第3章 第1話 虫の知らせ
星昌歴876年。8月中旬。
去年度の春季休暇3月の末頃にドノヴァン大公に発注していた量産型の竜素材の装備を8月中旬時点で完成していた分だけ受領してきた。その数、実に200セットに及ぶ。
≪樹海の魔境領正式装備(竜素材の全身甲冑)≫
【強度強化】、【魔力伝導率強化】、【自動清浄】、【自動修復】、【自動サイズ調整】、【環境適応】、【魔法耐性】
≪樹海の魔境領正式装備(竜素材の武器)≫
【強度強化】、【斬れ味強化】、【魔力伝導率強化】、【自動清浄】、【自動修復】、【自動サイズ調整】、【魔法体制】
皇都から連れてきた騎士が152名、探索者から転職した騎士が30名。182名全員に竜素材の装備が行き渡った。
その武装のレベルは間違いなく皇国騎士団を上回る。日々魔物との戦闘を繰り返しているだけあって、練度でも上回っているだろう。
防壁内で農業も開始した。畜産業として品種改良された魔馬も育て始めた。騎士家の子供など、衛兵隊に入って街の治安を守る仕事に就く者もいる。仕事が欲しいなら建築か農業に手を上げれば、なにかしら仕事にありつける状態だった。
ある程度夏季休暇中に目処が立ち、9月の始業式には皇都に帰ってこれた。
来賓の挨拶を聞き流しながら、今後について検討する。
経営がヤバい領土の領民も受け入れしていきたいが、貴族と穏便に話を付けなければ問題になりかねない。その労力の割に得られる人材は少なそうという問題もある。
皇都にすらあるスラムの少年少女を連れ帰り仕事を与えるのは可能だろう。真っ当な生活に更生できるまで時間がかかりそうではあるが、スラムから少年少女が居なくなって困るのは彼ら彼女らを食い物にしている悪い大人だけである。孤児院と初等教育を行う機関が必要になる。
真っ当な経営をしている孤児院を探し、丸ごと領土に引き込めれば土台はできそうだ。そのためには情報が必要だろう。調査はイクシスに依頼して、情報を集めさせ取りまとめしてもらうことにした。
次に考えるのは東側への街道の開拓と≪神樹の森≫との接続だ。この辺りまでを今年度の目標に据えて考える事にした。
始業式初日は式だけで終わり、ウェッジウルヴズ大公の屋敷に帰宅する。そういえば今年度中に皇都に屋敷も用意しなければならない。いや、社交の場として使う予定はないから、王都に居る時だけホテル暮らしでも良いのかも。どちらにしろ、1年間の作業としての優先度は低い。
持ち帰ったカリキュラムの一覧を眺めていると、廊下からドアをノックする音が聞こえた。
「はい。開いてますよ」
「おじゃましまーす」
アーデルフィアがカリキュラム一覧と筆記用具を持って部屋にやってきた。ユイエが手に持つカリキュラム一覧を見て頷いた。
「一緒に考えましょ」
「仰せのままに」
アーデルフィアとカリキュラム一覧を見ながら計画を立てる。
「必修科目はもう全部単位取れてるし、あとは卒業に必要な単位を稼げば大丈夫ね」
「そうだね。また火曜日、土曜日、金曜日の3日でて4休にする?」
「それで十分に単位は足りそうね。そうしましょうか」
「じゃあ、火曜日、土曜日、金曜日の3日間に入れる講義は……」
政治経済、薬学、植生学などなど。≪樹海の魔境≫の運営で役に立つかも知れない知識を得られそうな講義を選んで時間割を組み立てていった。
翌朝、早朝訓練を済ませてから朝食をいただく。
学生生活どころか公務に奔走する毎日になっても、早朝訓練だけは可能な限り続けてきた。野営中などで走り回れないような場合でも、魔力や氣の操作や制御の静かにやれる訓練だけは最低限続けている。
「昨日から上の空ね?多分今年一年の計画とか考えてるんでしょ?」
「正解。分かりすぎじゃない?」
「領民の受け入れとか≪神樹の森≫への義理立てとか面倒臭い事考えてるんでしょうけど、そこまで勢力を急成長させなきゃいけない理由もないでしょう?」
「それは……。確かに」
「もうちょっと自分の足元をみて、地盤固める事に集中しても良いとおもうよ?」
「そうだね。ありがとう」
「どういたしまして」
午前中に学園に登校し、カリキュラムから選択した授業の登録手続きを済ませる。昨年度は皇都に帰ってこれずに学園には迷惑をかけた。今年は何事もなく登録できて幸いである。
「しばらくは皇都でゆっくり……って言いたいところだけど。一回領都と鉱山に顔出した方がよさそうな予感がする」
「予感?」
「うん、虫の知らせ?」
「そう。そういうのは無自覚の情報分析の結果だったりするし、帰りましょう?」
「うん、何もなければそれで良いんだけどね」
昼前に魔馬の馬車で領都に向かって走らせ、日暮れの時間には領都に到着した。とりあえず目に見える異変は起きていない。城に向かい執事にここ数日の出来事を訊いてみる。
新しい移民者と先住の者達で若干揉め事があった様子だが、大きな問題ではない。
巨獣関連は最近活発に動いているのが見られるらしい。冬眠準備には一ヶ月以上早い。樹海で何か起きたのだろうか。しかし高くて頑丈な防壁に囲まれ、装備と練度の優れた騎士達に守られた領都はそう簡単に落ちないだろう。
では鉱山方面だろうか?一晩城で休んで翌日から北へと向かう。騎士達が護衛に付きたがったが、今の人員では通常業務に穴が空きかねない。サイラスとメイヴィルだけを連れての移動とした。領都から北へ移動して第4ベースキャンプ場で一夜を過ごし、翌日に第5ベースキャンプ場へ向かう。第5ベースキャンプ場まで来ると山脈の麓といった様相となり、植生も変わって来る。第5ベースキャンプ場に入ると、防壁の内側に青種の竜達が沢山いて一斉に振り向いてきた。
「は?なにしてんのおまえら?」
思わず力が抜ける。
「キュィッ!キュィッ!」
翼を広げてユイエ達に青種の竜達が近寄ってくると、頭を擦りつけてきた。
「お、おう?なんだ肉が欲しいのか?」
魔法の鞄から巨獣の肉塊を取り出して火を通し出してやると、何時もの様に尻尾をびったんびったんと地面に叩き付けながら喜んでいる
「キュルゥックゥ!」
とりあえず肉を喰って落ち着いたのか、頭を押し付けてくる個体の首を撫でる。
「キュルゥックゥ!」
何を言っているのか分からないが、青種の竜が頭でユイエ達を背後から山側に押し続けている。
「おお?なんだ?どっかに行かせたいのか?山側?山で何か起きてて助けを求めにきた……?」
何か意図があってやっているんだろうと思い、その意図を汲もうと推測を重ねていく。
ユイエがアーデルフィアに顔を向けて問う。
「アーデ、山の方になんか異常ない?」
「ん、ちょっと視てみる」
アーデルフィアが目を細めて山脈を眺める。
「【魔力探査】でみると、この子達より強い魔力の個体が居そう。直接見ると……あ、いた」
アーデルフィアが何かを見つけたらいい。
「黒いでっかい竜が飛んでるね。縄張りを主張するように旋回している」
「でっかい?赤種くらい?」
ユイエの肉眼では何かが飛んでるっぽいことしか分からない。
「ううん、赤種の倍は大きいかも」
「赤種の倍?それはデカいな。その黒いのが来て追い出されたのか?」
「状況からするとそうっぽい気がするね」
「そうか……。こいつらも困ってるっぽいし、退治しに行きますか」
「そうだね、餌場に南下してきそうだし」
久しぶりに大物と勝負する事になった。サイラスとメイヴィルも頷いて返した。
「ちょ、まてって!夜になるから!明日、明日いくから押すな!」
人間の群れのリーダーをユイエだと思っている青種の竜が必死であるが、ここは譲れない。夜の暗さで黒い魔物と戦闘とか、厄介な要素しかない。
日が完全に落ちると青種の竜達も諦めて丸まりはじめた。
「この青種ってさ、なんか顔に威厳がないよね?」
「図体のデカい小動物って感じがします」
「あぁ、たしかに」
「鼻面が短いからじゃない?」
ユイエのつぶやきにメイヴィルが感じるまま返し、サイラスが納得して頷いた。それを訊いていたアーデルフィアがそうみえるポイントを指摘した。
緑種は鰐の様に凶悪な上下の顎を持ち、黄種は更に噛み付きに特化したような重量感のある顎付きをしている。赤種は黄種よりの顔立ちで黄種よりかは小顔だ。
他の好戦的な竜種と違い、青種は鼻面が短い。このフォルムが小動物感を与える理由だろう。
「ま、明日になればちゃんと倒しに行くから今夜は勘弁してくれ」
4人で不寝番を回しつつ、ベースキャンプでの一夜を過ごした。
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