第4章 第9話 文官女子の大移民団
ユイエは何かを考え口を開こうとして、やはり何も言えないままで皇都の屋敷へと帰って来た。
ドラグハート家の屋敷、ユイエの私室のリビングにて香草茶を飲みつつ、アーデルフィアの様子を窺いながら、その重たい口を開く。
「あの……さ、アーデ?いくら皇室相手だからって、嫌な物は嫌って言って良いと思うんだよ?」
「ユイエ君。それが通るのは無くなっても惜しくない貴族家だけだよ?」
「だとしても私は、魔境伯としてのドラグハート家よりアーデ1人の方が大事なんだけど」
「ありがとう、ユイエ君。私だって他の誰よりもユイエ君1人の方が大切だけど、それとこれとはもう別に考えなきゃいけないってのも分かるでしょ?ユイエ君の一番の座が奪われるのは我慢出来ないくらいに嫌だけど、ユイエ君はずっと私を一番にしてくれるでしょ?」
「うん……。それは変わらないと思う」
「なら良いのよ。あとは女同士の人間関係の話だから。あ、でもユイエ君があっちこっちに勝手に手を出して来ちゃうのは許せませんので」
「うん」
「手を出すなら最低でも私に報告して筋を通して、婚約決めてからにして頂戴?文官女子の誰かを勝手に、とかも許せないけど、娼館とかはもっと絶対駄目。思わずもいじゃうかも」
「ヒェッ」
ユイエが、もがれる自分を想像してヒュッとなり、内股気味に萎縮する。
「あとね、これは陛下と宰相の思惑だろうけど、文官女子で固めたのは他所の家からのアレコレをシャットアウトするためでもあるし、それと同時に私とユイエ君が政務向きな人間じゃないからってのも大きいと思うの」
「ドラグハート家の弱点を補ってくれるため?」
「うん。東方戦線の時は無事に帰って来たにしても、いつまでも幸運が続く訳じゃない。いつか何か起こるかもしれない。そんな時のために、ちゃんとした政務や社交の場に向いた人材を確保しておく事と、同じ立ち位置に居てドラグハート家を支えてくれる2番目、3番目が居てくれた方が安心感が違う訳」
「まぁ……。言いたい事は分かったけど。私達二人で出掛けて帰って来る度に館詰めされるのも、イクシス君には悪いけど正直うんざりするし。でも、私の目線ではアーデしか見えてないと思うからさ。アーデの方からこの人なら、ってのを見付けてもらえると助かる、かな」
「ありがとう。とりあえず筆頭はカミュラ皇女殿下じゃないかしら?」
「は?え?カミュラ皇女殿下が?そんなのアーデが率先して阻止するところじゃないの?」
「正室の座を譲れと言われたら断固として断るけど、側室で良いというなら断らないわよ」
「えぇ……。いつの間にそんな仲良しになってたの?魔力炉融解症の時にちょっと知り合っただけじゃない?」
「カミュラ皇女殿下は今回のこの件とは別にして、いずれ仲間に引き入れたいと思っていたのよ」
「?そうなの?何か理由があるって事だよね?」
「そういう事。彼女にその話をする時には、ユイエ君にも必ず同席してもらうからね」
「う、うん。わかった」
◆◆◆◆
登城から3日後。
ドラグハート家の屋敷の庭に、ざっと10台近い魔馬車が並んでいた。
それぞれの馬車内は【空間拡張】と【空間安定化】が施された貴族仕様で、ゆったり寛げるソファとテーブル、侍女まで付いた移民馬車団である。
「いやー、ここまで魔馬車が集まってると威圧感すごいね」
魔馬は種類別で色々といるが、標準的なストレイガル種の魔馬ですら通常の馬の1.5倍近い体躯なのだ。
10台分も集まればすわ戦争か?という程である。
「文官女子隊50名及び世話係の侍女隊、併せて揃いました。本日はよろしくお願いいたします」
カミュラ皇女殿下が引き連れた文官女子50名とその侍女隊10名、カミュラ皇女殿下の専属の侍女が1名を代表してユイエに報告する。
「ユイエ・フォン・ドラグハートです。こちらが妻のアーデルフィアです。妻ともども、何卒よろしくお願いいたします。それぞれのお名前はいずれ覚えさせてもらおうかと思いますので、今はご容赦下さい」
代表してユイエだけ挨拶し、その横でアーデルフィアと一歩後ろでイクシス・ワトソンも頭を下げている。
短いながら挨拶も済ませたところで、一同はそれぞれ割り当てられた馬車に乗り込んでいく。
今回は、魔馬に騎乗した護衛の騎士団までついている。
これだけの大規模移動で喧嘩を売って来る野盗は居ないだろうが、サテライト1からアディーエに到着するまでの護衛としては必要だろう。更に言えば、この魔馬車群は皇室の家紋付きであり、あくまでアディーエに送り届けるだけの馬車群であること。
つまり、復路で馬車群を護衛する戦力が必要なのだから、行きの時点で皇国騎士団が伴走するのは当然であった。
皇室の家紋付きの魔馬車群を先導する形で、ドラグハート家の家紋入りの馬車が走りはじめた。
窓から外の馬車達も動き始めた事を確認して、室内に視線を戻した。ドラグハート家の馬車も【空間拡張】と【空間安定化】が付与された快適な馬車である。仕様だけで言えば皇室の馬車にも負けては居ない筈だ。
負けてはいない筈なのだが、現在は車内に違和感しか湧かなかった。
「カミュラ皇女殿下は、皇室の馬車でなくこちらの馬車でよろしかったのですか?」
カミュラが専属侍女のフィロネの淹れた香草茶を飲みながら当たり前のような顔で同席している。
ユイエ達もフィロネの淹れてくれた香草茶をありがたく頂きながらも思わず疑問を口にする。
「えぇ、私はこの馬車で合っていますよ?でなければアーデルフィア様とユイエ様、それにイクシス様とお話する機会が減ってしまいますもの」
「僕が場違いなんですかねぇ?」
イクシスが身を縮めるようにボソッとユイエに訊いてみる。
「いや、イクシス君はドラグハート家の内政のアレコレを仕切ってくれているんだから、これからの事も踏まえて情報共有するために居ないと駄目だろう?」
ユイエがイクシスにそう返すが、イクシスは納得いかなげな様子のままだ言う。
「いや~、居ない方が捗る話し合いもあるでしょう?つい最近そういう掛け合いの圧を浴びたばかりで僕お腹一杯なんですけど」
「だからだよ逃がさねーよ?イクシスくぅん?」
「くっそ!乗る馬車間違えた!」
魔馬車での大移民団は夕刻にはアディーエに到着し、城壁内の仮設集合住宅に護衛できた騎士達を案内し、文官女子と侍女達には別棟の宿舎へと案内した。
文官女子達の今後の活躍次第で、毎日死んだ目をした文官達に活気が戻れば、と願わざるを得なかった。
なお、カミュラ皇女殿下とそのお付きのフィロネを別棟の宿舎に案内するのは憚られたため、城内の客間へと案内させていただいた。
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