長崎観光
「つうかなんで船で行くの?バスで行け!」
船酔い中のイノッチが呟いた。
現在私たち修学旅行生御一行は船に乗って熊本から長崎へ向かっている。誰が決めたんだか知らないけどとりあえず船に乗っています。
「かもめがすごいわー」
ユキちゃんとさっちゃんがはしゃいでいる。
「イノッチ大丈夫?吐くなら便所行け便所」
マミは相変わらず辛口です。
「おい大丈夫か?イノッチー」
タッチーの出現に、イノッチ目の色変わった…。女って怖いわ。
と、思ったらタッチーの後ろに山内がいた。私の目の色が変わった。女って怖いわ。
「吐けー」
タッチーがイノッチの頭をシェイクする。
「やめんかい!」
言葉とは裏腹に仲良しな二人を見て、うまくいくんじゃないかと思うお姉さんですが。
「どう思う?」
「ええ?何が?」
いきなり山内に小声で話しかけた。
「あの二人だよ。にいさん。どうかね。うまくいかんかね」
「どこのじいさんだよ」
笑顔の山内。その可愛らしさに私もついつられて笑顔になってしまいます。
船の旅はあっという間に終わり、いよいよ今日は長崎観光だ。
バスに乗って美香ちゃんから長崎の歴史やら説明やらを聞き、とりあえず今日泊まるホテルへ行った。
昨日の旅館とはうって変わって、ホテルはなんと船だった。港沿いに停留している美しい船をホテルにしている。
「素敵!」
イノッチと一緒にはしゃぐ。ワインレッドの絨毯がまぶしい。
だけど、べッドを期待していたのに和室だったことに私とイノッチは肩を落とした。さらに窓から見える港の景色を期待していたのに、道沿いの部屋だったことに全員が肩を落とした。ここで二泊する。
とりあえず部屋に荷物を置いて、すぐ班行動の観光が始まった。修学旅行に行く前にどうやら観光予定のようなものを班毎に作っていて、私たちはグラバー園やらオランダ坂などを適当に予定に入れていた。
がしかし、私たちが行くわけがなかった。
「カステラ買えればなんでもいい」
とのさっちゃんの一言を筆頭に、立てた予定のすべてがめんどくさいと締めくくられた。
私的にはちょっと長崎観光したい気分もあったのだけれど、まあいっか。
「あたしちゃんぽん食べたい」
私とさっちゃんのリクエストに答えてとりあえずカステラを買いに行って中華街へ行こうということになった。
カステラを買った後、山内から電話が来た。いつの間にか携帯を持っていたことに気づいた。その携帯はまさしく私が高校二年の時に亜美とおそろいで使っていたもので、大学生の今ではもう誰も持っていないような古い形だった。懐かしい。
「もしもし」
「お前ら今どこ?」
「文明堂本店前」
「おお。んじゃ、ちょっと待ってて。すぐ行く」
切った後思わず顔がにやけてしまう。
「ダーリン?」
とのマミの声に、私は笑顔で返す。
「ここで待てとの命令です」
「ラジャー!」
五分位して、山内たちのグループが来た。昨日と同じメンツだった。
「これからどーすんの?」
「今からちゃんぽん食いいく。行く?」
「行く!」
全員で長崎の新地中華街へ向かった。横浜に比べると小さい中華街にはまさしく中華街っぽい門が待ち受けていて、一同記念撮影が繰り広げられた。お店や料理店が立ち並び、適当に選んだ店に入ってみんなでちゃんぽんや皿うどんを食べた。食べ終わった後には中華街の店をおのおので散策し、チャイナ服や、中国の雑貨が置いてあるお店で買い物を楽しんだ。
「うーん」
「何悩んでんの?」
悩んでいるあたしの背中から山内が現れた。
「キョンシーのシール買おうかどうしようか…」
「…なぜそれを買う」
私の手からキョンシーシールをひったくって、山内がお会計を済ませてくれた。ほんの二百円かそこらだけど、初めての山内からの贈り物に顔がほころぶ。なんかほんとに高校生カップルみたいだ。実際そうだけど。こんなに可愛らしい自分がいたなんて驚いてしまう。
「ありがとう」
「別に…」
ちょっと照れている山内を見て、思わず顔がにやける。
店を出ようとしたときに、中国っぽいタッチで綺麗な蓮が描かれたマグカップが目に入った。私がもっているマグカップと同じ。そう思った瞬間、胸が鳴った。あのマグカップは、亜美が私にお土産で買ってきてくれたものだった。
思わずそれをひっつかんで、会計を済ませた。自分で自分にお土産を買うのも変な感じだ。
中華街を出て、私たちは次の目的地の相談を始めた。
「どこ行くー?」
「今何時?」
みんなで考えた結果、なぜかカラオケに行くことになった。せっかくの修学旅行なのに、みんないいのか?そう思ったら、また笑えて来た。これもいい思い出かも。
部屋に入って、最初に歌いだしたのはマミとさっちゃんだった。二人が歌った曲は、私が高二の時に女子高生なら必ず歌う定番曲だった。懐かしい。全員で盛り上がった。
班行動終了時間が近づき、全員であせって長崎市内を走っている路面電車に乗り込んだ。
「時間やばいかも」
「ぎりぎり?」
外はとっくに日が暮れていて、風ももう冷たかった。長崎といえども、もう十一月は寒い。ホテル近くの停留所に着いて、全員で駆け出した。うちの学校は、時間に遅れると反省会に出されるらしく、他のクラスの子たちも走っていた。でも全員が一生懸命走っているこの状況が面白くて、走りながらみんな笑っていた。横っ腹が痛い。
「ははは…あいたたた」
笑いが止まらなくて、私はちょっと立ち止まった。私の前を走っていた山内が気づいて立ち止まる。
「大丈夫か」
笑顔の山内が駆け寄る。手を差し伸べてあたしを見た。
「新井」
差し伸べられた手をつかむ。ホテルに向かって駆け出す。
心臓が、ドキドキしすぎて上手に走れない。つないだ山内の少し冷たい手が、熱い私の手と混ざって、心地いい。
この人の事が、好きだ。