運命の誕生日
目が覚めると、亜美の部屋の天井だった。
周りを見渡すと、片付けたはずの部屋が、亜美が生きていた時のままに戻っている。この家で亜美として目が覚めたのは初めてだった。
階段を降りると、お母さんがご飯を並べている。
「おはよう。あ、亜美。誕生日おめでとう」
亜美の私にお母さんが笑いかける。
お父さんが味噌汁をすすっている。「私」がいない。
「恵美は?」
「もう学校行っちゃったわよ」
あの頃私は亜美を避けて早く学校に行っていた。…思い出した。
私はご飯を食べて制服に着替える。
怖い。
今日、一体何が起きるのだろう。亜美の身に。
学校に行くのが怖い。私が休めば、亜美は死なないですむだろうか?
鏡を見つめながら、そう思っていたら携帯が鳴った。
直樹からだった。
『今おまえの地元の駅。早く来いよ』
直樹の優しい声が聞こえる。少し安心する。
外に出ると、今にも雨が降り出しそうな雲だった。傘を持って駅まで走る。
地元の駅に着くと、直樹が改札の前で待っていた。
「何でいるの?」
私が息切れしながら聞く。
「誕生日だから。今日は特別」
直樹が笑う。うれしくて直樹にくっつく。
悲しませたくない。この人を。
「おめでとー」
教室でクラッカーが鳴る。イノッチたちが入り口でお出迎えしてくれた。
「十七歳ねー」
「まあ誕生日は済ましちゃったけどね」
「何言ってんのよ。今日が本番よ。本番」
マミが言い放った後、さっちゃんがニヤニヤしながら言った。
「あ~。ダールィンと過ごすんだもんねぇ」
イノッチがおかしいくらいの外人訛りで私をつっつく。
涙がこぼれそうになるのを一生懸命堪えて笑った。
今日で私の出番は終わる。
学校が終わって、直樹と渋谷に出た。雨がちらほら降り初めていた。
二人で傘をさして歩き出す。
「誕生日何がほしい?」
駅前で直樹が私に聞く。
「家」
うっかり二十一歳の夢が口から出る。直樹にデコピンされる。
「それは無理だから指輪で我慢して」
直樹の一言で、笑顔になる。今までの不安がかき消されるかのように、心が晴れていく。
「どこで買う?」
渋谷の交差点で直樹と信号を待つ。
瞬間、ざっと血の気が引くのを感じた。
この場所を覚えている。なんで気づかなかったのか。あんなに気をつけようとしていたのに。今日、この時間、絶対にこの場所にいたらいけなかったのに。
血の気が引いたあの瞬間から、体が動かない。
まるで自分のものではないかのように。
大型ビジョンで流れている、歌手の新曲について直樹が隣で話している。私は頷くこともできず、それなのに、交差点の対角線の方に視線を動かす。
私がいた。
道の向こう側に私が立っている。
恵美の高校の制服を着て、私を見ている。
高二の時の、本物の私?
「私」はすぐに私から目をそらして友達の方へかけていった。
心臓がびっくりするほどドキドキしている。
亜美は今気づいたんだ。私が無視したことを。
私が亜美を嫌っていたことに、今気づいたんだ。
あの目。
あんな眼で、私は亜美を見ていた?不機嫌に、亜美をにらんだ?あんな眼で。
「亜美?」
気づいたら走り出していた。恵美を追いかけて。
「亜美!」
後ろから直樹の声が聞こえる。雨に濡れながら雑踏に紛れる。いつの間にか大粒の雨に変わっていた。雨の音で、一瞬で直樹の声は遥か遠くに聞こえなくなった。
こんなに人でいっぱいなのに、恵美の後ろ姿しか目に入らない。
体は恵美を追いかけて走り続ける。
いやだ。走らないで亜美。私を追いかけないで。
あんなに亜美を助けると誓ったのに。何もできない。
頭ははっきりとしているのに、体だけが言うことをきかない。
どうして。
どんなに頭で足を止めようとしても、止まらない。体は走り続ける。私を追って。
恵美が走って大きな交差点を渡っている。信号が変わり始めている。
亜美!だめ!行かないで!
信号がすでに変わった横断歩道を、亜美が走る。
車のクラクションが鳴る。
もうすぐ渡りきれる。
そう、思った瞬間。
そのままブラックアウトした。




