで考え込んでしまう。
「ま、そういう訳で。カミュラ様も他人事じゃなくて巻き込まれている側なのでした。早い内に隠遁して世間との接触を断っておくか、それとも私達と一緒に生きる事を選ぶか?ドラグハート家と付き合っていくという事はそういうリスクもあるんだって事を肝に銘じて、よく考えて下さいね」
「はい、分かりました」
カミュラは真剣な顔で頷いて答えた。
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