第2章 第6話 試し斬り
マインモールド領の大公、ドノヴァン・フォン・ジェスタに掛け合い、≪樹海の魔境≫で働く鉱山族達への酒の目処が立ってほっと一息吐く。
「そうだ。お前さん達に試し斬りして欲しい剣があるんだが、頼まれてくれねぇか?」
「試し斬りですか?勿論、やらせていただきますよ」
「同じくです」
「うし、それじゃちょっと待っててくれ。先に酒樽運びの件の指示だしてくらぁ」
◆◆◆◆
ドノヴァンが鉱山族の酒問題の対応で指示出しに行き、静かになった応接室で伸びをする。
「はぁ、ようやく一息吐けそうだな」
「近々の問題は何とかなりそうですね」
ユイエの言葉にサイラスも首肯する。
「次はどうする?とりあえず領都と鉱山の進行状況の確認かしら?何か問題があれば随時対応で」
「≪樹海の魔境≫で生活していると、どうしても肉食中心になってしまいます。野菜の仕入れと配給などはどうでしょうか?」
アーデルフィアの言葉にメイヴィルが提案を出す。
「そうね。野菜は必要よね。既に配送しているなら良いけど、してないなら頼まないとね」
気の抜けた状態で話しをしていると、ドノヴァンが戻ってきた。
「おう、待たせたな」
「ジェスタ大公、エドワード宰相は“酒代は見積りに含まない”ということでしたが、野菜など食料品の配送はどうなっていますか?食肉は≪樹海の魔境≫でいくらでも獲れますが、野菜となると外部から持ち込む必要があるかと思いまして」
「ん?食費は見積り内で配送も手配してあるから大丈夫だぞ」
「あ、そうでしたか。それは助かりました。またお願いしなきゃいけないことが増えるのかと思っていたところでした」
「おぉ、なんか悩ませてすまんな?んで、試し斬りの件いいか?俺の仮設工房前の広場でやる準備は出来てる」
「はい、では参りましょうか」
事務所の裏手に回ると、大規模な倉庫のような建物が目に付いた。おそらくそこがドノヴァンの仮設工房なのだろう。
仮設工房前に移動すると、試し斬り用なのか見慣れない深紫の巨大な甲殻が置かれていた。
「この甲殻は?見慣れない色合いですが」
「あぁ、そいつは地の獣の甲殻だ。魔力を流し込んで強度を上げれば、大抵の魔法や剣撃も通さない堅牢な素材だ。待ってな、工房から試し斬りして欲しい剣を持って来る」
ドノヴァンが工房の扉を開けて入って行く。ユイエ達は外で待っていると、ドノヴァンが2振の曲刀を持って戻ってきた。
「使ってみて欲しいのはこの2振だ。1振は日緋色金合金で鍛えた物で、もう1振が世界樹の枝から削り出して研磨した物だ」
「日緋色金合金と世界樹の枝ですか」
ユイエとアーデルフィアがそれぞれ鞘から刀身を抜いてその刃を確かめる。
日緋色金合金の1振りは深緋色で鏡面のように磨き上げられ、揺蕩う水面のような刃紋が美しい、工芸品のような1振りだった。
対して世界樹の枝から削り出して研磨された1振は黒柿色で鏡面のように磨き上げられ、木材である事を忘れて魅入ってしまう不思議な1振だった。
「この世界樹の枝の剣は一応、木剣なんですよね?」
「あぁ、材料でいえば間違いなく木剣だ」
「斬れますよね?すごく」
「あぁ、木剣だがものすごく良く斬れる真剣だ」
「木剣とは」
「木製なら木剣で良いんじゃねぇか?」
どちらも工芸品のような逸品であるのは見ただけで分かったが、その斬れ味となるとどうか。ユイエがアーデルフィアの様子をちらりと伺うと、アーデルフィアは深い溜息を吐いた。
「両方試します?私の≪恩恵≫が使い比べる必要もないくらいに性能差を教えてくれてるんですが」
アーデルフィアがドノヴァンに問うと、ドノヴァンは頷いて返す。
「あぁ、結果は分かっちゃいるんだがね。日緋色金合金でどこまで迫れたのかは見ておきたいんだ」
2人の会話から、世界樹の枝の木剣の方が性能が上なのだろうという事が伺い知れた。
「地の獣の甲殻に魔力を通して強度を上げる。まずは世界樹で斬ってくれ。その後に日緋色金合金で頼む」
言われるまま、世界樹の枝の木剣を持っていたユイエが氣と魔力を全開にして地の獣の甲殻の端の方を一閃しようと振りかぶった時、刃先に凝縮された魔力密度に異常を感じ、思わず刃を見上げた。
「……黒くなった?」
先程まで黒柿色だった刀身が、艶のある漆黒に変わっていた。
「使う人間の魔力に反応して色が変わるらしいから気にすんな。さぁやってくれ」
ドノヴァンから試し斬りの催促を受けたので、気を取り直して一閃する。カッと乾いた擦過音だけ残して剣を振り切った。魔力を通して強度を上げている筈の地の獣の甲殻は綺麗に切断されており、対して刃の方は欠けも歪みも一切ない。“斬った”という手応えがまるで無かった。
漆黒に染まってしまった世界樹の枝の剣は、魔力と氣を納めても色が戻らずユイエは困惑していた。
「……次、日緋色金合金でやってくれ」
ドノヴァンが急かすため世界樹の枝の剣を鞘に納刀してアーデルフィアに渡し、代わりに日緋色金合金の剣を受け取って抜き、構える。
先程と同じように氣で身体性能を強化し、魔力を刃先に凝縮して纏わせ、一閃する。
キィン!と金属同士の擦過音のような音を鳴らし、振り抜いた剣に遅れて甲殻が2つに断たれた。斬った。その手応えが間違いなくあった。
「……どうだった?」
ドノヴァンがユイエに問い掛けた。
「日緋色金合金は魔力の凝縮によく反応して綺麗に纏ってくれました。斬った手応えもあって、今使っている神鉄鋼合金の剣よりずっと良く斬れる大業物だと思いました」
「世界樹は?」
「なんというか、手応えがなかったです。魔力を込めたら込めただけ全てを吸い上げていく纏い方で、纏いに異常を感じて見れば漆黒になってますし……。振り斬ったのに、斬った感触が全くなかったんです。異質です。異質過ぎて並べて比べるのが難しいです」
「……そうか」
ドノヴァンは首筋を揉み解しながら項垂れた。
「私もやります?」
アーデルフィアに聞かれ、ドノヴァンは首を横に振った。
「いや、もういい。十分だ」
「落ち込んでるところに悪いですけど、比べるモノじゃないと思いますよ?この世界樹の枝の剣は、言ってみれば神の一部です。存在の階級が上なんです。それに迫ろうという意気は良いと思いますが、それは新たに神を造ろうという行為と同じです」
アーデルフィアが遠慮なくドノヴァンを窘める。
「あぁ、そうだな。分かっちゃいるが止められない。それが男の夢ってやつだ」
ドノヴァンはアーデルフィアの言葉を素直に聞き入れつつ、それでもきっと死ぬまで抗い続けるのだろう。
「あ~、雰囲気を壊して悪いんですけど。ジェスタ大公、その内で良いのでこの日緋色金合金の剣みたいなのを打って貰えませんか?使い慣れない形状ですが、一目惚れしました」
「あ、ズルい!それなら私も欲しいもん!脇差と打刀の2本を1セットで!!」
「ワキザシ?ウチガタナ?」
ジェスタ大公がきょとんとして訊き返す。
「あちゃー、知らないでここまでの大業物に辿り着いちゃった感じ?脇差は小剣みたいな小回りの利く長さで、刃渡り60セル程度までかな。打刀は刃渡り78セルから80セルのあたりで、ギリギリ片手で抜けるくらいの長さね」
「ふむ、聞いたことがない名称だが長さの差だけか。その長さも汎人種準拠だろ?打刀ってぇ刃渡りだと鉱山族には長すぎて抜けんな」
ジェスタ大公が顎髭をしごきながら訊く。
「俺ら鉱山族用にサイズ違いの物も用意してみるか?」
「鉱山族には大鎚か大斧の方が似合うと思うけど」
「ガハハッ!ちげぇねぇ!」
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