序章 第2話 訓練漬けの日々のはじまり
アマツハラ皇国の皇都カグツチの貴族街は、皇城を中心に円を描くように広がっている。皇城勤めの法服貴族の屋敷や、有力な領地持ちの貴族が皇都に滞在する際の別邸などが建ち並んでいる。
中でも二つの大公家の屋敷は特に立派で、皇城を挟んで東側に耳長族のウェッジウルヴズ大公家の屋敷、西側に鉱山族のマインモールド大公家の屋敷が配置されている。北側には公爵家や侯爵家などの位の高い貴族の屋敷が多く、南側は男爵家から伯爵家の屋敷が多い傾向がある。
アズライール伯爵家の皇都の屋敷は貴族街の南東の辺りに位置し、比較的ウェッジウルヴズ家の屋敷と近い場所にある。
ユイエがウェッジウルヴズ家の屋敷に到着すると、アーデルフィアから同居する兄姉や家令など、世話になる使用人達が紹介された。≪神樹の森≫から雇い入れた使用人達のため、皆が皆耳長族であり、外見年齢から実年齢の推測が難しい。誰をみても美形で若々しい
外見のため、ユイエは感覚が段々麻痺してきた。
アーデルフィアの兄姉達の大半は嫁ぐか大公領での仕事についているらしいのだが、皇城勤めの兄が一人と姉が一人、この屋敷から登城しているという。第三公子の兄のライネは既に登城していて不在だったが、第四公女の美女リーエンディア殿下は出勤前だったようで、顔を合わせる機会ができた。
「ユイエ君、アディの相手は大変だろうけど、仲良くしてあげてね」
と直々にお願いをされた。この時のユイエはアーデルフィアの相手の何が大変なのか分からず、曖昧に頷くしかなかった。
ユイエに宛がわれた部屋はアーデルフィアの隣室で、今は大公領の≪神樹の森≫で働いている長男が使っていた部屋である。部屋の配置については、侍女達の仕事の効率を優先した工夫だと言っていた。
初日は荷解きと屋敷の設備の案内で日中は終わり、夕食後に今後の療養と教育の計画について、アーデルフィアからユイエに説明が行われた。
「≪新緑の儀≫の時に話しをしたけど、ユイエ君の症状はユイエ君自身の魔力に魔力炉がついていけていない事が問題です。なので毎日魔力を消費してカツカツにし、魔力炉に掛かる負担を減らす様にします」
アーデルフィアの説明にユイエは神妙な顔で頷いてみせる。
「自力でカツカツになるまで消耗できない最初の内や、体調が悪い時なんかは私が代わりに魔力を抜いてあげるけど、基本は自分自身で魔力を消費するように。魔力炉に魔力を溜めないように頑張りましょう」
アーデルフィアの説明にユイエは挙手をした。
「はい、ユイエ君」
「魔法や【身体強化】みたいな、魔力を使う訓練を毎日するって事ですか?魔力は使えば使う程に強く大きくなっていくと聞きます。私の魔力炉は大丈夫でしょうか?」
「よく勉強しているわね、いい質問よ。確かに魔力は鍛えれば鍛えただけ応えてくれるし強く大きくなっていく。そこでユイエ君にとって重要なのが、毎日朝と夕方にしっかり魔力を使い切る様に発散する事よ」
アーデルフィアは、ユイエが意味を消化できるようにもう一度繰り返す。
「しばらくは魔力の運用、つまり操作と制御を集中して身に着けていく予定だけど、ある程度できるようになったら【身体強化】や魔法の訓練も取り入れていきます。そうなればユイエ君自身で魔力を消費できるようになるでしょう。この病気が根治するまでは常にカツカツになるくらい放出させ続けるつもりなので、覚悟してください。魔力関連は私が先生になりますので、一緒に頑張りましょう」
翌日から早速アーデルフィア考案の訓練漬けの生活がはじまった。
「おはよう、ユイエ君!」
部屋に突入してきたアーデルフィアに起こされ、眠い目を擦りながら返事をする。
「……おはようございます、アーデルフィア様」
「運動着に着替えて走りにいくわよ!」
「あ、はい……」
アーデルフィアに引き摺られる様に着替えて庭に出るとまだ辺りは薄暗く、日の出の直後か直前のようであった。いつもならまだ寝ている時間に起こされ、着替えさせられ、そして訓練場の外周を一緒になって走る。
「ユイエ君、【身体強化】とか【心肺強化】とか、自分の身体を魔力で強化する経験は?」
「なんとなく出来てる気がする、くらいです。ちゃんとした修練ははじめてです」
「そう、それじゃこれから一緒に頑張りましょう。先ずは【身体強化】と【心肺強化】を意識して走りながら覚えて行きましょう」
夜明けと共に起きて魔力を使って【身体強化】や【心肺強化】を意識しながら走り込みをし、魔力が尽きる前に体力が尽きて倒れるまで走り、ユイエが倒れるとアーデルフィアから治癒魔法で擦り傷を直したり【疲労回復】を掛けられ、手を引かれて起き上がると再び走り始める。
「(これ、絶対子供の訓練じゃない……)」
アーデルフィアが満足するまで走り込んだ後は、朝食までの時間に使い切れなかった魔力はアーデルフィアに抜かれ、カツカツになる。
朝食後から昼食までの時間は座学の勉強の時間に充てられ、昼食後から1時間の午睡をとる。
午睡の後から夕食までの時間は再び魔力運用の訓練として、魔力の操作や制御を集中して行う。
夕食後から就寝までの間にアーデルフィアにまた魔力を抜かれ、≪鑑定≫を受けて訓練内容と結果、今後の訓練内容の変更などについて話し合う。
「疲労回復も掛けておいたから、明日の朝からも同じメニューよ。頑張りましょう!」
とてもではないが、5歳児に課す訓練メニューではない。朝の基礎訓練では倒れるまで走り、疲労で倒れたりするとすぐに治癒魔法の【疲労回復】が飛んできて回復されてしまう。片腹が痛くなってきたと思うと治癒魔法が飛んできて走り続けられる状態を維持される。
午後の魔力操作や魔力制御の間も、アーデルフィアは自身の訓練をしながら、ユイエの操作や制御の乱れ、無駄があればそれを指摘して監督する。
「リーエンディア様……。何が大変なのか、わかってきました……」
初日から「相手するのが大変」とか「変わった子」とか身内に散々言われていたが、その片鱗がユイエにも漸く垣間見えてきた。
「……アーデルフィア様、いつもこんなにキツイ訓練なのでしょうか」
「今日ははじめてだから随分手加減したわよ?延命治療と訓練ができて一挙両得でしょ?」
そういう問題ではない。ユイエは、「この子ちょっと変かも……」と気付き始めていた。しかし同い年のアーデルフィアが率先して頑張っている。自分だけ諦めるのも嫌で、アーデルフィアの訓練に何が何でも付いていくことを決意した。
「そういえば、魔力炉を強くする方法はどうする予定ですか?」
「出入りの商人に材料を頼んでおいたわ。新鮮なままで手に入るように特注の魔道具から作らせているの。手に入ったら試してみましょう」
◆◆◆◆
星昌歴866年1月。
ユイエがウェッジウルヴズ家の屋敷に居候するようになって1ヶ月が経過した。
はじめの1週間は自力での魔力消耗が足りず、朝と夕にアーデルフィアに魔力を抜いてもらっていた。
2週間目からはアーデルフィアの手を借りずに自力での消耗が追いつくようになった。
出来なかった事が出来るようになるという達成感は、ユイエの訓練に対する姿勢に大きくプラスの影響を与えることになった。
夜間の≪鑑定≫報告会で頑張った結果を詳しく聞けるのが、更にユイエのモチベーションを維持する良い原動力になっている。頑張った事をアーデルフィアに褒めてもらえるのが嬉しくなり、明日も頑張ろうという気力が湧くようになっていた。アーデルフィアにとっても、自分以外のサンプルデータが取れて、訓練がより効率的に行えるようになっていく。
「やっぱりアーデルフィア様の≪鑑定≫はすごいですね?」
「でしょう?特別製なのよ」
アーデルフィアの満開の花の様な笑顔に惹き込まれる。
「(……要求は厳しいけど、笑顔はかわいいんだよなぁ)」
ユイエはアーデルフィアを変な人だと思いつつ、一方で上手い事アーデルフィアに乗せられて、順調に染められていくのであった。
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