第2章 第5話 2学年初登校と鉱山族《ドワーフ》の酒問題
マインモールド工房を出ると、次はウェッジウルヴズの屋敷へと赴いた。
運悪くウェッジウルヴズ大公は不在だったため、家令にウェッジウルヴズ大公にご報告とご相談があるという伝言を伝えておく。
帰宅当日はウェッジウルヴズ大公家に宿泊し、翌朝から早朝訓練をはじめていつもの生活リズムを取り戻していく。朝食を済ませると制服を着て皇立カグツチ学園に今年度の初登校となった。
学園に着くと学園の運営事務所に挨拶に行き、公務でカリキュラム提出の締め切りまでに皇都に帰れなかった事を話し、改めて2学年でのカリキュラムについて決めさせて欲しいと相談した。
すると皇城からお達しがあったようで、スムーズに認められて応接室に通された。
しばらく待つと、今年度のカリキュラム一覧と申請用紙を持って事務員がやってきた。
「ご質問等なにかご相談がございましたらまた事務所の受付にまでお声がけください」
そう言うと、仕事へと戻って行った。
「さて、では早速、カリキュラムをどうするか考えましょうか」
アーデルフィアがカリキュラム一覧を広げて大きく伸びをした。
卒業までの必修科目で未履修の物から選んで行く。必修科目で取れる物は全て埋め、次に選択科目を選んで講義のコマを埋めていく。去年度は埋められるだけ埋めたような単位の取り方をしていたため、選択科目の単位を先取りして取り溜めている。そのため、今年度は選択して取る講義の自由度が高い。
週末の陰曜日と陽曜日は完全休暇であるし、必修科目は週の中側になる火曜日、土曜日、金曜日に集中しており、週末前後の水曜日と木曜日に授業を入れないという取り方が出来た。
これで週3日登校、週4日連休というカリキュラムの計画が出来上がった。領地への顔出しや狩りもこれでやり繰りし易くなる。
決まったカリキュラムを事務の受付に提出する。本日は金曜日のため2限目からは講義を受けに顔を出す。教室に入った瞬間からざわっとした空気と視線を感じたが、なるべく気にしない様にして開いている席に座った。
「おいおい、≪魔境伯≫様じゃないか。てっきり中退したと思っていたぞ」
「あ、俺もそう思ってた。公女殿下も一緒に来なくなってたし」
「もう公務も任されてるんだろ?今更学園通って意味あんのかな」
「それな。実力を示して結果を出したんだから、こんな下積み期間なんていらなくね?」
「公女殿下、ますます綺麗になってるよな」
ざわざわした会話を拾い、ユイエとアーデルフィアは苦笑する。二人としては公務の合間にやれるだけやって、進級できたら3年生になる。留年になったら中退しよう。という程度に思っていた。
金曜日の講義を受け終わると、ウェッジウルヴズ大公の屋敷へと帰った。すると大公は帰宅していた様で、家令に連れられて執務室に行く。家令がドアをノックして中に声をかけた。
「アーデルフィア様とユイエ様をお通しいたしました」
「通せ」
「はッ」
家令が扉を開けてくれたので執務室に入った。
「二人ともおかえり。公務の方は順調か?」
「はい。マインモールド大公に知遇を得ることができました。領内の開発のため、300名もの鉱山族が投入されて、今も領都と鉱山の開発が進められております」
ユイエが≪樹海の魔境≫の状況を簡単に説明すると、リオンゲートは満足そうに頷いた。
「それで、ウェッジウルヴズ大公閣下。確認なのですが皇城からの支援金や支援範囲については何か伺っていますか?」
アーデルフィアもお仕事モードで、リオンゲートを閣下呼びをした。
「領都と鉱山の開発は、殆どリカインド宰相閣下の方でマインモールド大公に先払いしていると聞いている。黙っていれば予算内で納まる作業が行われるはずだ。拘り出したら止まらん連中だから、鉱山族達の舵取りをしっかりしなさい。でないと予算オーバーした仕事はユイエ魔境伯の方で自弁する事になるぞ」
「ハッ。予算内で出来る範囲の仕事について、ジェスタ大公と認識の擦り合わせをします」
「それと、鉱山族達の労働環境の改善が必要でして。端的に酒が足りません。鉱山族が好むような酒を大量に発注できる伝手がありましたら紹介して頂きたく」
「鉱山族の好む酒か。それならジェスタ大公に蒸留酒を頼むと良い。あそこは自前で蒸留酒という酒精の強い酒を作っている」
「なるほど。ではジェスタ大公に相談に行ってみます」
◆◆◆◆
4連休のカリキュラムを計画したユイエとアーデルフィアは、サイラスとメイヴィルを連れて水曜日の早朝から≪樹海の魔境≫に入り第3ベースキャンプ場の施工状況を視察しながらジェスタ大公を探す。
陣頭指揮を取っていた作業着姿のドノヴァン・フォン・ジェスタ大公を見つけ、相談を持ち掛ける。
「おう、礼儀もなってない恰好で悪いな。相談だって?」
「お久しぶりです、ジェスタ大公」
ユイエとアーデルフィアは頬を緩めながら挨拶を返した。厳つい顔と雰囲気なのだが、放つ生命力がとにかく陽の氣を放っている御仁である。
「おう、それでどうした?先触れもなく来た以上は、急ぎの用事なんだろ?」
「はい、≪樹海の魔境≫で働いてくれている鉱山族達の労働環境の改善が急務となりまして、折り入ってご相談に参りました」
「労働環境の改善?急ぎで?分かった。酒だな?」
「はい。元々≪樹海の魔境≫に持ち込んでいた酒も尽き、鉱山族達が自前で酒を持って行っていた様なのですが、それももう保ちそうにありません。至急で鉱山族300人に飲ませてやれるだけの酒の手配となれば、ジェスタ大公にお縋りするしかなく」
「まぁ、量と質まで求められればウチの領地で買い付けるしかないわな。だが、酒代はリカインド宰相から見積りに含まないと言われていてな?魔境伯の方で自弁するか?難しければ酒屋を行商させて自分達で買わせる方法でも文句は出ないと思うが」
ドノヴァンの言葉に、ユイエは眉間に皺を寄せて考える。アーデルフィアがユイエに小声で話しかけた。
「最低限は自弁しましょ?贅沢は個人で楽しんでもらう感じで」
「だね……。その両方で可能でしょうか?皇都店に卸した竜素材214頭分。買取料金を一切受け取っておりません。つまり、それだけの貸付がある状態です。差し引きで構いませんので、文句の出ない質と量を定期的に運んで欲しいのです。その上で、個人の趣味や楽しみのための酒は、酒屋が行った時に自分で買わせる贅沢品という感じでどうでしょうか」
戦果赤種70頭、緑種47頭、黄種97頭、計214頭分が皇都のマインモールド工房預かりになっている。
「あー、皇都店に卸した竜素材の買取額から差し引いて鉱山族の酒代に自弁すると?」
「はい。これも工事費の一環かと思いましたので。普段飲ませる分の、文句が出ない程度の酒の手配をお願いいたします。勿論、竜素材の買取費用を越えるような事がないようにお願いしたいので、高級な酒や希少な酒は、酒屋に行商してもらえると助かります」
「あい、わかった。酒代を工事費に含むとは、お前さん鉱山族を分かってるな。リカインド宰相より賢いぜ」
「あの方は皇国全体をみなければならないのです。私の様に開発中の自領だけの悩みとは、視点も違って当然かと思います」
「普段飲みする安酒でも満足できる酒精の大量生産品がある。さすがに竜資材と比べられるような価格じゃねぇよ。だが自弁するという心意気はありがたい。鉱山族共に行き渡る様に、酒屋を向かわせるから安心してくれ」
「「ありがとうございます!!」」
ドノヴァンが請け負ってくれたという安心感に、肩の荷が下りた思いであった。
「あ、竜素材の方は皇都店に214頭分納品していますので、皇都店にまた職人と付与師の援軍を沢山送ってあげてくださいね」
「なぁ?やっぱりお前ら頭おかしいんじゃねぇか?」
「すみません。竜素材は戦略物資なので、あまり変なところには売りたくなくて」
「だからって皇都店に卸し過ぎだろう。せめて本店の方に持ち込んでくれれば良かったのに」
「それは……。ごもっともです。すみません」
ぐうの音も出ない正論パンチに、ユイエとアーデルフィアは平謝りを繰り返した。
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