誕生日前夜
「明日晴れるかしら」
現実の誕生日前夜。由紀子が、窓の外を見ながら言った。
その一言で、恵美にはすべてが理解できる。
明日、3月14日は亜美と私の誕生日だ。そして、亜美の命日。
今日明日と、恵美はバイトを休んだ。
「明日は、朝からお墓参りに行けるように用意してね」
由紀子はそう言って、恵美の前にホットミルクの入ったマグカップを置いて、台所に消えていった。
恵美はそのマグカップを見て、複雑な顔をしてそのカップを両手で握り締めた。
亜美が―恵美本人といってもいい―修学旅行のお土産で恵美に買ってきたマグカップ。
恵美は温かい湯気が立ち上るのを見て、カップに口をつけた。
のどに残るミルクの味を感じながら、もう遠い思い出を頭に蘇らせる。
あの日の雨は、次の日も降り続き、亜美の葬式も雨が降り続けた。
イノッチが好きだと言ってくれて、直樹が愛してくれて、初めて自分を好きだと思えるようになった。
だけど本当は、ずっと近くに私の存在を愛してくれた人がいたのに。それに気づきもしなかった。
私の性格も、姿も、存在自体を誰よりも愛してくれていた人を、憎んでいた。なんて愚かだったのだろう。
あの海の日の言葉を、直樹の胸に刻みつけたくない。
今まで生きてきて、こんなに誰かを好きになった事はなかった。笑顔を思い出すだけで、涙が出そうになる。
つむじを見ているだけで、急に頭ごと抱きしめたくなったり。
喋っているのを見ているだけで、鼻をつまみたくなったり。
自分の中の愛情が溢れすぎて、行動に出てしまうほど、愛しかった。自分の事よりも、愛しかった。
直樹を、幸せにしたい。
亜美との幸福な未来を、叶えてあげたい。今ならそう思える。
助けたい。亜美を、直樹を。
ひとつの決意が、恵美の体を包んだ。
助ける。
亜美を。絶対に死なせたりしない。
明日の朝、亜美が私のそばで笑っていてくれるなら、なんでもする。
今日の夜、あの日が来る。




