序章 第4話 若木の儀
星昌歴867年7月。
ユイエが≪竜の魔力炉≫を取り込んで半年が経過した。
ユイエの魔力炉の変化によるビフォー・アフターの観測も終わり、施術後の経過観察も良好である。次は施術後1年経過の記録をつければ、この研究は完了となるだろう。
尤も、アーデルフィアは日々≪鑑定≫でユイエの状態を確認をしているため、半年後に控えた星昌歴867年12月に予定する1年検診も問題なく終了すると見込んでいる。
以前のユイエは魔力炉に負荷が掛かる訓練は出来なかったが、今ではそれも問題なくできるようになり、訓練の幅と質が大きく向上した。
アーデルフィアの無茶な特訓内容にもついていけるようになり、日ごとに自身が変化していくのを自覚できた。
ユイエの変化に応じてアーデルフィアから課される訓練内容も日々アップグレードされており、その訓練強度は増加の一途を辿っている。
【身体強化】を使いながら木剣を使っての戦闘訓練も行っている。≪竜の魔力炉≫を身に宿す前は振った剣に身体が振り回される有様であったが、今ではちゃんと剣を振れるようになっている。
以前に、剣術を教えてくれている騎士達に訊かれて1日の訓練スケジュールを回答したところ、驚くというより呆れられた。戦闘の専門職の大人からみても正気とは思えない訓練密度である事が確認できた。
そしてそれをユイエにやらせるだけじゃなく、アーデルフィア自身も一生懸命に取り組んでいるため、この訓練生活はやっぱりおかしいと思いつつ、一緒に頑張れた。
「≪竜の魔力炉≫もしっかり馴染んだようだし、もうエーギス領に帰っても構わないのよ?」
アーデルフィアが早朝訓練の走り込み中にユイエに訊いてみた。
「アーデルフィア様。私はアーデルフィア様との訓練の日々が意外にも楽しいのです。出来ればこれからもアーデルフィア様のご指導を賜りたいのですが、駄目でしょうか?」
「そ、そう?それなら、これからも一緒で構わないわ」
思いの他ユイエが一緒の訓練生活を気に入ってくれているらしい事が分かると、アーデルフィアも上機嫌となって走るペースが上がっていき、それに遅れじとユイエも必死に追い縋るハメになった。
星昌歴867年12月。
施術から1年経過して経過観察の結果を記録すると、アーデルフィア・ウェッジウルヴズの名で『≪魔力炉融解症≫の症状と延命治療の方法、根治のための方法』を詳細に記録した論文が発表された。
実験体のサンプル数がたった1件であった事と、珍しい病気の治療記録だったため、この論文は長い事埃を被る事になった。
◆◆◆◆
星昌歴870年12月。
ユイエが≪竜の魔力炉≫を取り込んで4年が経過し、10歳になった。
今年はアーデルフィアと共に≪若木の儀≫に参加する年である。
≪若木の儀≫の3ヶ月前には屋敷に呼んだ仕立屋に、アーデルフィアのドレスとユイエの正装を、アーデルフィアの好みで仕立てさせていた。
男性物の衣装のオーダーが物珍しかったのか、ジャケット、ベスト、ズボンのスリーピースで釦の数や材質からはじめ、ジャケットの袖口の釦も飾りではなく本切羽で開くように仕立ててある。釦ホールに赤い飾り縫いがしてあり、ベストの背中とジャケットの裏地は明度の低い深い赤色の生地を指定するなど、黒を基調にしつつも随所に赤い差し色の入った礼装に仕上がっていた。
作りは大人用かと思う程に随分と大きかったのだが、身に着けていくと【自動サイズ調整】が付与されていて、丁度よいサイズ感となった。
この様子だと、おそらく【自動洗浄】や【自動修復】も付与されているのだろう。これなら大人になるまで使えそうである。
アーデルフィア自身のドレスを見繕うよりも、余程時間を掛けたオーダーだった。
≪若木の儀≫の当日、アーデルフィアは青いドレス姿に白金の髪を結い上げた他所行きの姿で現れた。ほんのりと薄化粧までしている様で、先に礼服に着替えて待っていたユイエは、普段見慣れないアーデルフィアのドレス姿に見惚れてしまう。
「アーデルフィア様、今日のドレス姿、とても素敵ですよ。いつもより更に美人にみえます」
「あら、ありがとう。貴方の礼服姿もかっこいいわよ」
「ありがとうございます。アーデルフィア様のお見立てのおかげですね」
ウェッジウルヴズ家の屋敷から家紋入りの馬車でアズライール家に寄り、ユイエの父ヨハネス・フォン・アズライールと合流すると、同じ馬車に乗り込んで4人で催事場へと向かって行った。
ヨハネスは領地が皇領と隣接する立地のため半年に一回はユイエの実母セレーネを連れて皇都を訪れ、その度にユイエの顔を見に寄ってくれていた。
≪魔力炉融解症≫を克服してからは、年末年始休暇にはエーギス領の屋敷へと帰り、≪魔力炉融解症≫を克服した事も、ウェッジウルヴズ家の屋敷て大変良くしてもらっている事も話しをしている。
「ウェッジウルヴズ大公閣下、本日はよろしくお願いいたします」
ヨハネスが神樹の森の大公リオンゲート・フォン・ウェッジウルヴズに折り目正しく挨拶をする。
「アズライール伯爵、楽にしてくれ。我々だけの場なのだから気安く頼むよ」
「ありがとうございます。息子の病の治療に尽力して下さったこと、生涯忘れません」
大人同士の会話も大切なのは分かるが、はじまると長い上に退屈である。ユイエはアーデルフィアと指先に集めた魔力で作る粘土細工のような魔力制御の訓練をしてお互いに作った物を見せ合い遊んでいた。
催事場前で馬車を降りると、ユイエがアーデルフィアの手を取りエスコートする。
催事場に入るとリオンゲートとヨハネスに挨拶にくる大人達が多く、ユイエとアーデルフィアは5年前の≪新緑の儀≫の時のように早々に場所を変え、テラス席に落ち着いていた。
「この会場に居る子供達は全員同い年なのよね?」
「≪若木の儀≫ですからね。同学年か1つ上の学年になる予定の子供達ですね。そして5年前も同じこと言っていましたよ」
アーデルフィアの呟きを拾い、ユイエが答える。
「こういう社交界とか貴族の権力争いとか、嫌いなのよね。お茶会ですら面倒で断ってるというのに」
「あ、お茶会って断ってたんですね。遊びに行く様子が全然ないから、友達が居ないのかとおもってました」
「だいたい合ってるけど言われると腹立つわね。でも友達居ない発言はブーメランだと思うわよ?」
「ブーメラン?どういう意味でしょうか」
「あ~、そうね。上手に投げたら自分の手元に戻って来る玩具か狩具かっていう感じかしら?」
「なるほど。確かに私も友達いませんね」
「子供同士の社交……。10歳の子供と何を話せば良いのかしら?他の子の噂話とか?」
「……なんでしょうね?私達は大体訓練の話をしてますし、それ以外の会話もアーデルフィア様が振ってくれて色々と勉強させてもらっていますが、他の方との会話だと話題が思いつかないです」
「やっぱり社交界とか水が合わないわね」
「……そうですね。考えてみればここ何年か、アーデルフィア様かお屋敷の方達としかまともに話した事ないですし。アーデルフィア様を引き籠もりだと思ってましたけど、私も大概でした」
給仕が用意してくれた紅茶と焼き菓子をいただきながら、ここ数年の自分達の生活を思い起こす。ユイエがずけずけとアーデルフィアに毒吐くが、それは大体自分にも返って来るブーメラン発言であった。
「そうだ。12歳になったら探索者に登録出来るでしょ?そうしたら探索者になれば体験談とか話せそうじゃない?」
「話題作りかはともかく、探索者になるのは賛成です。折角沢山訓練してるんですから、実践の場は欲しいと思ってました」
「それなら、神樹の森領かエーギス領の魔物の間引きにでも参加させて貰えないかしら?」
「それは良い考えですね。後でウェッジウルヴズ大公閣下と父にお願いしてみましょう?」
優雅に紅茶を飲みつつ微笑み合う美少年と美少女の組み合わせは大変絵になっており、遠目からチラチラと様子を窺われている。
「あの方。あの耳長族の耳をみたところ、ウェッジウルヴズ家のアーデルフィア公女殿下よね?私、御姿を拝見したのはじめてかも」
「社交の場に全然いらっしゃらないものね」
「何度もお茶会にお誘いしていますけど、一度もいらっしゃった事がないのよね」
「アーデルフィア公女殿下、顔が良すぎてずっと見てられるわ」
「お相手の殿方はどなたか分かります?」
「多分アズライール伯爵家の方だと思いますよ?アズライール伯爵と先程一緒に歩かれておりましたから。そういえばあの方も社交界に全然いらっしゃいませんのね?」
「貴族に生まれながら社交界嫌いって、何だか変わってますね?あのお二人は変わり者の同志って事かしら?」
ユイエとアーデルフィアは周りでそんな話しをされているとは露知らず知らず、笑顔で魔物達を殺しにいく計画に華を咲かせていた。
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