第4章 第5話 翼竜《ワイバーン》兵団
プロテイオス辺境伯家に竜素材の納品を完了すると、ユイエ達は領都アディーエにとって返した。行きと同じ12日間の移動を終えてアディーエに着くと、ユイエとアーデルフィアは次の行動のために動き始める。
取り急ぎアディーエの内政官達に緊急の仕事を選ばせて決裁を通すと、精兵50名を連れて東の辺境伯家の戦線に助力に出掛ける旨を内政官達に伝え、魔馬車3台で第5ベースキャンプ場に向かった。
第5ベースキャンプ場に到着すると、ユイエとアーデルフィアの気配を察知した青種の竜達がキュイキュイと鳴きながら集まって来た。ざっとみたところ10頭は来ている。
今回連れてきた精兵50名は騎竜経験者である。それとは別に、魔馬車の護衛のための戦力も連れてきている。
「すまんが仲間を沢山連れてきてくれ、力を貸して欲しい」
「キュルルゥ?キュイアァ!!」
首を傾げてから翼を広げて鳴き、数頭が山に帰って行った。
「伝わってるのかな?」
「伝わってることを祈って待つしかないでしょう?」
「不安しかねぇなぁ」
アーデルフィアとユイエは目の前にきた青種の竜が伏せの姿勢になると、魔法の鞄から竜の騎乗具を取り出し、装備させていく。それをみた他の竜達も、伏せの姿勢をとって騎乗具を取り付けやすいように協力してくれた。
サイラス、メイヴィル、ポール、マーカス、ジョセフ、ヴィックスが残っていた竜達に騎乗具を取り付けていく。
しばらく待っていると、山から青種の増援がやってきた。
「伝わってるじゃん、えらい!かしこい!」
アーデルフィアがユイエの背中を叩きながら興奮気味に青種達を褒めちぎる。
ユイエとしても増援を呼んでもらった経験などなかったので心配だったのだが、ちゃんと頭数を集めてやって来てくれた事に思わず安堵の吐息が漏れた。
人間が話している言葉を覚えつつあるのか、それとも思念波会話のようにこっちの意図や希望といった物が伝わっているのか、いずれにせよ青種達の賢さ評価を1段階上げて考える事にした。
騎竜経験者50名が青種の竜に騎乗具を取り付けて騎竜すると、第5ベースキャンプ場から飛び立って行った。
街道沿いに一路東へと向かう。辺境伯家の維持する最前線を目指して飛んで行く。
数日かけて騎竜の遠征をするのは実ははじめてであった。青種達が途中で帰ろうとしないか不安だったものの、背中の騎乗具を付けたままにしたのが功を奏したのか一緒に野営もしてくれた。轡の銜を噛ませっぱなしだと青種達も食事がし難かろうということで、食事休憩の際は頭部の拘束を緩めて銜を取り外してやった。
人懐こくて小動物染みた愛嬌のある青種とはいえ、これでも立派に竜である。野営地に近付いて来る魔物や不貞の輩などは現れなかった。かといって不寝番を立てずに寝るのも憚られ、持ち回りで不寝番をしつつ旅を続けた。
街道沿いに東へ進み、途中で南下する≪神樹の森≫へと出るルートを通って≪神樹の森≫領を越えて更に東へ進む。東の辺境伯領の領都であ【ホエイソイン】の防壁外に着陸し、伝令を出してプロテイオス辺境伯に繋いでもらう。しばらく待つとザヴァスが馬車で駆けつけてきた。
「ドラグハート魔境伯!これは凄いな!妻のビレジェと息子のウイダーとバルクスもこの通り大興奮している!」
生きている竜を間近に見れるとあって、ザヴァスの家族達も連れてきていた。奥方や子供達も随分興奮しているようで、喜んでもらえて何よりである。
「プロテイオス辺境伯。突然押しかけて済みません。ここまで連れて来れるかどうかも分からなかったため、事前にお伝えすることも憚られまして」
「いや、良い。これは帝国の翼竜兵団へのカウンターとして急いで用意して来てくれたのだろう?」
「はい、そうなります。何とかここまではこれましたので、これから最前線に出向いて翼竜兵団だけでも倒そうかと思います。ただ騎乗しての戦闘行為も初陣のため、どこまでやれるかは未知数なのですが……」
「翼竜兵団だけ片付けてくれれば、勝敗の天秤は我が軍に傾くだろう。期待させてくれ!」
「はい、尽力します」
先触れに出ていた者も戻って来ているのを確認し、最前線のおおよその位置を聞いて青種の群れが飛び立って行った。
◆◆◆◆
帝国の翼竜兵団の真価は、広域展開する索敵と迅速な情報伝達にある。
一度先端が開けば高所から油壺を投下したり槍を投下するなど、敵の反撃を許さない一方的な攻撃力だって見せる事が出来る。
地上戦力を効率よく運用するための肝であり、翼竜兵団の一員である事は第2飛行部隊長シリウスとその部下達にとっても誇りであった。
「ギャオォォ!!」
「グルァ!!」
突然、翼竜達が騒ぎはじめた。
「何だ、どうしたお前ら?」
「……うん?旋回したがってますね?」
「っと、鎮まれ!急にどうしたんだ?」
第2飛行部隊の翼竜達が騎乗者の指示に逆らい、回頭したがっていた。卵から孵化させ雛のうちから世話をすることで育まれる両者の絆は強固で、騎乗者の指示に逆らう事などこれまでにもそんなに無かった事態である。
それも1頭2頭という話ではなく、第2飛行部隊の10騎が全て編隊を崩してパニックを起こしていた。
「どうしたんだ一体……」
シリウスが困惑して何とか翼竜を宥めようと、首筋を摩りスキンシップを取ろうと試みる。
そんな状態の中、ついに回頭して逆走しはじめる個体も出始めていた。シリウスが翼竜兵団に入団して以来、こんな異常事態には遭遇した事が無かった。言い知れぬ焦燥感が湧いてくる。
シリウスは暫し思案し、逆走を始めた翼竜が出た事で一度撤退する事を指示しようとした時、逆走して行った翼竜が上空から急降下してきた青い竜に襲われ、首を噛み千切られて落ちて行った。
「ド、竜?!なんでこんなところに!翼竜が怯えていたのはこれか!!」
翼竜達の異常行動に理由があった事を悟り、シリウスが叫ぶ。
「撤退だ!竜との交戦は避け、速やかに撤退せよ!!」
シリウス自身も翼竜を回頭させ、撤退するべく速度を上げようとした時だった。前を飛んでいた僚友が上空から飛んできた竜に攻撃を受け、落下していった。
「1頭じゃない?群れなのか?!」
たとえ1頭相手でも手放しで逃げるべき相手が群れて飛び、次々と翼竜を落としていく。
「なんてことだ……」
隣を飛んでいた僚友が串刺しにされ落ちていく。シリウスの視界が、竜に跨った騎士がランスで突き殺した瞬間を捉えていた。
「竜に騎竜しているだと……?!」
空は自分達翼竜兵団の物だと思っていた。この空の上で敵はいないとおもっていた。今までそう信じて疑ったことのなかった事が、目の前で否定されていく。
「(せめて本部にこの情報を持ち帰らなければ……)」
シリウスが乗騎に拍車を掛け、更に速度を上げさせる。
しかし周囲を飛ぶ竜達は悠々とシリウスに追いつき、騎乗者のランスによってその愛騎諸共で刺し穿たれ、力を失って落下していく。落下しながら見上げた空には、無数の竜が舞っていた。シリウスはその絶望的な光景に目を見開き、意識が途絶えるまで空を見上げていた。
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