第3章 第3話 献上品
黒種の竜を討伐して鉱山開発エリアと青種の竜達を助けてから皇都に戻り、魔境伯ユイエは、ウェッジウルヴズ大公の屋敷のバルコニーで物思いに耽っていた。
「で、決まったの?」
アーデルフィアに詰められ、ユイエは顔を逸らす。
「……決まったと思うの?」
ユイエが逆に問い返す。
「だよね、知ってた」
アーデルフィアはお手上げとばかりに脱力した。
「あのさー。急に領都の名前決めろとか無茶振りじゃない?」
「普通はとっくに決まってるものだとおもうけれどね?」
ユイエがバルコニーの手摺にだらしなく身を預けて項垂れる。
「でも真面目な話、ちゃんと決めないと関係各所に迷惑かけるからね?」
「……。アディーエ。≪樹海の魔境≫領都アディーエ」
「……まぁいいけど(アーデルフィアのアディと、ユイエのエをつなげただけの名前、領都の名前に使う?どんだけ私の事大好きさんかッ)」
「よし、内政官に伝えて来る」
◆◆◆◆
「そういえば黒種の竜の素材ってどうだったの?」
「≪鑑定≫してみてってこと?」
「うん、そう」
「うーん、特に。普通に竜素材の黒い版で、強度がちょいちょい高いけど別物みたいに凄い訳じゃない、みたいな?」
「そっか、なら献上してみる?魔境伯としてちゃんと仕事してますよ~っていうアピールで」
「差し出して悔しく思うようなモノでもなかったし、別に良いんじゃない?」
「それじゃ登城してみますか」
「はーい」
翌日、皇都に戻ったユイエがリカインド宰相に面会を求めると、あっさり通された。
「魔境伯、今回はなにかな?」
「魔境伯の名前の通り、魔境の治安維持を頑張ってます、というアピールで獲物を納めにきました」
「獲物の献上?」
「はい。生モノなので食べるなり剥製にするなり好きにしてください」
「竜か。確かに良いアピールになる。アピール目的であれば見栄えのする赤種だな?」
「流石リカインド宰相閣下。ご慧眼ですが残念、色は違います」
「ほう?」
「黒種です。赤種の倍は大きな個体でした」
「なんだと……?すまんが見せてくれるか?訓練場なら出せるな?」
「はい、訓練場なら出せますね。では参りましょうか」
エドワードとその護衛や取り巻きがわらわらと付いてきて、今訓練場に着いたところである。
「では、出しますよ」
「うむ、たのむ」
特製の魔法の鞄から伏せの姿勢の黒種の身体を取り出した。その横でアーデルフィアが黒種の頭を取り出し、元の位置に据えた。
「おぉぉ……」
「……魔境にはこんな化け物が出るのか」
「この巨体の首を斬り落として仕留めたということか?人間技じゃないだろう」
エドワード宰相が黒種を見ながら呆れ笑いを浮かべ、配下に指令を出した。
「ハハハッ。おい、陛下と皇室の方々にも訓練場で面白いモノが見れると伝えて来い」
目に見える脅威があり、その脅威を倒した剣がいる。これ以上ない程分かり易いアピールであった。
その日、訓練場から黒種の死骸が運び出されることはなく、その死骸をどう活用するかで討論が起きたのだが、陛下の意向で剥製にして皇城前の広場で一般公開する事に決まった。
「打倒された目に見える脅威の姿と、その脅威を打倒したのだという権威の誇示。一般公開されればそれが観光資源にもなり、諸外国にも知れ伝わろう。『あまり我儘を言うと魔境伯をけしかけるぞ?』という外交カードにもなった。実に効果的な献上品であったよ」
エドワードのユイエの評価がまた1つ繰り上がった。
◆◆◆◆
星昌歴876年。10月上旬。
黒種の竜を丸ごと献上して1ヶ月が経過し、皇王陛下から献上品に対する褒美という形で、皇室が所有している皇都の屋敷を1邸下賜された。
皇家の傍流の者が使っていた屋敷らしく、血が途絶えて皇室管理の元で管理維持されていた物件だという。
途絶えた理由は、男子を授からなかった夫婦が没した後、子供が女子だけだったため、子供達の嫁入りと共にこの屋敷を使う者がいなくなったため、との事であった。
皇城に対して南側の貴族街にある1区画で、屋敷の敷地はウェッジウルヴズ家の大公邸より僅かに狭いが造りは立派で、白と黒を基調とした上品なシンプルさが趣きがある邸宅であった。ゴテゴテと飾り立てるのが好みではないため、この清貧さは、寧ろ好ましい物件といえた。
元々屋敷の管理を行っていた執事と侍女達が居てセットで付いて来て、しばらく試用期間となりお互いが合意に落ち着けば魔境伯家の所属に異動となるそうだ。
「ユイエ・フォン・ドラグハートです。本日からよろしくお願いいたします」
「アーデルフィア・ウェッジウルヴズです。同じくよろしくお願いいたします」
「家令のジョヴァンニと、侍女長のリューネでございます。まずは試用期間となりますが、よろしくお願いいたします」
家令のジョヴァンニが代表して挨拶し、使用人達が一斉に立礼をした。
家令のジョヴァンニと侍女長のリューネは耳長族のため年齢不詳である。他に鉱山族や汎人種の使用人も居る。
「はい。家令のジョヴァンニさんと侍女長のリューネさんですね。他の方々のお名前は追々覚えさせて頂きたいとおもいます」
ユイエとアーデルフィアも立礼を返し、お互いを知り合って見定めあうための試用期間がはじまった。
話ではこの屋敷が皇室の管理下に入ったのが5年前だそうで、それでも日々屋敷の手入れは怠らず管理が続けられていたのだろうという事が伺えた。
ユイエとアーデルフィアにとっては、使用人達の初対面での印象はかなり高得点であった。
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