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真実

 亜美は病気だった。

 

 渡された亜美のノートは、日記でもあり、エンディングノートでもあった。


 亜美の病気は脳の病気で、手術をしても治らなかった。と、由紀子は言った。

 そして、次に倒れるまでは恵美に病気のことは絶対言わないでと、亜美は両親に頼んでいた。

 なぜそんなことを言うのか、両親は亜美の体のためにも恵美のサポートは必要だと説き伏せようとしたが、亜美は頑として譲らなかった。

 恵美に言ったら、自殺するとまで言っていたと由紀子は言った。そして、亜美が亡くなってからも、当時の恵美のショックを考えると言うことができなかったと。


 想像もしていなかった事に、恵美は驚愕していた。


 元気だった。間違いなく亜美は元気そうに見えた。

 亜美が初めて倒れたのは、恵美が北海道の修学旅行に行った日だった。そのまま数日検査入院をして、病気が分かったのだ。

 幸い日常生活には支障はなく、しかし手の施し様もなかったらしく、亜美は残された日々を普通に送る事になった。

 恵美が修学旅行から帰ってくる前に、亜美は退院した。だから気づく事はなかった。

 恵美は帰ってきてからすぐ、自分も病院で何かの検査をしたことを思い出した。両親に急に病院につれていかれ、CTスキャンだかMRIだかを受けさせられた。

 由紀子と靖男が恵美も同じ病気になるのではないかと心配しての事だったらしい。今言われるまで、思い出しもしなかった。

 そして、恵美に異常は見つからなかった。


 

 両親に日記帳を渡されて、恵美は自分の部屋に入り、亜美の日記を読み始めた。

 日記の中の亜美は、記憶が飛び始めている事に怯えていた。日を追うごとに、その頻度は増していった。けれどその恐ろしさも感じながら、亜美は人生を精一杯楽しんでいた。

 直樹と付き合えたことに喜んでいた。けれど、付き合った経緯などもほとんど覚えていない事に落胆していた。

 それでも、日常は問題なく過ごせていたし、誰にも悟らせないように、話を合わせながら、平然と日々を過ごしていた。


 でかける時は、毎回連絡をとる。

 次、倒れたら入院する。


 亜美が親としていたそんな約束事を、恵美は一つも知らなかった。そして、夢の中で遊びに行っている時に何度も母親から電話を受けた事を思い出した。


 最悪な事に「次、倒れたとき」が、十七歳の誕生日。あの雨の日の、あの瞬間だった。


 一番始めのページに、病気の告白と、死ぬまでにやりたい事のリストが書かれていた。

 ポテトチップスを夜中に一袋空けるとかの小さいことから、修学旅行に絶対行く事。恋をする事。クリスマスにテーマパークに行く事。できるだけ笑顔で過ごす事。親を大事にする事。イノッチと買い物に行く事…。亜美のリストは、ページいっぱいに埋め尽くされていた。

 そして最後に書いてあったことで、恵美は泣き崩れた。

 

 恵美を笑わせる事。

 

 最後のたったひとつだけ、丸がついていなかった。

 私は、亜美に笑いかけられなかった。思えば随分長い間、亜美に笑顔を見せていなかった。


 あのとき、交差点で目が合ったとき、微笑んでいたら。

 亜美はもう少し長く生きられたのかもしれない。そう思うと、涙が止まらなかった。



 あの奇跡のような時間は、やっぱり亜美が見せてくれたものだったのかもしれない。

 あの夢の直樹との時間。

 亜美の抜けた記憶の穴を、私に埋めさせてくれた。

 私に意志を持たせてくれた。直樹と過ごさせてくれた。


 私を笑顔にするために。


 甘ったれの妹のために、最後の最後までめんどうを見てくれた。

 亜美は、一生、私の大好きなお姉ちゃんだ。 

 

 亜美の分まで、私の時間を動かさなければ。



 亜美を背負って、生きていく。 

 

 


 生きていこう。




次回最終回です。

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