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序章 第3話 竜の心臓

星昌歴せいしょうれき866年12月。


 ユイエがウェッジウルヴズ家の屋敷に居候するようになって1年が経過し、6歳になった。

 1年前にアーデルフィアが≪魔力炉融解症≫に気付いていなければ、今頃はとっくに死んでいた事だろう。


 顔馴染みの使用人達も増え、屋敷を歩いていると挨拶を交わす事が増えてきた。特にアーデルフィアのお付きの侍女のマチルダには良くしてもらっている。


 最近はウェッジウルヴズ家の騎士から剣術の手解きも受けられるようになっていた。木剣よりも更に軽い木の棒を剣に見立てて使い、攻撃を回避したり受け流したりするための体捌きの訓練を受けている。体捌きが身について来たら軽めの木剣に変えて攻撃の練習も始めると聞き、俄然やる気が増していた。歳に関係なく男の子は剣が好きなものである。



 異母妹のアリーゼが≪新緑の儀≫のために皇都のアズライール家の屋敷を訪れたため、お祝いに行く事にしてはじめてアーデルフィアの訓練を休んだ。

 いつもやって当たり前だった習慣を休むと、妙にそわそわして落ち着かなかった。


 アズライール家の屋敷でアリーゼの≪新緑の儀≫の終了を祝い、ウェッジウルヴズ家の屋敷に戻ると、とにかく魔力マナを発散させた。人間は生きていれば呼吸をする。呼吸をすれば大気中に満ちる非活性魔素エーテルを身体に取り込み、それが魔力マナとなって身体に溜まる。


 魔力マナを発散して底を尽かせるのは、ユイエにとって魔力マナの強化のためのルーティーンであると同時に、生命の維持に欠かせない行為であった。


 アズライールの家から帰還した翌日、早朝訓練の際に妙に御機嫌なアーデルフィアに挨拶する。


「おはようございます、アーデルフィア様。今日は随分と御機嫌ですね?」

「おはよう、ユイエ君。朗報だよ。新鮮な≪竜の心臓≫が手に入ったらしい」

「えっ」

「今日の昼過ぎには屋敷に届くそうなので、届いたら早速≪竜の心臓≫の霊的移植を試してみよう?」

「はい!!」


 その日の午前の座学の時間は全く集中出来なかったため、見かねたアーデルフィアが気を利かせて身体を動かす時間に変更してくれた。無心に走るだけの方が気が紛れて良かった。


 午後、普段であれば午睡の時間に念願の荷物が届いた。内部に保冷効果が付与された金属製の箱に入れられ、鎖と錠前で厳重に封が施されていた。竜の心臓を手に入れて運搬するまでに高ランクの探索者シーカーを何人も雇っていたらしい。


 目的の荷物はアーデルフィアが使う研究棟に運び込まれ、緊張するユイエの前でアーデルフィアが嬉しそうに開錠し、その封印を解放していった。

 蓋の板が開かれていよいよ露わになったその中身は、成人男性が屈みこんだくらいの大きさで、今にも脈を打ちそうな心臓だった。


「新鮮な≪竜の心臓≫だとは聞いていましたが、動きだしそうなくらいの鮮度ですね?」

「霊的移植だからね。錬金素材で使うような乾燥した竜の心臓じゃあ効果が見込めないから、新鮮なまま運搬できるようにってこの箱の魔道具から用意したんだよ。

 さぁ、手早くはじめちゃおう?まずはユイエ君、上着を脱いでこっちに来て。この魔法陣の描かれた板の上に立ってね」


 ユイエはアーデルフィアに促されるまま上着を脱いで上半身だけ裸になると、アーデルフィアの指差すポジションに立って竜の心臓を眺めた。「霊的移植」とは何度か聞いてはいるが、実際に何をすればいいのか、ユイエにはまるで分かっていない。アーデルフィアに指示されるままに動いていく。


「よし、そこで両手でこう、抱き抱えてくっ付いちゃって。自分の胸と心臓がくっ付くくらい」


「えぇ……こう、ですか?」


 ユイエは指示される通りに前のめりの姿勢で竜の心臓に両手を回し、両掌と胸を心臓へと接触させた。べちゃり。血液が身体に付着する。保冷封印されていた割に冷たさは感じられず、むしろ温かいとさえ感じる。心臓は意外と重く、【身体強化】を使って持ち上げて抱え込んだ。


「うん、そんな感じ。それじゃ魔力マナ魂魄アニマをいじるから少し我慢してね」


 アーデルフィアの言葉を聞きつつ、聞いても実際に何をどうされるのかは分からないままで待つ。そもそも魔力マナは分かるが魂魄アニマとは?ユイエとしては初耳の単語で色々聞きたい思いに駆られるが、アーデルフィアは真剣な顔で作業をしている。それに水を差すのは躊躇われた。


 ユイエの立っている板型の魔法陣と、心臓の置かれていた箱内の魔法陣に魔力マナを込める。それぞれに刻まれた魔法陣が起動して光を放ちはじめた。


 ユイエは顔だけアーデルフィアに向けてみるが、力強く頷かれただけで解説はなかった。このままで良いのか不安を感じていると、竜の心臓に接した自分の胸が熱を持ち始めた。


「胸のところが熱くなってきました」

「うん、大丈夫。順調だからそのままでね」


 ユイエは仕方なく黙って暫く待っていると、アーデルフィアが眉間に皺を寄せて心臓の周囲を魔力マナ魂魄アニマを操作するべく手でぐるぐると糸を巻くような仕草をし、それをユイエの胸に押し込むような動作をした。


「……今のは?」

「ユイエ君に入りきってなかった霊的触媒の魔力炉を、無理矢理まとめてユイエ君に押し込んでみた」

「それ、大丈夫なやつですか?」

「大丈夫大丈夫。何かあってもウェッジウルヴズ家は責任を負わない契約だからね」

「聞き方を変えますね?それ、私が大丈夫なやつですか?」

「あ、もう離れていいよ。【清浄】魔法かけよう」

 答えず作業に集中するアーデルフィアに、ユイエがぼやく。

「ふ、不安しかない……」



 ユイエの中に霊的触媒としての≪竜の魔力炉(ドラゴン・ハート)≫が収まると、ユイエの身体が≪竜の魔力炉(ドラゴン・ハート)≫に適応、進化をし始めた。


 竜の心臓から離れて自分の手や胸を見ていると、アーデルフィアの【清浄】の魔法で付着していた血液が綺麗に除去されていった。熱を持つ胸部には、皆既日蝕を思わせる中空の開いた太陽のタトゥーのような紋様が浮かび上がって来た。


「あ、なんかカッコいい太陽の模様?が出てきました」

「うん?なんだろうね?とりあえず施術は成功かな。お疲れ様」

「見た目以外にどう変わったのか良く分からないです」

「う~ん……。そうだねぇ。空気中の非活性魔素エーテルを取り込んで、魔力マナに変換する。次に魔力マナを魔力炉である心臓ににギュッと圧縮して溜めこんでごらん?心臓の痛みが無くなっているはずだから」

「やってみます」


 ユイエはアーデルフィアの言う通り、非活性魔素エーテル魔力マナに変換して体内に溜めこんでいく。そうしてできた体内の魔力マナを魔力炉たる心臓に集め、圧縮していくイメージで繰り返す。


「……本当だ。全然痛くないです!すごい、すごいです!ありがとうございます!!」

 ユイエは喜びの余り思わずアーデルフィアに抱き着き、ぽろぽろと涙を溢しながら繰り返し感謝を述べる。


「ユイエ君、気持ちは分かるけどちょっと落ち着こうか」

 アーデルフィアが困った顔でユイエの背中をポンポンと叩きながら落ち着くのを待つ。


「私の≪鑑定≫でも≪魔力炉融解症≫が消え去った事が分かるからもう大丈夫だとは思うけど。その模様とか良く分からない変化もあるわね?研究としては経過観察やビフォー・アフターの比較なんかのデータも取らなきゃいけないから、まだまだ付き合って貰うわよ?」


「はい!!」

 ユイエは力強く返事した。


「(で……ユイエ君の種族名、汎人種ヒューマンから上位汎人種ハイ・ヒューマンに変わっちゃったんだけど……。何かマズいのかしら?)」



上位汎人種ハイ・ヒューマン

 魔力炉が進化した汎人種ヒューマンの上位種。上位存在と同等の魔力炉の出力を持ち、上位耳長族ハイ・エルフ種と同等の寿命をもつ。



「(……内容からすると良い事……よね?まぁ経過観察ね)」


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