19Hz
その箱からはいつも、雨の音がしていた。
それに耳を当てると、いつでも安心できた。
お守りだって言って、ある人がくれた箱だった。
楽しいこと、つらいことがあったら、その箱に話しかけなさいって。
そうやってたら、いつかその箱が応えてくれるかもしれないって。
その人はそれだけ言い残して、いなくなってしまった。
だから、いつもその雨と一緒だった。
その人が言った通り、楽しいことも、つらいことも、その雨と一緒だった。
その雨はずっと雨のままで、応える事は無かったけども、それでよかった。
あの人と違って、自分からいなくなったりしなかったから。
ある時、雨にいつも通り話しかけていたら、ふいに雨の音が小さくなることがあった。
雨においていかれる気がした。
急な事にあせって、いつも以上に、色々話しかけた。さっき食べたスープが美味しかった、とか。今足元に、きれいな花が咲いている、とか。
そしたら、小さくなった雨の音の代わりに、声が返ってきた。
それはよかったね、と。
久しぶりの返事に嬉しくなって、今まで覚えている限りの楽しかったことを、沢山話した。
その度に、その箱からはうん、うん、と返事があった。良かったね、と言ってくれた。
でも段々、その声が返事をする間隔が空いてきて、声が、少し眠いのかな、と思った。
また明日、話すことにするねって言って。話すのを一旦止める事にした。
そうしたら、ありがとうって言ってきて、なんかいい事をした気になれた。
おやすみって言ったけど、相手からの返事が来る前に、また雨の音が始まった。
次の日も、相変わらず箱からは、雨の音しか聞こえなくなった。
でも、また応えてくれるかもしれない。
そう思って、今日も雨に話しかける。
昨日ありがとうって言われたことも、忘れず自慢して。
生き残りの間で、妙な噂があった。
希望の周波数、という、この絶望的な状況に見合わない、皮肉な名前。
その周波数に合わせると、ある子供の声がするらしい。
通信の内容は、さっき食べたスープが美味しかった、だとか、今足元に咲いている花が綺麗、だとか、そんな内容。
似たような名前の戦局報道があったかもしれないが、そんなものとは似ても似つかないもの。
そこに周波数をあわせたまま逝くと、天国にいけるとかなんとか。
その瞬間になって、そんな話を思い出した。
ただ、それだけの話。