月明かりの中で
「お邪魔します」
「しー、亜美寝てるの」
「あはは、マジで?」
ん…。誰だ?
「あ、起きた」
目を開けるとマミ、イノッチ、ユキちゃんさっちゃんの他に、男子が四人ばかりいた。
「タッチー達遊びに来てるよ」
イノッチのうれしそうな顔と、視線で、どれがタッチーなのかわかった。タッチーは今時な高校男子だった。
みんなの会話から、タッチーのほかの男子は「テツ」と「高田っち」と「ミヤ」という名前で、私達のグループと仲良しのようだった。そして、噂の「山内」はタッチー達の部屋で、私同様寝てるらしかった。
「亜美、山内起こしてきなよ」
イノッチが突然言い出した。
「おお、頼むよ」
「いってらっしゃーい」
タッチーとマミも、にやにやしながら賛同した。
「ええ?なんで?」
私はわけもわからず抵抗したが、無理やり部屋から出され、タッチー達の部屋の番号を聞かされ、廊下に立ち尽くした。
「先生に見つかんないようにね!」
テツのガッツポーズが意味不明だった。なんであたしが…。
タッチーの部屋は私達の部屋の一階上で、すぐに見つけることができた。一応ノックはしたけれど、返事は無いので勝手に開けた。
部屋の間取りは私たちの部屋と同じで、中は電気が付いていなくて月明かりだけが頼りだった。奥には布団がひいてあって、誰か寝ている。寝てるのが「山内」かな?
「失礼しまーす…」
小声で部屋に入った。どうしよう。電気とかいきなりつけても平気かな。「山内起きろ」とか言っても平気かな。亜美とどうゆう関係なんだろうこの人。
う〜んと考えながら布団のそばまで行って、しゃがみこんだ。山内は顔まで布団にもぐっていて顔がわからない。
「あのー…。すいません」
ものすごく嫌だった。なんでこんなことを、とゆう気持ちが一気に膨れ上がった。初対面の人をなんで起こさなきゃいけないんだろう。
その時、山内は寝相を変えて布団から顔をはみ出した。その瞬間私の心臓が活発に動き出した。
「彼」だ…。
布団で寝ていた山内は、やっぱり彼だった。教室で目が合った彼。マミに体育館で「山内はどう?」と言われたの思い出した。
月明かりしかない部屋で彼の顔は半分闇に包まれていた。だけど、その顔は得も言われず綺麗で、ため息が出そうだった。柔らかそうな髪が月に照らされていた。
思わず触れそうになった手を引っ込めて、彼の寝顔を見つめた。夢の中だとつい行動が大胆になってしまう。実際私の精神年齢は二十歳だし、高校生のこんな美少年を前にして、お姉さんどうしよう的な気分だった。どうしよう。
その時山内が目を覚ました。
「おはよう」
私は精一杯動悸を隠してにっこり笑った。山内は一気に目が覚めたようで、暗闇でもわかるくらい顔が真っ赤だった。
か、かわいい。
「お、おまえなにやってんだよ!」
「え、タッチーたちが起こして来いって言うから起こしに来たのよ」
「だったら起こせよ!」
「いや、よく寝てるなって思ってちょっと見てたんじゃん」
山内は髪をくしゃくしゃとしながら、動揺していた。その姿も可愛くて私の顔もにやけてしまう。そして、初めて話す割に、自然に山内と会話ができている事にほっとした。
「うちらの部屋行こっか。みんな待ってるよ」
山内を促すように私が言った。相変わらず動悸が激しい。
それでもそれを隠す技は心得ている。
「新井」
立ち上がってドアのほうに向かっているときに、山内が私を呼んだ。
「何?」
「あのさ」
そういったまま、暗闇の中で山内はうつむいていた。耳まで赤いのがわかった。
心臓が早い。もしかして。そんな思いが頭を駆け巡った。この状況は、もしかして。
「好きなんだ」
胸が高鳴った。こんな気持ちになったのは何年ぶりだろうか。山内は相変わらずうつむいていたけれど、私は山内から目が離せなかった。
「俺と付き合って」
山内が私を見た。きっと彼の目には私の呆然とした顔が映ってるだろう。そのくらい、私も緊張していた。彼の目が、私を刺す。
「うん」
そう答えていた。気づかないうちに、口が動いていた。
山内の笑顔が見えた。
あの日教室で初めて彼と会ったときからずっと、彼を忘れられなかった。
私は彼に恋をしていたんだ。今、それに気づいたから。
「お帰りー」
イノッチが私達を出迎えた。部屋にはみんないて、トランプをしてたみたいだった。
「遅かったね」
マミがニヤニヤしていた。何を考えているのかすぐわかる。
「山内が起きなくてさー」
私は苦笑しながら畳に座った。
「こいつが起こさないんだよ」
山内が私を指差しながら隣に座った。こんなことで心臓が騒ぐ。こいつだって。
「いや、だって、気持ちよさそうに寝てたから」
「起こせよ」
みんなが笑った。私達も笑った。
この隣にいる人が、私の彼氏なんだ。部屋を出る前に山内と、付き合うことはそれぞれ女同士、男同士になってから話そうと決めていた。だから今この場では内緒にしておく。この場で言ってしまえばひやかしの対象になるのは明らかだから。だからお互いどきどきしているのがわかった。
自分がとても愛しく感じた。なんだろう、この生温かい感情は。
高校生みたい。と思って思わず笑えた。今の私は高校生なんだから。
「亜美、何ニヤニヤしてんの」
イノッチにつっこまれて、思わず我に返ったら、後ろに組んでいた足を山内につねられた。痛い。
「なんでもない」
「明日の長崎のことでも考えてたの?」
「あー、明日長崎だっけ?楽しみー」
イノッチの言葉に、タッチーが乗っかる。
「皿うどん食いたい」
「食う食う!」
テツとユキちゃんが盛り上がる。
「明日班行動でしょ?合流しよーよ」
マミの提案に全員賛成。私も大賛成。修学旅行で彼氏がいるなんて始めての経験で、妙に楽しい。
「んじゃ俺らそろそろ部屋戻るわ」
タッチーたちが立ち上がる。
「んじゃ明日ねー」
いつの間にやら話が終わったらしく、男子たちが部屋から出て行く。
あ。
山内が私に微笑んだ。
私が余韻に浸ってる間にみんなてきぱきと動き、いつの間にか布団がひいてあった。みんな適当に転がる。イノッチが私をつついてきた。
「亜美ー。やまうっちーとなんかあったー?」
ばればれです。
「何?なんかあったの?どうなった?」
マミか首を突っ込む。ユキちゃんとさっちゃんも転がるのを止めて私を見つめる。
「実はー。」
なんだか照れてしまう。
「付き合うことになりました!」
「きゃー!」
全員の歓声が響いた。
「しー!しー!もう夜中!」
「よかったじゃん」
「これで亜美も彼氏もちかー」
「お母さん嬉しい」
みんな思い思いの一言を吐く。本当に面白い人たちだ。
「で?なんでそうなったの?」
イノッチがニヤニヤしながら近づいてくる。
「なんかぁ、さっき起こしにいったときぃ…。告られちゃった!きゃっ」
私もかなり興奮絶好調。
「明日からラブラブ修学旅行じゃん!うらやましー」
「うちもおんなじ学校だったらなー」
さっちゃんとユキちゃんが嘆く。
「次はイノッチの番ね」
私がイノッチに微笑する。
「え?」
「動揺してるわ!かわいい」
「明日告れ!」
私とマミがイノッチを攻める。真っ赤になっていくイノッチが可愛い。
「う、うん」
「きゃー!」
全員でまた叫ぶ。そろそろ近所迷惑。
「でもさー。山内ってもてるよねぇ…?」
「うん」
「何を今更」
つい本音がポロっとでてしまったところにイノッチとマミに叩きのめされる。
「あたしは始めて奴を見たとき王子だと思ったね」
さっちゃんの発言に全員爆笑。
「なんで狙わなかったの?」
「いや、あたしワイルドなのが好きなの」
ユキちゃんの質問に答えたさっちゃんにまた爆笑。
「ま、明日からがんばれよ、亜美」
「上履きに画鋲入れられないようにね」
「バレリーナか!」
そんなこと言われて肩をたたかれて激励されても怖いんですけど。
確かに山内を好きな人はたくさんいるに違いない。
山内は綺麗。彼氏になったのが不思議なくらい。髪の毛もさらさらだし、肌もぴちぴちだし。アイドルになってもおかしくないくらい。
「やだ、なんかにやけてるよ。この人」
「きもーい。」
「もーうるさいなぁ!」
マミとさっちゃんの攻撃に、私はにやけながら迎撃した。
金曜からバイトは始まった。
何度やっても、最初の自己紹介は緊張してしまうものだ。
「新しく入った新井さん」
「新井恵美です。よろしくお願いします」
みんなが拍手をしてくれた。
恵美の働く店は、小さいけれど居心地がいいカフェで、窓からは新宿の景色を一望できるしゃれた造りになっていた。常時三人のスタッフがいて、食べ物はマフィンとスコーンぐらいしかない、コーヒーショップだった。
その日のスタッフは恵美と、恵美を採用した気さくな兄ちゃんである店長と、大学生の男の子とフリーターの女の子だった。二人とも気さくな店長同様、気さくであり、新参者の恵美に対して優しく教えてくれたのですぐに恵美の緊張は薄らいでいった。
特にフリーターの女の子は恵美と同い年ということもあって、すぐに携帯番号も交換した。なかなか幸先がよいといえた。
しかし、バイト中でも、恵美の心は山内直樹のことばかり考えてしまって集中できなかった。山内の顔が頭から離れなくて、こんな幸せな気分は久しぶりだった。
終始笑顔で働いていたので、店長にもお客さんにも印象がよかったらしく、帰り際に褒められて更に有頂天だった。
山内が彼氏になる。
恵美にとって、初めての彼氏だった。
二十年間生きてきて、好きになった男の子はいたし、告白された事もあった。けれど、本当に好きになって、付き合ったのは初めての経験だった。
だけど、それは夢の中だけ。
わかっていることだが、恵美は眠るのが楽しみだった。
部屋で昨日の夢の日記をつけているときも、なんだか恥ずかしくて、筆が進まなかった。顔がにやけて機からみると、ただの変な人だっただろう。だけど恋する乙女なんてそんなもんだと恵美は思う。枕を抱きしめて奇声を発したり、ゴロゴロ転がったりして眠気を待った。
バイトの初日ということもあって、緊張と疲れのおかげで眠りにつくのはたやすかった。