ハウステンボスと長崎の夜
「神よ!」
「コングラッチュレイショーン!」
イノッチがタッチーと付き合うことになった。
いつのまに告っていたのか、イノッチとタッチーは両思いだったのです。
「イノッチよかったねえ」
私は自分のことのように嬉しくて、思わず涙ぐみます。友情に厚い女なの。
「げげ、泣いてるよ亜美」
マミとさっちゃんとユキが大爆笑している。でもイノッチは私の厚い友情に感動して涙ぐんでいる。
「亜美~!ラブ!」
「なんだこいつら」
「ってかさあ、今気づいたけどもしかして彼氏いないのあたしだけ?」
「どんまいマミ」
「今年のクリスマスは一人だね」
みんなでマミをからかう。私とイノッチは泣きながら大笑いだ。
うれしくて、楽しくて。
この世界が、心地いい。
次の日も、相変わらずバイトで、少しずつ慣れていった。まだわからないことは山ほどあったが、そのつど、質問を重ねた。
亜美の世界を体現することにすでに慣れすぎていて、恵美はこの夢を見ることに対しての疑念を持たなくなっていた。
それは当たり前のように毎夜やってくる。夢を見ない日は無かった。
夢は前日の続きであったり、まったく関係のないところから始まったりもしたが、もう戸惑うことも無く、恵美はすぐ夢の住人となることができた。
ただ、恵美の中で、亜美という存在における責任感が夢の中では失念していた。亜美であることに、責任を感じることは一度も無かった。
それは、これが「夢」だからという認識のためだったのかもしれない。そのおかげで発言、行動を亜美に似せるようなこともなかったし、夢の中で恵美は恵美として振舞えた。
だから気づかなかったことが、あった。
長崎二日目はハウステンボスだった。朝からバスに乗り込んでハウステンボスに向かった。その日は快晴で、マフラーも必要なかった。
ハウステンボスでもまた班行動だったが、私達は前日同様、山内達と行動していた。
私はハウステンボスに来たことはない。
ハウステンボスについて調べたことも、関心を持ったこともなかった。だけどそこはハウステンボスだった。来たことも無い場所なのに、どうしてこんなに鮮明なんだろう。やっぱり亜美が見たものを、私は見ているのだろうか。
お土産屋さんにはどこでもうんざりするほどチーズやウインナーの試食があって、みんなうんざりするほど食べた。周りのみんなは私と山内の関係をもう知っていたから、たまに冷やかされもしたけれど、なんだかくすぐったかった。
みんなで二人乗り自転車で暴走したり、アトラクションにのったり、ハウステンボスを満喫していた。まわりにはみんながいて、オランダの街並みが夕日で赤く染まっていた。
涙が出そうなくらい楽しい一日だった。
気づいたらみんな気を利かせてくれたのか、山内と二人きりだった。
「明日で終わりだね、修学旅行」
「うん」
「あーやだなー。超さみしー」
「何気におもしろかったな。長崎」
「うん」
私はニコニコしながら山内の手を握った。山内はちょっとびっくりした顔をして私を見て赤くなった。
しまった。と一瞬思った。これじゃ遊びなれてる女だ。普通初めて付き合った時ってドキドキしながら手をつなごうとしてつなげない感じじゃないの?やっちゃった。
夢の中という気軽さか、またしても思わずしたい事を行動してしまった。
でも、考えるとおかしい。私は亜美のはずなのに。動いているのは確実に現実の大学三年生の私だ。
「何時集合だっけ?」
山内が携帯をポケットから取り出して見た。
「5時?」
「やばっ。あと5分」
山内が走り出して私も引っ張られて走り出す。正門にむかって周りのみんなも走っていた。思わず山内が手を離す。やっぱりまだ恥ずかしいのか、みんなの前じゃ。そらそうだ。高校生だし。と、意味不明なことを考えていたらいつの間にかクラスの列に並ばされていた。山内も男子の列にまぎれる。
「亜美ー。遅かったね、何してたの?」
イノッチがにやにやしながら私の肩を揉む。イノッチの満面の笑みを見ながら私も反撃に出る。
「イノッチこそ初デートはどうだったぁ?」
「デートなんかしてないもん!」
見る見る赤くなるイノッチ。どうやらこっちのカップルも二人にされてたみたいだ。
「うそうそ。なんか買った?お土産」
「なんとかおばさんのチーズケーキ」
「どこのおばさん?それ」
「もーステラおばさんでしょー?超有名じゃん。亜美買わなかったの?」
後ろからさっちゃんが口を出す。
「かってない!やばい!ショック」
「バッカでー。ぜってーやんねー」
「くれー!」
「今日の夜食用買っといたよん」
「さっちゃん愛してる!」
私はさっちゃんに抱きついて、みんなでぎゃーぎゃー騒いでいたら案の定先生に怒られた。
全員でバスに乗り込み、ホテルに戻った。
制服から私服に着替えた時、イノッチが一緒に買いに行ったトレーナーを着ていて思わず笑みがこぼれた。
最後の夕食を食べたあと部屋に戻ると、マミが探検に行きたいと言ったので全員でいそいそと部屋を出た。上にデッキがあるらしいとの情報を仕入れ、全員なぜかダッシュで先を急ぐ。
階段を上りきってデッキにでると、長崎の夜景が広がった。
「おお、すげー」
「海に面してるホテルっていいよねー」
「ちょっ!寒くない?」
船の上から見る長崎の港はきれいで、思わず全員で見ほれた。
「写真写るかなー?」
マミが使い捨てカメラを持ってファインダーをのぞく。
「微妙だね」
「つーかこのカメラじゃ写らないだろー」
さっちゃんとユキちゃんの言葉にせつない表情のマミ。
「一応とっとこー」
「亜美、亜美、タイタニックやろー」
おおはしゃぎのイノッチの言葉にあたしも目を輝かせる。
「やるやる!マミ、写真とって!」
「おお!まかせとけ」
デッキの柵に足をかけ、イノッチに抱きつくように映画の例のポーズをとる。
全員大爆笑で、「次あたし」と順番に同じポーズで写真を撮った。
はしゃぐだけはしゃいで、まわりを見渡すとほとんど他の生徒はいなくなっていた。私たちもおとなしく部屋に戻るかと言って、船内に戻った。
「あっ!」
いきなりマミが叫んだ。
「は?」
「やっべー、野口くんがいる。マジかっけー」
「ってかマミ、高橋っち狙ってたんじゃないの?」
「だって旅行分かれちゃったし!ってか野口くん、たっちーとしゃべってんじゃん!行くわよ!イノッチ!チャーンス」
「なんであたしが」
マミに引きずられてイノッチがタッチーと野口君たちの話してるグループに入っていった。
まんまとダシにされたイノッチは顔は怒ってるけどタッチーの近くにいったら嬉しそうだ。
「恋は女をかわいくするよね…」
「はあ?何言ってんだ亜美」
「あはは。っつーか寒いから部屋もどろーよ」
さっちゃんとユキちゃんに引きずられて私も部屋のほうに戻る。
「マミー、イノッチー、先帰ってんね」
野口くんしか目に入っていないマミはこっちにまったく気づかず、イノッチが手を振ってくれた。
「あーあ、あたしも彼氏に電話しよーっと」
さっちゃんが部屋に戻ってバッグの中から携帯をさぐる。
「ねー、あたしも」
ユキちゃんも同様。
「え?あたしは?」
二人して彼氏と電話でしゃべりだしたもんで、私は一人お茶を飲みながらテレビをみるはめに。お茶がおいしいわ。
懐かしいドラマがやっていた。確か実際の修学旅行でもこのドラマを見た気がする。友達がおもしろいって言ってて、みんなで見たな。そのあと最終回まではまってみてたからどうなるか全部知っている。そうそう、この人が犯人なのよねぇ。
「亜美、携帯なってるよ」
「え?」
携帯を見ると、家からの着信だった。
「もしもし?」
「あ、亜美?」
お母さんだった。
「なに?どうしたの?」
「なにってあんた、大丈夫?」
何が大丈夫なのかさっぱりわからないけど、適当に相づちをうつ。
「大丈夫大丈夫。ばっちりよ」
「そう。無理しないようにね?あと、明日も必ず連絡しなさい」
「うん?はーい」
そう言って電話を切った。こんなに過保護だったかしら?と思った途端、携帯が短く鳴った。
(集合)
山内からのメールだった。
集合って…。思わず笑った。
(どこに集合?)
メッセージを打ち返す。久しぶりのその携帯は、使い方も覚えてないから少し手間取る。
(うーん)
(考えてなかったんかい!笑)
(笑)
ふと、さっきのデッキを思い出した。あそこならちょうどいい。ちょうどいいって何が?自分で言って自分で照れた。
(三階のエレベーター前集合)
(わかった)
メールをし終わって、いそいそ鏡をチェック。
「亜美どっか行くの?」
電話中のユキちゃんに聞かれて私は含み笑い。
「ちょっとそこまで」
語尾にハートをつけてかわいく出て行く。ジャージだけど。
私たちの階は二階で山内たち男子の階は三階。部屋を出て、大急ぎでエレベーターに乗り込む。
廊下には他のクラスの男子とかが女子の部屋に遊びに来てたりして、まさしく修学旅行の雰囲気満載だ。
エレベーターには幸い誰ものってこなかったから、なんだが得した気分で「③」を押した。
三階に昇ってドアが開くと、目の前に山内が笑顔で待っていた。
思わず二人で笑顔になる。
きょろきょろ見回すと、そこも二階とまったく同じ状況で、みんな自分の用事にいっぱいいっぱいなのでこっちには気づいてないみたいだ。急いで山内を非常階段の方に引っ張る。
「おいおい、どこいくの?」
「秘密」
「上になんかあるの?」
「さっきみんなで行ったの。上がデッキになってるの知ってた?」
「知らない」
非常階段を上って、目の前にあるドアを開いた瞬間、山内の目が見張った。
「きれいでしょ?」
笑顔で山内を船頭に引っ張る。ラッキーなことに、誰もいなかった。
「きれー」
山内の目が輝く。は~、かわいい…。
「あー、修学旅行終わりだねー。やだなー」
「楽しかったよなー」
「うん」
船から広がる長崎の夜景を見ていて、本当に帰りたくない気分だった。海は真っ黒だけど、市街地はきれいに輝いている。
この夢が終わったら明日は月曜日。大学だと思ったら気がめいってきた。
「あさってひま?」
「は?あさっても学校…」
「あさって振替休日じゃん」
「あっと、そうでした。」
思わず現実の大学のことを答えそうになっていました。
「ひまひま」
たぶん。
「じゃあどっか行かない?」
どっか?
「うん」
「じゃあ渋谷集合ね」
「…うん」
これは、もしや、デートか?デートだな?
久しぶりのその言葉に思わず顔がにやける。山内を見ると照れてるようで逆側を向いている。ますますあたしの顔はにやける。光は長崎の夜景しかないけれど、顔が赤いのがわかる。
「あっ、飛行機」
突然山内が指を指して叫んだので、思わずつられてそっちを見た。
「どこどこ?」
真っ暗闇の空を白い光が動いていた。それに気をとられていたら、突然山内が私の顔を両手で覆った。
びっくりして山内をみた瞬間、きれいな顔がこれ以上ないくらい近づいて、キスをされた。