第3章 第7話 ≪成木の儀≫
年末年始休暇と休講日の水曜日、陰曜日、陽曜日、木曜日が合わさり大型連休になった。
この長期休暇を使って皇都のスラムに手を入れた。スラム暮らしの少年、少女向けに炊き出しを行い、食事と寝る場所、仕事を与えるから一緒に来ないか?と誘いをかけていく。
スラム暮らしは人の気持ちを荒ませる。疑ってかかる者も多かったが、皇都のスラムに居てもどうせ碌な未来は来ない。それなら新しい場所に行ってみるのも良いかもしれない、という者達も現れる。
「一緒に来れば、私の領地に住める場所、学べる場所、仕事と食事を与える。行っても良いという勇気のある者はいないか!!」
炊き出し目的で集まって来た少年、少女達からポツリポツリと同行を承諾する者達が現れる。無理な誘拐はするつもりはない。例えそうした方が子供達のためになると確認していても、判断は各々に任せて待つ。
初日は20人程が集まり、2日目には30人が、3日目には50人も集まった。
空間拡張された大型の魔馬車を10台程だしてきたので、一度に搬送する事ができた。
アディーエの郊外に建設した施設に子供達を迎え入れて、食事と風呂、新しい着替えを与える。2段ベッドが2台の4人部屋が並んだ集合住宅の宿舎で寝て、起きたら食事をして文字と計算を学び、農業を学ぶ。
「先生達のいう事をちゃんと聞いて、沢山勉強しなさい。そうすればこの街では安心して寝れて、腹一杯食べれて、未来には仕事が待っている」
ユイエ達を信じてやってきた子供達は、想像していた以上の待遇に驚き、喜び、感謝を示した。この街で立派な大人になって欲しい。
皇都のスラムの次は、皇都の孤児院を巡った。孤児院だって経営難で苦しく、しかし子供達を見捨てられないというジレンマに苦しんでいる。孤児院の教師達もまとめて雇い入れるというと驚かれたが経験豊富な孤児院の経営者達は即戦力となってくれるだろう。
中には頑なに首を縦に振らない経営者もいた。そういう者達は後援者の都合だという。助けの手は伸ばした。しかし届かなかった子供達も多い。もやもやはするが、自分達の手の届く範囲は狭く短い。複数の孤児院の子供と経営者を丸ごと引き受け、更に200人近くの子供と20名の大人を領都アディーエに連れて帰った。
皇都のスラム、孤児院から集めた子供達を約300名、孤児院を経営しつつ教師をしていた大人達を20名。これが孤児院兼初等教育、農業教育の第1期生となった。
まずはお互いが手探りでの運営開始である。伸ばせる手が増えたなら、2期生、3期生と続いていくだろう。
子供達の受け入れと並行して皇都の探索者ギルドのギルドマスター、バイアンに相談を持ち掛けていたアディーエへの探索者ギルドの誘致も成功した。
ギルドでも「魔境伯の領地で探索者になろう!」みたいな広告を掲げて、アディーエでの探索者活動を宣伝してくれた。
アディーエは立地が巨獣エリアのため、探索者の初心者には厳しい現場である。そのため、第1ベースキャンプ場に初級探索者向けの宿場街とギルドの出張所を整えた。浅いところで腕を磨き、いずれアディーエで活躍してくれる事を祈る。
◆◆◆◆
そんな事をやりつつ、年末年始は皇都と領都を行き来しまくり、うまいこと新年の宴のタイミングはアディーエでやり過ごすこと計画を立てていたのだが、星昌歴876年、年末行事の方の≪成木の儀≫に引っ掛かってしまった。というか存在を忘れていた。
ウェッジウルヴズ大公に捕まってしまい強制参加となって新成人を祝う式典に出る事になった。
新成人ばかりの催事場で式典が行われた。新成人という事で同年代ばかりで、学園の式典と大差がなく、意外と我慢できた。因みにイクシス・ワトソンも同席していた。
式典が終わってウェッジウルヴズ大公に挨拶に戻ると、大公からアーデルフィア諸共抱き締められた。
「アディ、ユイエ君、新成人おめでとう。よくぞここまで育ってくれたね」
「ウェッジウルヴズ大公とアーデに助けて貰えたから、私はここまで来れました。本当にありがとうございます」
日頃から感謝はしているが、こういう節目が用意されると気負いなく吐き出せる想いもあった。
「学園もあと半年で卒業だ。その時はきちんと結婚式を挙げるように」
「あはは……。はい……」
社交界嫌いの2人とはいえ、さすがにこの宴を断ることは出来ない。卒業直後に開けるように今から準備をしておくと言われてしまった。
「あと、≪神樹の森≫からの移民希望者を募った。内政官が不足しているだろうから文官中心だよ。見習いみたいな若い子達だけど、30名程来週には皇都に着くだろう。来週末にでも連れ帰っておくれ。あと、領地の運営が落ち着いたら≪神樹の森≫への道の開拓も頼むよ?」
「「ありがとうございます」」
◆◆◆◆
星昌歴877年。1月上旬。
連休が終わると冬学期が再開される。
3日学園に通って4日領都で暮らすという生活サイクルの再開である。領都の方も試行錯誤しながらだが徐々に落ち着きつつある。というより、流入速度を調整して回せる範囲になんとか落としている感じだろうか。
アディーエの立地が≪樹海の魔境≫の巨獣エリアとなっているため、移民が自力で辿り着くのは難しい。第1ベースキャンプ場に人が集まり、受け入れられる人数だけ順次アディーエ行きの魔馬車に乗せて行く、そんな不定期便が出ていた。
酒を運んでくるマインモールド領からの定期便に、ドノヴァン大公への感謝状と人材派遣の嘆願書を持たせて送りかえした。
欲しい人材は建築系と土木系である。費用は竜素材と魔法系鉱物のインゴットで支払いする。
翌週末、皇都に着いた≪神樹の森≫からの受け入れ30名とその家族達を魔馬車に乗せてアディーエに搬送して受け入れた。待望の文官の増員に先住文官達が喝采を挙げた。イクシス・ワトソンも他の文官達と一緒になって喜んでいた。馴染めた様で何よりである。
今回は文官25名、武官5名、その家族が60名程である。既婚者の配偶者も仕事がしたいならできるだけ希望に添えるようにしたし、小さな子供達をもった夫婦達のために、皇城の城壁内の一画に託児所の施設を用意した。
子供をもった夫婦達の場合、託児所を利用して社会復帰を出来るようにするのが目的であった。
子供達の母親が中心となって託児所の職員を務めてくれる事になっている。アーデルフィアの素案に沿った試みだったが、殊の外受け入れられ、安心して働けると好評だった。
また、今回の移住者とは別に、付き合いの長いサイラス、メイヴィル、マーカス、ジョセフ、ポールの5人も正式に≪樹海の魔境≫所属に異動するという指令書が添えられていた。5人はリオンゲートに以前から異動願いを出しており、それを正式に認められた形であった。
別れが近いと思っていただけに、正式な異動とあって思わず嬉し泣きした。
≪樹海の魔境≫所属の正式な騎士となったため、装備もこの領都の標準装備である竜素材の装備一式になり、装いを新たにしていた。
エドワードからドノヴァンに発注された≪樹海の魔境≫の開発計画は、期限をユイエとアーデルフィアの学園卒業までとされていたが、その期間内でエドワード宰相からの指示は、東西南北への縦断横断の道を開拓する事と、領都と鉱山の開発、整備である。指示されていて着手出来ていなかった東への道の開拓は、ドノヴァン大公に依頼した増援部隊の到着により一気に開発を進められる事になった。
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